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このドキュメンタリー映画 「祝の島」は、瀬戸内海の西のはずれの島の住民が主役です。82年に島の沖合を埋め立てて原子力発電所を設立する計画が持ち上がります。島の住民は、賛成派と反対派に分かれ、地域に亀裂が入ります。反対派は、今日まで28年間、毎月曜の朝、小さな街中をほとんど老人ばかりのデモ隊が行進します。1050回も続いています。また、10億円以上の漁業補償の受取を拒否し続けています。

 

しかし、この映画は単なる反原発運動の記録ではありません。確かに縦糸はこの反対運動ではありますが、横糸には住民(といってもほとんど70歳以上の高齢者ですが)の脈々と続く「暮らし」があり、それらが一枚の布を織りあげているのです。

 

ある老人は、山に囲まれたこの島の棚田で稲作をしています。普通棚田とは、土の畔でせいぜい高さ1メートル程度の棚が造られているわけです 棚田.jpgが、ここの棚は石垣です。しかも一個の石の大きさがそれこそ1メートもあるような城の石垣のようです。この石の棚田は、老人の祖父が30年かけて一人でしかも人力だけで大きな石を堀り、転がし造りあげたものです。この老人は、田圃があれば子孫は生きていけるとの思いで造り続けたのです。その意志を継いだ老人は、何があってもこの棚田で米を作り続けるといいます。

 

映画では、季節ごとの稲作の風景とともに、大きな石にノミで何か言葉を刻んでいるこの老人の姿を数カ月も追います。老人は言います。「おじいさんは句をつくるのが好きだった。それで自分の造った石の棚に、句を書き残したかったそうだ。しかし、おじいさんは字が書けなかった。だから自分がおじいさんの代わりに句を刻んでいる。」

 

 

賛成派は漁業中心の生活の未来に不安を覚え、原発による支援で生きていこうと考えています。一方反対は、先祖から引き継いでいる海を、子孫に残していくことに大きな責任を感じています。ある老夫人が言います。「どちら側もみんな心は同じだ。ただ、意見が違うだけで。でも、それが住民を引き裂いている。それが悲しいし悔しい」どちらにも生活があり、島が好きなのです。

 

では、差は何のか。時間の捉えかたの違いだと思います。賛成派は、10年単位で島の生活を憂います。子孫のことも大事ですが、近い将来のことを考えなければなりません。現金は、時間が経てば価値は下がります。今が最も価値が高い。だから、賛成し補償を得ることを選ぶのです。

 

一方、反対派は百年単位で島や島民の暮らしを考えています。だから、すぐに価値が下がる現金には目もくれず、子孫の生活も支えてくれるであろう海を守るのです。両者それぞれには言い分があるのですが、最大の違いは時間のスケールなのだと思います。

 

どちらが正しいということはありませんが、私には長い時間で捉えている反対派の住民のほうが「高等」だと感じました。彼らには今の自分だけでなく、千年以上前の祖先から、千年後の子孫のまでの流れの中に、自分たちを位置付けることができます。それを「高等」だと感じます。

 

それを哲学や教養と言い換えることもできます。彼らは自然とともにある哲学者に見えます。都市では学問を積まなければ、なかなかこのような境地には達することはできないでしょう。でも、島民は自然と向き合う暮らしの中で、哲学を獲得し、子どもたちに伝えていけるのです。海や山といった自然が教師なのです。

 

映画の最後のシーンで、老人が石に刻み続けた文字が完成します。そこには、こう書かれています。

 

「今日もまた、深き雪をかきわけて、子孫のために掘るぞ、嬉しき」

今、リフレクション(内省)が時代のキーワードになっている気がします。目まぐるしく移り変わる日々の中で、ふと立ち止まって自分自身を振り返ることを、潜在的に多くの人々が求めているのではないでしょうか。

 

振り返るには、なんらかの対象が必要です。他者との対話かもしれませんし、また自分を写すことができるなんらかの鏡かもしれません。

 

映画とは、そのような自分自身を写す鏡となりえます。ドキュメンタリー映画 「森聞き」の試写会を観て、あらためてそう思いました。

 

