社会の最近のブログ記事

MBO(目標による管理)は、今は多くの企業で取り入れられているようです。現在のレベルに対して目標を設定する。それを上司と合意し、半年とか一年後にその進捗を双方で確認するという制度ですね。

 

非常に合理的だしわかりやすく、評価にも使用されることもあるようです。しかし、実態の運用はどうなっているのでしょうか。私の個人的経験からも、ギャップを示し、それを埋めていくといういかにも合理的なプロセスが、どうもしっくりいかないのです。

 

その気持ち悪い感は、どうやら日本人の特性に根ざしているように最近思っています。課長とMBOインタビュー中の営業マンの、心の中を想像してみましょう。

 

「そんな!今期1億円の実績を上げたからって、来期いきなり1.5億円の目標はないでしょう。今期は、三年かけて仕込んだ新規大型先が受注できたから1億いったけど、そうそうそんなネタはないよ。だいたい年初から急激に景気が冷え込んでいるのは課長も知っているじゃないか。一年後どうなるかなんて、皆目わからないよ。そんな空手形切って、目標達成できなかったらボーナスカットの口実にするつもりだろ。上から振られた目標だろうけど、部下に割り振ればそれで達成した気になっているのだから、いい気なもんだ・・。」

 

こんなことを心の中で思っていても、口では「わかりました。大変とは思いますが、精一杯がんばってみます。」なんて、言ってしまうのでしょう。

 

課長のほうも、彼の心の底はよくわかっているのです。でも、仕事だからお互いMBOインタビューの席で、正しい上司と部下を演じなければならないのです。

 

 

さて、私が日本人の特性を言ったのは、この時間に対する観念です。我々にとっては、過去は水に流すべき対象であり、未来はうつろいやすく捉えられないはかないものなのです。だから、「今」に生きるしかない。

 

加藤周一が、「日本文化における時間と空間」にこう書いています。

 

無限の直線としての時間は、分割して構造化することはできない。すべての事件は神話の神々と同じように、時間直線上で、「次々に」生まれる。それぞれの事件の現在=「今」の継起が時間に他ならない。すでに過ぎ去った事件の全体が当面の「今」の意味を決定するのではなく、また来るべき事件の全体が「今」の目標になるのではない。時間の無限の流れは捉え難く、捉え得るのは「今」だけであるから、それぞれの「今」が、時間の軸における現実の中心になるだろう。そこでは人が「今」に生きる。

日本文化における時間と空間 日本文化における時間と空間

by G-Tools

 

 

このような時間に対する感覚は日本人特有のものでしょう。キリスト教の国々では、時間の始めと終わりが明確で、そこから分節して現在を把握するそうです。

 

人の時間感覚は、そう簡単に変わるものではありません。未来から逆算するのではない、「今」を重視するマネジメントを考えてみることも必要かもしれません。

 

もうひとつ、日本人の特徴はまじめで過剰適応することです。一旦目標達成を約束したら、どんな手を使ってでも約束を守ろうとする傾向があります。(もちろん美徳ともいえますが)いろいろ言われていますが、成果主義失敗の原因も、こんなところにもあるのかもしれません。

 

 

日本人は(ステレオタイプですが)、きちんと対すれば決して「今」をおろそかにはしないはずです。体質に合わない合理的経営を押し進めるのも、ほどほどにしたいものです。

 

***************************

補足しておきますが、MBO自体は、本来の育成を目的に使用することにおいては、有効な手段と思います。目標をキーにして、上司と部下がダイアログすることは、かつてのようには、なかなか一対一でダイアログする機会が取れない現状を考えれば、なおそうでしょう。問題は、安易にMBOを評価に使用することだと思います。

この週末は信州諏訪の隣町に滞在し、地元ケーブル局による御柱祭の生中継を堪能していました。(朝8時ごろから夜7時ごろまで生中継。終了後、即座にすべてを再放送!)御柱祭とは、諏訪大社の4つの宮それぞれに建つ各4本の御柱(ご神木)を、申年と寅年に建て替える祭礼です。計16本の御柱を、山の上からそれぞれのお宮まで曳いていく役目は、町(集落)ごとに割り振られます。

