文化と芸術: 2010年6月アーカイブ

今、リフレクション(内省)が時代のキーワードになっている気がします。目まぐるしく移り変わる日々の中で、ふと立ち止まって自分自身を振り返ることを、潜在的に多くの人々が求めているのではないでしょうか。

 

振り返るには、なんらかの対象が必要です。他者との対話かもしれませんし、また自分を写すことができるなんらかの鏡かもしれません。

 

映画とは、そのような自分自身を写す鏡となりえます。ドキュメンタリー映画 「森聞き」の試写会を観て、あらためてそう思いました。

 

その映画の出演者は、普通に高校生四人と、森の仕事名人である老人四人です。高校生それぞれが、ひとりの老人に森での暮らしや仕事についての話を聞いて、文章にまとめる姿を追った映画です。

 

東京の高校生三年生女子は、母親から森に行くことを反対されます。そんなことより、受験勉強しなさいと。そうしないと、ブランド大学に入れないよと。娘は、「私はブランドでバッグを買うのではなく、好きだと思うバッグを買いたいの」と答えます。そして自ら「森聞き」を希望して山に入ります。森聞.jpg

 

四人はそれぞれ、圧倒されるような歴史と技術と誇りを背負った老人と出会い、面くらいます。そこでは感動的なエピソードが綴られるわけではありません。四組それぞれの不器用な交流があるだけです。

 

観ている多くの人は、高校生に自分を重ね、映し出すことでしょう。自分が高校生のときはどうだっただろうか。今、何が変わったのかと。あるいは、先の母親に重ねる人もいることでしょう。また、老人に重ねる人もいるでしょう。どの世代が観ても、自分をなんらかの形で振り返ることができる映画です。

 

決して、涙の別れがラストに待っているわけでもありません。結論があるわけでもありません。だから、リアルなのです。観終わった後で、誰かと感想を語り合いたくなる映画です。実際に、試写終了後、話し合いました。観る人によって、いろいろな観方ができるのだと実感できました。

 

いい作品(本でも映画でも絵画でも)とは、観(読み)終わってから自分の中でじっくり何かを考えたくなるものだと思います。心の中に、何かが刺さるわけですね。Entertainmentとは、心に入り込んで残るもの。Amusementは、一瞬で過ぎ去りますが、それとは異なります。

 

経験を積むほど、Entertainmentを楽しめるだけのキャパシティーが大きくなることでしょう。齢を取ることは、悪いことではない気がしました。これからも、こういう作品にたくさん触れていきたいものです。

 

新国立美術館で開催されている「ルーシー・リー展」を観てきました。彼女は、95年に亡くなった、イギリスで活躍した陶芸家です。1902年生まれの彼女の作品が、年代を追って250点展示されている、これまでで最大規模の回顧展です。作品の素晴らしさは言うまでもありませんが、彼女の凛とした生き方や感じ方、性格が作品を通して伝わってくるような展示でした。

 

●「守」の時代:ウィーンでの活動期~ロンドン初期

ウィーンで生まれたルーシーは、初期にはいくつかの先人からの影響を受けています。ひとつは、クリムトに代表される、伝統的な美術から分離する新しい芸術運動(分離派)の影響。金を多用した装飾性の高い作品が特徴です。ふたつめは、バウハウス運動の影響。無駄を省いた、合理的で機能的な作品が特徴です。三つ目はロンドン亡命後のバーナード・リーチの影響。リーチは、柳宗悦や浜田庄司との交友で有名な、陶芸家です。日本の民芸運動とイギリスの伝統的陶芸の融合を図った芸術家です。ルーシーは、リーチを通して日本の焼物や李朝陶器の影響を受けていることが、作品から見て取れます。

 

彼女は、1940年代くらいまで、こういった時代の先端の型を貪欲に学んでいます。つまり「守」の時代です。ただ、決して先人の型を模倣しているわけではありません。常に、初期に芽生えたなんとなくの「自分らしさ」に照らし合わせながら、型を吸収しているのです。

 

    「破」の時代:40年代~60年代

40年代の終り、たまたま博物館で見た新石器時代の土器の壷リー2.jpgにインスピレーションを受け、そこから独自のスタイルが展開しました。初期に芽生え自分らしさと、それまで吸収した型、そして新石器時代の土器の影響などがうまい具合に融合し発展していくさまが、その時期の作品に表現されています。

 

「型」を基盤に置きながら、自分のスタイルが確立するまさに「破」の時代です。誰が見てもルーシー・リーの作品だとわかる、オリジナリティあふれる作品ばかりです。しかも、ひとつのパターンだけではなく、いくつものスタイルを生み出しています。しかし、どれもルーシーなのです。

 

●「離」の時代:70年代以降

そして、それまでの蓄積が一気に花開くようです。それまでに確立したいくつかのスタイルが、何のてらいもなく自由に融合していきます。こだわりから解き放たれ、肩の力を抜いて、好きなように作品を創っていることが感じられます。形も色調も華やいでいるようです。融通無碍という言葉が リー.jpg思い起こされました。まさに「離」です。面白いのは、1920年代からずっとつながっているものも、確かに見えることです。

 

ルーシー・リーという一人の陶芸家の生涯とその思いを、「守・破・離」のフェーズごとに観て感じることができる、とても良い展覧会だと思います。

 

人間にとっての「守・破・離」の意味を、あらためて考えさせられた気がします。

 

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