その映画の出演者は、普通に高校生四人と、森の仕事名人である老人四人です。高校生それぞれが、ひとりの老人に森での暮らしや仕事についての話を聞いて、文章にまとめる姿を追った映画です。

 

東京の高校生三年生女子は、母親から森に行くことを反対されます。そんなことより、受験勉強しなさいと。そうしないと、ブランド大学に入れないよと。娘は、「私はブランドでバッグを買うのではなく、好きだと思うバッグを買いたいの」と答えます。そして自ら「森聞き」を希望して山に入ります。森聞.jpg

 

四人はそれぞれ、圧倒されるような歴史と技術と誇りを背負った老人と出会い、面くらいます。そこでは感動的なエピソードが綴られるわけではありません。四組それぞれの不器用な交流があるだけです。

 

観ている多くの人は、高校生に自分を重ね、映し出すことでしょう。自分が高校生のときはどうだっただろうか。今、何が変わったのかと。あるいは、先の母親に重ねる人もいることでしょう。また、老人に重ねる人もいるでしょう。どの世代が観ても、自分をなんらかの形で振り返ることができる映画です。

 

決して、涙の別れがラストに待っているわけでもありません。結論があるわけでもありません。だから、リアルなのです。観終わった後で、誰かと感想を語り合いたくなる映画です。実際に、試写終了後、話し合いました。観る人によって、いろいろな観方ができるのだと実感できました。

 

いい作品(本でも映画でも絵画でも)とは、観(読み)終わってから自分の中でじっくり何かを考えたくなるものだと思います。心の中に、何かが刺さるわけですね。Entertainmentとは、心に入り込んで残るもの。Amusementは、一瞬で過ぎ去りますが、それとは異なります。

 

経験を積むほど、Entertainmentを楽しめるだけのキャパシティーが大きくなることでしょう。齢を取ることは、悪いことではない気がしました。これからも、こういう作品にたくさん触れていきたいものです。

 

新国立美術館で開催されている「ルーシー・リー展」を観てきました。彼女は、95年に亡くなった、イギリスで活躍した陶芸家です。1902年生まれの彼女の作品が、年代を追って250点展示されている、これまでで最大規模の回顧展です。作品の素晴らしさは言うまでもありませんが、彼女の凛とした生き方や感じ方、性格が作品を通して伝わってくるような展示でした。

 

●「守」の時代:ウィーンでの活動期~ロンドン初期

ウィーンで生まれたルーシーは、初期にはいくつかの先人からの影響を受けています。ひとつは、クリムトに代表される、伝統的な美術から分離する新しい芸術運動(分離派)の影響。金を多用した装飾性の高い作品が特徴です。ふたつめは、バウハウス運動の影響。無駄を省いた、合理的で機能的な作品が特徴です。三つ目はロンドン亡命後のバーナード・リーチの影響。リーチは、柳宗悦や浜田庄司との交友で有名な、陶芸家です。日本の民芸運動とイギリスの伝統的陶芸の融合を図った芸術家です。ルーシーは、リーチを通して日本の焼物や李朝陶器の影響を受けていることが、作品から見て取れます。

 

彼女は、1940年代くらいまで、こういった時代の先端の型を貪欲に学んでいます。つまり「守」の時代です。ただ、決して先人の型を模倣しているわけではありません。常に、初期に芽生えたなんとなくの「自分らしさ」に照らし合わせながら、型を吸収しているのです。

 

    「破」の時代:40年代~60年代

40年代の終り、たまたま博物館で見た新石器時代の土器の壷リー2.jpgにインスピレーションを受け、そこから独自のスタイルが展開しました。初期に芽生え自分らしさと、それまで吸収した型、そして新石器時代の土器の影響などがうまい具合に融合し発展していくさまが、その時期の作品に表現されています。

 

「型」を基盤に置きながら、自分のスタイルが確立するまさに「破」の時代です。誰が見てもルーシー・リーの作品だとわかる、オリジナリティあふれる作品ばかりです。しかも、ひとつのパターンだけではなく、いくつものスタイルを生み出しています。しかし、どれもルーシーなのです。

 