 

六年ごとに巡ってくるお祭りですが、かつて祭礼の年には、祭り準備に資金を振り向けるため家の普請や婚礼が禁止されていたほど、気合いのはいったお祭なのです。住民総出といっても言い過ぎではないでしょう。

 

そのハイライトは、10トンを超えるような御柱を急斜面から引き落とす、「木落し」です。御柱の上には数人の氏子がまたがり、御柱もろとも   250px-ONBASHIRA.jpg滑走するのです。一歩間違えれば、巨木の下敷きになります。非常に危険なスリルに満ちた光景が展開します。それがこの週末に行われました。

 

多くの行動の合図は木遣りです。木遣りが、エネルギーを与え、またタイミング指示の役割をはたしています。TVでではありましたが、こちらにまで御柱を曳く氏子らの思いや一体感まで感じられたほどです。

 

 

命懸けの祭礼に、なぜ地域の人々はここまで燃えるのでしょうか?損得でないことだけは確かです。そこに「つながり」を実感できるからではないでしょうか。家族との、地域の人々との、諏訪の神様との、聖なる山との、そして町の歴史とのつながりです。

 

人は、本能的に「つながり」を求めています。ほんの数十年前までは「つながり」がなければ、物理的にも生きていけなかった。「つながり」の装置としてのお祭りが、地方には多数保存されています。

 

しかし、社会が便利(あるいは物質的に豊か)になり、「つながり」が「わずらわしさ」に感じられるようになった。そして、「つながり」と便利さがトレードオフとなり、便利さを選んだ。これは、それほど昔のことではありません。私が社会人になった頃は、相部屋の社員寮は普通でしたが、その後個室が当たり前に急速に変わりました。

 

このままいくのかと思いきや、また時代はひと回りしだしているようです。一時は絶滅に向かうかと思われた社員寮が、最近また増えだしたそうです。社内旅行や社員運動会もしかり。若い世代を中心に「つながり」を「便利さ」よりも重視する傾向が見られるようなのです。各地のお祭りも人気です。

 

 

この傾向をどう見るべきなのでしょうか?人間が本来持つ「つながり」の再評価は良いことでしょう。しかし、本来は「自律した個人」による「つながり」を目指すべきだったのに、依然「あいまいな私」による「つながり」だとしたら、単なる先祖返りではないでしょうか。会社につながりを求めるのも、昔と同じなのでしょうか。

 

SNSもツイッターも「つながり」を促す仕組みといわれていますが、その「つながり」は御柱祭に見られたような「つながり」と本質的に同じものなのでしょうか。もし、異なるものだとすれば、どのように質的に変わったのでしょうか?

 

古代から続く御柱祭の興奮を味わいながら、そんなことを考えてしましました。

 

世の中的には、本日から新年度です。今日入社した新入社員は1987年生まれが大半です。彼らは、バブル崩壊後の「失われたXX年」に人生を送ってきた人たちです。それまでの世代とは、大きく価値観が異なるのは必然なのでしょう。

 

 

ところで、昨年9月発売された三浦展著「シンプル族の反乱」を今ごろ読みました。漠然と感じてきたことを、データも使いながら示されると、やはり納得感がありました。

 シンプル族の反乱
4584131813

 

百貨店の大敗もユニクロや無印良品の好調も、単なる不景気のためでなく構造的なものです。本書では、そこまで言及していませんが、戦後一貫して続いてきたアメリカ絶対主義から、日本的価値観への回帰が起きていることが原因だと思います。「消費することが嬉しい」から「消費することが恥ずかしい」への一大パラダイムシフトが現在起きているのです。その変化は、バブル崩壊以降徐々に起きていますが、ここにきて大きな潮目が変わってきました。そのきっかけは、2008年のリーマンショックだったのは間違いないでしょう。