●「離」の時代:70年代以降

そして、それまでの蓄積が一気に花開くようです。それまでに確立したいくつかのスタイルが、何のてらいもなく自由に融合していきます。こだわりから解き放たれ、肩の力を抜いて、好きなように作品を創っていることが感じられます。形も色調も華やいでいるようです。融通無碍という言葉が リー.jpg思い起こされました。まさに「離」です。面白いのは、1920年代からずっとつながっているものも、確かに見えることです。

 

ルーシー・リーという一人の陶芸家の生涯とその思いを、「守・破・離」のフェーズごとに観て感じることができる、とても良い展覧会だと思います。

 

人間にとっての「守・破・離」の意味を、あらためて考えさせられた気がします。

 

井上ひさしさんに次いで、免疫学者で能作家でもある多田富雄さんが、昨日お亡くなりになりました。

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私は多田さんを「免疫の意味論」(大仏次郎賞)で最初に知ったのですが、免疫学者としての学識は言うまでもありませんが、その文章の巧みさと教養の深さに感銘を受けたものです。

4791752430免疫の意味論
青土社 1993-04

by G-Tools

 

その後いくつかのエッセーも読むようになり、多田さんは小鼓の名手で能への造詣にも並々ならぬものがあることを知りました。数点の新作能の作者でもあります。しかも、2001年に脳梗塞で倒れて半身麻痺になってから、ほとんど創られたと思います。国立能楽堂でも、何度か車いす姿の多田さんをお見かけしました。

 

また、口がきけなくなってしまったにも関わらず、創作の一方で、自らの体験にも基づき政府の医療政策へ猛烈な批判の論陣を張っていました。また、そうした自らの姿と心を「寡黙なる巨人」(小林秀雄賞) 寡黙なる巨人
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という本で主観的かつ客観的に表現されました。傑作でした。ちまたに「知識人」と呼ばれる人はあまたいますが、多田さんのような方こそ真の「知識人」だと思います。

 

倒れて以降の多田さんに、本当に大きな強い人間の姿を見るような気がしていました。

 

また巨人が逝ってしまいました。心からご冥福をお祈りいたします。

先週の日曜の午後、府中美術館に「国芳展」を観にいってきました。久しぶりに暖かい休日の午後、思った以上に盛況でちょっとびっくりしました。休日ということもあり、若いカップルが多く、高齢化を反映した昨今の美術展に慣れた身としては、新鮮です。通して見てみると、カップルが笑って語り合いながら観るには最適な展示内容でした。(私はそうでありませんでしたが)

 

市立美術館にしては(?)なかなか凝っており、展示やちょっとしたコーナーなどにセンスを感じさせます。作品もすべて一人のコレクターのもので、二千数百点の中から、前後期合わせ230点ほどを展示するそうです。保存状態もよく、雲母がきらきら光って見える作品もあります。こういう所有者や企画者の思いに溢れた展覧会は、それだけで心地よいです。 

 

 

さて、国芳は北斎や広重と同世代の浮世絵師です。彼らに比べてちょっとキワモノ扱いを受けてきたようですが、ここにきて人気が国芳.jpg高まってきました。国芳の面白さは、派手さとお上への反逆精神、そして滑稽さでしょうか。カタカナで言えば、スペクタル、ゴージャス、エスプリ、ユーモア、カウンターといった単語が浮かびます。猫マンガを彷彿とさせる猫を主役にした作品群は、現代人にも普通に受けると思います。

 

一方で、絵師としての技術も超一流です。構図にしろ色使いにしろ、大胆でかつ繊細です。それでいて、どこか庶民的。時代によってスタイルを変えていますが、どれも一級品です。常に新しいものを貪欲に求めて、それを取り入れていく、好奇心は生涯尽きることはなかったようです。きっと、晩年も人を驚かせたり笑わせたりすることが大好きな粋なお爺さんだったのでしょう。

 

 

国芳という浮世絵師の実力と、江戸庶民のセンスを堪能できる展覧会でした。今日から後期が始まり5/9までです。ぜひ、また行こうと思います。

先週金曜、話題の長谷川等伯展を観てきました。金曜のみ20時までオープンにしているので、あえて金曜夜に行ったのですが、それでも大勢の人で、最後の「松林図屏風」は、全体を観ることは叶いませんでした。(すぐ近くでへばりつくのは止めてほしい!)

 

確かに、これだけ一同の等伯の作品が揃うことは画期的でしょう。能登の仏画家時代から晩年まで、等伯の人生を想像させる展示です。関白秀吉をめぐるライバル狩野永徳との軋轢も感じることもできます。

 

うまいのは当然として、あれだけスタイルを時代時代で変えていき、しかもどれも一流の作品を残す天才だと、よくわかりました。たまたま読んでいた内田樹と甲野善紀の対談本で、内田はこう書いていました。

 

いくら変化しても、変化の仕方は変化しない人が「凡人」であり、変化する度に、変化する仕方そのものまで変化する人が「天才」というにではないか。(中略)進化におけるこの「断絶」が天才の天才性の徴ではないかと僕は思います。

 

 

また、今朝の朝日新聞でのインタビュー記事で、モントリオール映画祭の創設者で選定ディレクターのセルジュ・ロジークが、「歴史上最高の映画監督は黒澤明だ。ジョン・フォードもチャップリンも素晴らしいが、あれだけいろいろスタイルを変えて、しかもすべて高い完成度を示せるのは黒澤明だけ」と述べていました。(また、うろ覚えですが)

 

内田氏の定義で、長谷川等伯も黒澤明も正真正銘の天才だと思います。

 

とこで、やはり「松林図屏風」は傑作です。下絵との説が有力だそうです   松2.jpgが、関係ありません。湿気を帯びた静寂の空気の中で、松が何を想いながらか、ダンスを踊り続けているように見えました。そこはかとなく、哀しさと気品をただよわせながら。

 

そこで思い出したのが、映画『落下の王国』に出てきた、長いスカートをはためかせながらワルツ?を踊るダンサーたちの姿です。時と空間を越えて夢想する、これが芸術を楽しむ醍醐味ですね。 落下の王国.jpg

昨日、国立博物館で「土偶展」を観てきました。大英博物館での展示の移動展です。縄文土器はたくさん触れる機会がありまたが、土偶をまとめて観る機会はほとんどありません。想像以上に、素晴らしい展示でした。縄文人の思想やものの見方まで想像できそうな気がしたほどです。

 

数日前の日経文化欄に面白い記事がありました。例のごとくうろ憶えですが。

 

  ラスコー2.jpgラスコー洞窟の壁画は数万年前の人類が牛や馬を描いたものだが、遠近法も使われている。遠近法は空間把握能力と関係がある。子供がよく頭からいきなり足が生えているような絵を描くが、それは言語の能力と関係がある。驚くほどリアルな絵を描いた幼児が、言葉を覚えるに従って幼稚な絵を描くようになってしまうという研究がある。頭から足が生えているような絵だ。そして、その絵の横には、パパと書いてある。つまり、左脳が発達し言語能力が高まることにより、絵は抽象化していくのかもしれない。

 

私なりに解釈すると、人間はふつう成長し空間把握能力が高まればラスコー洞窟画のようなリアリティーのある絵画表現ができるようになる。言語能力が発達すると、リアリティーある絵画表現は不要になり、言葉で置き換えるようになる。(したがって、ラスコー洞窟画時代の人類はまだ言葉を使えなかったかもしれない。)その結果、リアリティー溢れる絵画表現は苦手になり、幼児の絵のように記号化する。また、視覚として見える像をリアルに描くのではなく、自分に「見えた」像を描くようになる。つまり視覚ではなく認識や印象を描くようになる。(デフォルメ、抽象化)さらには、視覚情報とは別の概念を描くようになる。(概念化)それらとは別に、美的感覚が養われ、「美しさ」を描くようになる。近代までの職業的画家は、このような流れに逆らって具象を表現する技術を磨くことにより、敬意を集めた。

 

以上が、その順番で発達するかどうかはわかりません。紀元前2,3千年前の縄文人が製作した土偶には、リアリティーは感じませんが、デフォルメや概念化や美的感覚を感じることができました。例えば、「縄文のビーナス」は女性の身体の特 縄文.jpg徴をデフォルメして見事に表現し、そこには母性への敬意という思想概念を表現しつつ全体のバランスの美しさは見事です。その他の土偶にも、概念化や美的感覚を大いに感じます。縄文人の文化、言語能力は非常に高いものがあったのだと思います。(三本指の人間表現が、縄文土器には多くあります。それは、月を崇拝する当時の信仰を表現しているとの解釈もなされています。)