 

しかし、考えてみればアメリカがリードしてきた大量消費社会は、高度成長以降のわずか40年ちょっとのものです。その時代の空気をたっぷり吸った世代が、日本社会の中核だったわけですが、当然年を経るにしたがって主役は交代しつつあります。(ただし、政治の世界では、高齢者ほど投票率が高いため、社会の変化よりずっと遅れるでしょう)

 

 

さて、これからの日本社会の理想は、(極端な言い方ですが)江戸時代に戻ることなのかもしれません。成長より成熟を志向するということです。「もったいない」に代表されるように、自然と協調し、ホンモノを長く使うことを大切にし、身の丈にあった生活をおくる。人とつながることに価値をおき、(物質ではなく)内面の豊かさを求める、そんなくらしでしょうか。

 

資本主義が人間の物質的欲望をエンジンとして発展してきたのに対して、その欲望を否定し、「足ることを知る」ことに価値を置くわけですから、これまでの資本主義のロジックが通用しないのは明らかです。

 

そうなると、そういった国内市場をベースにした日本企業は立ち行かなくなるのではという懸念があるでしょう。しかし、そうでしょうか。私は楽観的です。

 

現在日本で起きているパラダイム転換は、地球温暖化対策の流れも受けて、世界的なトレンドになりつつあると考えます。そのトレンドを半歩先に日本は経験しているわけです。(公害問題と同じですね)ましてや、そのトレンドとは、かつての日本の得意技です。このようなある意味な特殊ですが肥沃な国内市場で鍛えられた日本企業は、グローバルでも成功する可能性を秘めています。無印良品やユニクロが、海外でも評価されつつあるのは、その萌芽だと思います。

 

あとは、日本企業がいかにパラダイム転換を認識し、それに対応した戦略を大胆に採ることができるか、その能力にかかっているのです。

 

今月来日して経済人や識者などと議論した韓国有力各紙の論説委員団がこう驚いていたと、今朝の日経にありました。

 

「誰と会っても韓国に学ばなければと言われて驚いた。五輪でキム・ヨナが真央ちゃんに買ったのでそのお愛想かと思ったが、こんなことは初めてだ。」

 

確かに、最近急に韓国に学べ的な論調が増えてきたように感じます。

 

学ぶこと自体はよいことですが、気になるには、対象を上に見るか下に見るかしかできない我々日本人の姿勢、というか癖です。80年代のバブルのころはアメリカからもう学ぶものはないという姿勢だったのが、崩壊後実際はアメリカンスタンダードをグローバルスタンダードと呼び礼賛。この構図は、戦中と戦後のアメリカとの関係の相似形のようでした。

 

中国との関係について、寺島実郎がこう書いています。

 

「日本人の中国に対する態度は、夏目漱石も語っているように、日清戦争を境にして激変したといわれる。日清戦争前の中国は、日本人にとって尊敬、信奉、敬服の対象だった。(中略)しかし、日清戦争に勝って、それが変わった。一転して中国を侮辱し始めるようになるのである。それまで、ある意味、劣等感さえ抱いてきたのが、『優越感』に反転してしまったのだ。」(「世界を知る力」)

 

なぜ、対等なパートナーとして対象を捉えられないのでしょうか。鳩山首相は、「日米を対等なパートナーの関係に」と言っていますが、歴史を見る限りそう簡単なことではないでしょう。

 

 

これは、最近も数多く話題となった合併交渉の破談にも共通するような気がします。成立したM&Aのほとんどが救済合併型です。対等合併はなかなか成立しませんし、成立してもうまく運営できる例はまれです。(JFEは数少ない成功事例でしょう)

 