 

 

ピカソの絵の変遷に代表されるように、具象、抽象、デフォルメなどは一方向の進化ではなく、すべてをバランスよく認識し、保有することが人間にとって自然なのではないかと思います。ようは、どれも大切なのです。晩年のピカソやマチスが、幼児のような絵を描いたことは有名ですが、あそこまで芸術を突き詰めた人間の、自然な姿なのかもしれません。

 

 

現代は、言語に支配されている傾向にあります。つまり左脳社会です。そのバランスを取る意味でも、土偶のような古代人の表現が、イギリスや日本で大きな話題を呼んだのは当然だという気がしました。

 

先日、文楽二月公演を観てきました。演目は、ご存じ「曽根崎心中」。見どころは、「天神森の段」道行きの場面です。道行きとは、心中のた道行き.jpgめ死地におもむく男女が、風景の中をひたすら歩く場面です。以下、そこでの語りの一部です。近松門左衛門の名調子、惚れぼれしますね。

 

鐘ばかりかは、草も木も空も名残りと見上ぐれば、雲心なき水の面、北斗は冴えて影うつる星の妹背の天の河。梅田の橋を鵲の橋と契ていつまでも、我とそなたは女夫星(めおとぼし)。必ず添ふと縋りより、二人が中に降る涙、河の水嵩も勝るべし心も空も影暗く、風しんしんと更くる夜半

 

そもそも道行きという型があること自体が日本的です。会話は多くはなく、風景の中をひたすら歩く。しかし、移動する風景が二人の心情を雄弁に語る。語りも、人と風景が溶け合っているようです。そこに太棹(三味線)がさらに心情を盛り上げる。日本人にとって、風景は切っても切れない深い関係にあるようです。

 

 

話は変わりますが、日経夕刊1/18週に連載されていた元世界銀行副総裁の西水美恵子さんの話がとても面白かったです。特に面白かったのは、キャリアに迷っていた時きっぱり決めた場面です。

 

山の上のスキー場にロープウェイでのぼり、眼下に開ける太平洋を見ていたら、「何を悩んでいるのだろう。私のやりたいことは経済学だ」という答えが、すうっと見えてきました。

 

合理的意思決定でも何でもありません。風景が彼女に意思決定させたとも言えます。実は、私も似た様な経験があります。移動中の新幹線の座席で、ノートにふたつの選択肢のプロコンを列記しながら、あることで迷っていました。いくら書いてみても結論はでません。そんな時に、車窓から快晴の空を背景にした富士山が見えたのです。見なれていた富士山ではありますが、その時はちょっと違って見えた気がします。そして、その瞬間迷いが晴れました。

 

非合理な意思決定ではありますが、最後の最後は風景の力が決めるのです。これは、日本人特有なのかどうかはわかりませんが、道行きにしても西水さんにしても、風景と人間の関係について、興味が尽きません。

恥ずかしながら、先日初めてシルク・ドゥ・ソレイユ(コルテオ)を観ました。競争のない新たな市場空間を創造する「ブルーオーシャン戦略」の代表例であることは、本で読んで知っていましたが、観てはいなかったのです。

シルク.jpg 

物語調のサーカスくらいに思っていましたが、そんな簡単に言葉で置き換えられるようなものではありませんでした。確かにブルーオーシャンです。

 

一流のサーカスでも、一流の芝居でも、一流のミュージカルでもない、それはまさしく「シルク・ドゥ・ソレイユ」でした。

 

 

        ただ、高度なスキル(オリンピック選手クラスだそうです)をアクロバティックに披露するのではなく、舞台に立つ出演者全員のハーモニーの中で見せる

        技術に驚き興奮するだけでなく、それに観る側の想像力を融合して楽しむことができる。たとえば、トランポリンの演技ではあるものの、ベッドにトランポリンを組み込み、子供時代の遊びを想起させる