合併相手を、強大な征服者か、逆に助けを求める貧弱な衰退者のどちらかで捉えてしまいがちです。これは日本人が、同じムラの中以外とは、対等な関係での付き合いの体験が少ないことが関係していると思わざるをえません。上か下しかないのです。加藤周一は、上か下か、上にもなり下にもなる関係(芸能者、白拍子など)の三パターンで捉えていました。いずれにしろ、日本の歴史や風土に根差す思考パターンであり、そう簡単には変えられないことでしょう。

 

こういう癖があるということを認識したうえで、他者との付き合いを深めていくしか方法はありません。

 

 

他者から学ぶことは、決して「上」から授かる/奉ることだけではありません。対等な関係だからこそ深く学べるという面も多いと思います。卑屈にならず、驕りもせず、虚心坦懐な姿勢こそが学びの極意かもしれません。

昨晩、よくいく日帰り温泉での出来事です。サウナに一人で入っていると、突然小学校低学年くらいの男の子が入ってきて、隣に座って話しかけてきました。

 

「ねえ、マンモスがいたくらいの地球の始めのころで、どんな生き物が好き?」

 

「そうだね、恐竜かな。」

 

「どの恐竜が好き?」

 

まんまと彼の恐竜談義に誘導されてしまいました。サウナが暑くなったのでしょう。

 

「まだ、出ないの? じゃあ、ドアの外で待っているね」

 

その後、露天風呂でも彼の豊富な恐竜の知識を拝聴することができました。

 

 

小学生低学年くらいまでは、彼のように自分と他人との間の壁はあまりないでしょう。でも、社会化するということは、ある意味その壁を作ることです。中学年くらいから、自意識も芽生え、日本人の大人になるための、ウチとソトの境界を体得していきます。最近、小学校の男子トイレで、大きいほうの用をたすことができない子供が増えており、男子トイレもすべて個室に改装する学校が出てきたとの記事を読みました。日本における社会化の行き過ぎた現象かもしれません。(ソトである学校で、ウチですべき大はできない!?)

 

ウチとソトの境界は、もちろん重要です。一方で、いずれ境界を下げることも学ばなければ、適切なコミュニケーションははかれません。では、それはいつ頃起きるのでしょうか。かつては、大人として社会で生きていくと認められる時期、つまり元服がその印だったのでしょう。現代で言えば、成人式?いや、きっと社会人として独り立ちした時に相当するのでしょう。

 

しかし、自分のことを考えても、新社会人になった頃は、まだまだ境界が残っていた気がします。境界をある程度コントロールできるようになったのは、思い返せば、社会人としての自分の貢献が、第三者(社内の人間ではなく、お客さんや取引先など)のヨソの人に認めてもらったときのような気がします。(小学校中学年頃から、随分長い時間がかかったものです)

 

 

便利な時代になればなるほど、そのタイミングは遅くなっていくのかもしれません。価値観やスタイルは、世代でどんどん変わっていますが、ウチとソトの境界のような、日本人の根底に横たわった思考の枠組みは、案外変わらず、ただ、時期や現われ方に変化があるだけなのかもしれません。

 

ウチとソトは、自分自身から始まって家やムラから国家、文化圏などまでが入れ子状態になっています。グローバルな環境でもまれる昨今、あらためてウチとソトという思考枠組みについて、考えてみる必要があるように思います。

最近、GNP世界第二位の座を中国にいつ追い抜かれるか、といった記事が散見されます。また、失業率の変動にも一喜一憂しています。なんとなく、へんだなあと思っていました。

 

人口13億人の中国と一億人強の日本のGNPを比較することにどんな意味があるのか。さらに、数ポイントの失業率の変動よりも、最近とみに日中多く見かける年金受給対象の高齢者の増加、すなわち労働人口の減少のほうが、はるかに経済へのインパクトが大きいのではないかと感じていました。しかし、政府の政策目標は、GDP総額であり失業率低下にあります。

 

 

そう思っていたところ、的確な解説を発見しました。日経朝刊3/12の「大機小機」の「人口減少時代の経済目標」というコラムです。

 

人口減少社会において、一人当たり所得が不変であってもGDP総額は減少する。ところが、一人当たり所得さえ同じかまたは増えるのであれば、経済規模は縮小しても構わないのだ。問題は一人当たり所得であって、経済規模は我々の福祉水準とは無関係なのである。

 しかも、その一人当たりGDPは、08年のレベルが96年よりも低く、ドルベースで国際比較するとOECD加盟国中19位というありさまである。

 

雇用については、失業率ではなく就業率(人口に占める就業者の割合)を目標とすべきだ。(中略)この失業率が低い方が良いことは当然だが、人口減少社会において問題となるのは、「働く意思を持つ人々」がどの程度存在するかなのである。

 人口減少経済においては、放置していると少子化と高齢化の進展により就業率が低下する。すると、就業者一人当たりの付加価値生産額(生産性)が同じでも、国民一人当たりの所得は低下してしまう。

 これを防ぐには、就業者一人当たりの生産性を高めるとともに、女性や高齢者の就業率を引き上げることによって、働く意思を持った人の数を増やさなければならない。

 

 

 

中国との順位争いや、失業対策、少子化対策ばかりにかかずらわっていても、日本経済の将来像は見えてきません。今の日本が追い求めるべきなのは、規模ではなく質であり、単純な成長ではなく豊かさを実感できるための成長であるべきです。

 

マクロの環境が大きく変われば、目標とすべき指標も変えるべきです。しかし、長く、人口増加やインフレが当然だった時代を生きてきた人間にとって、その前提を変えることは至難の技なのです。

 

目標指標はトップしか変えることはできません。歴史観と批判的思考力を持ったトップこそが、将来のビジョンを示し、その到達に資するあらたな目標を設定すべきです。

 

それができない場合は、政府であろうが企業であろうが、ガバナンスを変えるしかありません。昨年の政権交代は、そういう文脈の中で実現したと理解しているのですが・・・。

 

政官とのもたれあいの中でコントロール不能になったJALと、現在の日本がだぶって仕方ありません。

ライブドア、コムスン、村上ファンド・・・。数年前からベンチャー企業への旗色は悪く、近年はあまりベンチャーという言葉自体を聞かなくなりました。それを称して、日本は保守化してイノベーションが生まれなくなってしまうとのコメントも珍しくありません。

 

本当にそうなんでしょうか。そもそもベンチャー企業とは何を指すのか。リスクを取って新たに企業を興すことを指すのであれば、ずっと昔から営々と存在しています。開業率は、80年頃以降、5%あたりで推移しています。直近で見ると91年-93年の2.7%をボトムに04年-06年の5.1%までほぼ上昇を続けています。(「中小企業白書2009年版」)

 

世の中でいうベンチャーとは、それとは少し違うニュアンスで使われているように感じます。ITやサービス業などの既存大手競合が存在しないマーケットで起業し、急成長を遂げ、短期間で上場を果たし、若手起業家として名声を得るというイメージでしょうか。上場を手段ではなく、目的と考える人たちです。

 

確かに一時期、そういう起業家像がもてはやされた時期がありました。産業構造が大きく変わる時期には、いつの時代にもそういうことが起こります。それを煽る金融機関や投資家がいるからです。しかし、いずれ変化が落ち着けば、日本経済全体が、祭りの後の債務処理に追われるわけです。それが揺り戻しです。「踊る阿呆に見る阿呆」といいますが、見るだけでは済まずお金を入れるからです。

 

近年のミニバブルでは、産業構造変化の波(インターネットの進化)に加えて、マネー資本主義の世界的ブームが重なり、波が何倍にも増幅されました。それに踊らされ、一生かかっても使えないような莫大な資産を獲得することを夢見て起業する人を、ベンチャー起業家と呼ぶなら、自然な淘汰が今起きているにすぎないといえるでしょう。イノベーションとは別の次元の問題です。

 