        多くの演目が、ある道化師の夢と再現という、大まかなストーリーに沿って、次々展開されるため、さらに全体の大きな物語を想像しながら演技を楽しむことができる

        楽団による生演奏と、演技が一体となって進行する。背景としての音楽というよりも、音楽が演技の一部を構成。その意味では、オペラや近い。

 

サーカスやミュージカルの比較でいうと、

既存のサーカスが、技で驚かすのに対して、技で観客とコミュニケーションする。

既存のミュージカルやオペラ、芝居が、台詞や歌による言語も使って表現するのに対して、研ぎ澄まされた肉体と、それを完璧にコントロールする技術だけで表現する。

 

 

課題設定の重要性を痛感します。

これまではあるレールの上で、課題解決(技を磨くなど)を追求してきたのでしょうが、そもそも課題そのものを変えてしまったのです。楽しさや興奮をいくら追及し、競争してもおのずと限界があります。フィールドを、パフォーマンスの知的洗練度と芸術性に設定し直したのが、シルクです。そこがブルーオーシャンでした。

 

また、フィギュアスケートの採点ではないですが、肉体を駆使したパフォーマンスでは、スキルと芸術性は独立した価値として扱われてきたように思います。芸術性を高めるには、技術の難易度を下げようかと発想します。しかし、シルクはスキルと芸術性の両立があって初めて観客を感動させることができると考えているようです。

 

そういう意味でいえば、トレードオフを解決したともいえそうです。価格と品質のトレードオフを実現したかつてのトヨタのように。ただ、トヨタと違うのは、トヨタがそれによって既存市場の中でシェアを奪ったのに対して、シルクは新しい市場空間を創造したことです。サーカスやミュージカルの顧客を奪ったのではありません。それまでサーカスやミュージカルに関心を示していなかった人々をひきつけたのですから。

 

物語や想像力の重要性、課題設定の巧拙、市場創造、トレードオフなど、いろいろなことも考えさせてくれた、素晴らしいパフォーマンスでした。

 

あらゆる分野の一流が結集すると、まだまだ凄いことができるのですね。

昨晩、加藤健一事務所による「シャドーランズ」を観ました。正月から、人間の死と愛をテーマとした重い芝居でした。

 

いろいろ考えさせられましたが、二つの台詞(うろ憶えです)が印象に残っています。背景には、カソリックの教義があるようです。

 

 

「元来、人間は石のようなものだ。神がノミで削りながら、完成させていく。だから、痛いのは当たり前だ」

 

「苦労は買ってでもしろ」と日本でも言いますが、それと表面的には同じような意味でしょうか。ただ、映像をイメージさせるこの台詞には、説得力があります。死ぬまで完成はしないのでしょうが、少なくとも少しずつは完成に近づきたいものです。そう思わされました。

 

また、痛みの積極的な意味合いを気づかせてくれます。今の世の中、痛みを抱えない人はいないでしょう。痛みをポジティブなものにするか、ネガティブなものにするかは、その人次第です。勇気を与えてくれる言葉です。

 

 

「神に祈るから神が願いを叶えてくれるのではない。それなら、神が取引をしていることになる。祈ることによって、自分が変わるから願いが叶うのだ」

 

他力による自力とでもいえるでしょうか。以前、「われは木偶なり」という言葉について書いたことがありますが、それにも通じるものだと思います。祈るという謙虚な行為が、邪念を振り払い本来の自分に立ち返らせてくれるのでしょう。

 

これを読んでおられる方は、そんなの当たり前だ。あえて書くほどのこともないだろう、と感じていらっしゃるかもしれません。それは当然です。私は、昨晩観た芝居を思い浮かべながら書いているわけで、そのコンテクストをあなたと共有できるとは思えません。言い方を変えれば、演劇の力が、強い説得力の源泉にあるのです。

 

 

ところで、組織文化を変えることは非常に難しいことです。変えることの必要性をどれだけ合理的に説明されて、頭で理解したところで一人一人のマインドセットはなかなか変わりません。

 

合理性ではない物語や演劇の力が、企業変革や組織開発には欠かせないことを、あらためて確認した思いです。(ちょうど組織文化変革について考えていたので・・・)

 

シャドーランズ.jpg