最近では、上場などはなから目指さず、世の中への貢献を第一に事業をする社会起業家が、日本でも増えつつあります。前の世代の「踊る阿呆」の姿を見て、別の価値観で起業する人たちです。まだまだ萌芽ですが、そこにかすかな期待を感じます。しかし、それがまたファッションになってしまわないように、注意しなければなりません。

 

 

もし、日本でイノベーションを盛んにすることが目的であれば、付焼刃の起業家支援やハイリスク市場整備ではなく、大企業のスリム化を促すことに重点を置くべきと考えます。日本経済の非効率性は中小企業にではなく、何でも抱え込む習性のある大企業に温存されています。技術や人材などがそこから解き放たれて、初めてイノベーションがそこここで起こるようになるのではないでしょうか。

 

最近、「ニューノーマル」という言葉を耳にすることが増えました。アメリカ発の言葉です。リーマン・ショック後の不況というトンネルの先には、従来と違う世界が待っているとの見方です。マッキンゼーの世論調査によると、支出を減らした人の過半数が、「景気が回復しても倹約を続ける」と答えたそうです。

 

感覚的には、日本も同様だと思います。私の世代は、物心ついてから三度の大きなバブルとその崩壊を経験しています。最初は、列島改造とオイルショックのセット。小学生だった私も、お菓子の値段が急に上がったことと、TVで観たトイレットペーパーの奪いあいは、強烈な記憶として残っています。

 

次は、ご存じ80年代後半からのバブルとその崩壊。円高不況脱出のために仕組まれたバブルが崩壊するのは必然でした。バブル時は、そもそも若年で貧乏だったのであまり恩恵に与っていませんが、崩壊の影響は人並にかぶりました。

 

そして、小泉改革と円安政策をきっかけにしたミニバブルとリーマン・ショックです。不動産屋が肩で風を切って歩く姿を見て、いつか見た風景だと思ったものです。バブル崩壊が日本だけでなく、世界的だったことが、過去二回とは全く異なります。また、日本の産業構造が、製造業主体からサービス主体にシフトしているため、政府の景気対策は過去二回ほど機能していません。(中国は機能しています)

 

さすがに、三度も、持ち上げておいて突き落される経験を積めば、いやでも学習します。つまり、過大な夢は抱かず、堅実な消費にならざるを得ないというわけです。

 

世代によって多少感じ方が違うとはいえ、これが日本独自の「ニューノーマル」なのではないでしょうか。少子高齢化と相まって、これが今後の日本経済や社会に与える影響は、計り知れないほど大きいのではと危惧します。

 

「ニューノーマル」とは、「Back to basic」だとも言えそうです。基本に帰れ。不況脱出ための小賢しい手練手管ではなく、長期的視点で本当に大切なものや、自分たちがもっとも得意とするもの、仕事や生きることの意味などを見つめ直してみるいい機会かもしれません。そうすれば日本も、もう少し落ち着いた大人の国になることでしょう。

 

土曜日、目黒区美術館に「文化資源としての<炭鉱>展」を観てきました。事前の評判もよく、炭鉱には何となく興味があったので、是非観たいと思った企画です。

山本.jpg 

美術と炭鉱がどうつながるかは、観てのお楽しみですが、炭鉱が文化資源だという視点がまずユニークです。最近は、産業遺産という言葉は一般的になりました。富岡製糸工場が有名ですね。軍艦島も、最近の人気スポットです。旧産業の廃墟を歴史資産として見直そうというものでしょう。

 

産業は、当たり前ですが多くの人間により成り立っています。その人間の営みに注目したのが「文化資源」という言葉だと思います。そして、さらにその「資源」から、これからも文化や芸術が生まれてくるのだと位置づけているのです。

ブラス.jpg十年くらい前から、イギリスから「フルモンティ」「ブラス」「リトルダンサー」という衰退する炭鉱を背景にした優れた映画が生まれました。日本でも、「フラガール」のヒットは記憶に新しいところです。

 

一つの大きな産業が衰退、消滅するということは、ものすごいことです。そこから、文化もう生まれずにはいられないのです。

 

 

さて、私が愛知県の小学生の頃、九州から多くの転校生が来ました。彼らの親は炭鉱で働いていたのですが、閉山となったので、当時盛況の繊維業での働き口を求めて、多くの家族が移ってきていたのです。

 

言葉の違いはすぐに慣れましたが、何となく習慣が異なるような気がしたものです。(鶏を絞めて食べたのには驚きました)

 

やがて、繊維業も輸入品に押され衰退していきました。しかし、幸いなことに、トヨタという地元優良企業が余った雇用を吸収したのです。

 

 

このような産業の盛衰は、否応のないものです。問題は、いかに席を譲るべき産業をスムーズに安楽死させるかだと思います。最近の状況は、延命策ばかりを弄して、適切で配慮の行き届いた安楽死を促しているようには思えません。

 

でも、それが政府の役割でしょう。自動車産業が、炭鉱や繊維業のようになった時、その影響はそれらを大きく上回るでしょう。自動車産業がどうなるかはわかりませんが、準備は必要でしょう。(デトロイトを見るまでもなく)

 

一つの産業が衰退し消滅するということは、独自の文化を生み出すほど、人々の大きな影響を与えるのですから。

20年前の今日、ベルリンの壁が崩壊しました。早いものですね。当時、私はストックホルムの大学院にいました。変化の胎動というべきか、えもいわれベルリン壁.jpgぬ熱気が漂っていたことを思い出します。その2週間ほど前、大学院の企画でゴルバチョフ政権下のソ連を訪れ、共産社会の衰退を目の当たりにしていたので、それほどの驚きは感じませんでした。

 

当時、東独の人々は、壁の崩壊と、間髪いれぬ西独との併合に、きっと大きな夢を描いたことでしょう。それまでは、自由の夢は虚構に過ぎず、現実にはなりえなかったのでしょうから。それが、一気に変化しようとしていたのです。

 

そして、20年が経ちました。彼らの夢はどうなったのでしょうか。報道を見る限りでは、夢破れ希望を失い、旧体制に戻りたいと考える人も数多く出てきているようです。

 

 

人間は現実の中で生きていかなければなりません。しかし、現実だけでは生きるエネルギーが湧いてきません。そう、夢が必要なのです。夢はかなうかどうかが問題なのではなく、かなう可能性が少しでもあると思えるかどうかが、重要なのだと思います。

 

現実から見て、夢が実現する可能性が少しでもあれば、そこに希望が生まれます。逆に、その可能性がないと諦めてしまえば、絶望になります。

 

 

企業組織でも同じだと思います。入社早々の新入社員のきらきらした眼は、いつまで続くのでしょうか。かつてのように、マイホームを持つ、(適度に)出世するという夢を希望にして生きることは難しくなっています。それに代わる夢を、経営者はすべての社員に描かせることができているのか、そして、実現可能性を感じさせ、希望を抱かせることができるのか。

 

日本の企業組織は、現実を直視しつつも、社員に夢と希望をもたらすことが、最も重要な存在理由だと私は思います。もしそれがなく、契約関係(損得)だけで成り立っているとしたら、給料以上の働きはしないでしょう(もちろん、それを前提の組織をつくる道もありますが)。その場合、競争力は格段に落ちるはずです。

 

社員のロイヤリティーが下がったとか、モチベーションが低いとか、自律させなければ(言語矛盾です)とか、様々な課題を耳にします。そうなんでしょう。でも、その原因は、社員にあるのではなく、夢を見せられない経営陣にあることを忘れてはなりません。自分たちの頃は、そんなものは自分で考えたなどと、言えはしないのです。

 

 

ベルリンの壁崩壊から20年。世界は、少しは良くなったのでしょうか。良くするには、国家や企業は、どのような夢を描くべきなのでしょうか。