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ここ数年、企業の人材・組織開発において「自律」あるいは「自立」は大きなテーマであり続けています。安易な世代論では、「最近の若者は自立していない。その原因は日本が豊かになったから、子供の数が少ないから、ゆとり教育のせい・・・」などと勝手に論じます。私は、そういう議論はどれも的外れだと思います。

 

日本人は(少なくとも)戦後はずっと自立しておらず、その傾向は大きく変わっていない。ただ、バブル崩壊以降、それをよしとしてきた環境が変貌し、もう許されなくなってきている。だから、現在それは大きな問題なのだと考えます。

 

日本では、子供を伸び伸び育てることを重視します。幕末から明治にかけて来日した欧米人は、日本では子供が王様で、大人は子供のしたいようにさせていると、驚いています。まさに、「伸び伸び」育てている。個性化の旗のもとに、その傾向はずっと続いている、いやさらに強化されているようです。

 

しかし、やがて子供は思春期になり様々な社会のルールを知り、制約をどんどん増やしていきます。社会人になる頃には、すっかり子供時代の自由さを忘れ、企業や組織への適合を最優先させてきました。家族を持つことで、されにそれは強化されます。このように、子供から大人になるプロセスとは、自由から不自由になる、つまり自らの判断では行動できなくなるプロセスと言えます。日本における自律とは、自ら判断して自らの責任で行動するのではなく、与えられた規則や枠組みを受け入れ、その枠外に逸脱しないように自己規制すること、だったのではないでしょうか。自動車の全く走っていない道路を横断しようと、じっと信号待ちしている歩行者の姿が思い浮かびます。社会の前提となっている枠組みが適切であれば、これほど効果的なことはありません。

 

一方、欧米では、子供は自由ではないそうです。フランスへの留学経験のある年配の方から聞いた話です。ヨーロッパでは、子供は未完成の人間なのだから、犬や猫と同じ。自由にさせるなんてとんでもない。理由など告げず、口答えも許さず、ダメなものはだめと言い渡すのみ。それが躾。やがて成長するにつれて、分別も分かるようになり、自由裁量の余地が大きくなっていく。ただし、自由と責任は一対のものであると考えられるようになることが大前提です。こうしてかつての子供は、自分の力で少しずつ自由を獲得していく。そうなると、大人も彼らを大人として対等に扱うようになります。自分で判断して、自分の責任で自由に振る舞う。これが、欧米での自律であり自立することです。

 

日本は自由から不自由に、ヨーロッパでは不自由から自由に、人間が成長するプロセスにおいて、個人と社会の関係性が正反対の方向に向かっている。これは、長い歴史の中で培われてきた社会の仕組みであり、一朝一夕に変わるものではありません。しかし、現在の日本は、グローバル化のもとで、否応いなく欧米型の枠組みへの適合を迫られています。そこに大きなコンフリクトが生まれているのです。

 

では、今どうするか?日本企業において、子供の教育論を議論しても意味ありません。大人である社員を、どうグローバル経済に適合させるか。それは損得しかありません。つまり、合理的に考えてそっちを選択したほうが明らかに自分にとって「得」だと認識させることです。組織にとって、それは勇気のいることでしょう。なぜなら、企業組織の中には、過去の個人と社会の在り方のほうに適合している人のほうがまだ圧倒的に多く、また彼らが権限を握っているからです。そこをあえて突破するには、トップの強力なリーダーシップが必要でしょう。

先日、「日本の田舎は宝の山」著者でNPO法人「えがおつなげて」の曽根原さんの講演とその後のワールドカフェに参加してきました。ワールドカフェでは、農村と都市をつなぐことに関心にある(取組んでいる)方々との対話ができ、とても刺激的でした。当たり前ではありますが、私が知らない世界がこんなにもあるんだなあと実感させられました。特に若い人たちの間で。

 

そんな中で感じたことのひとつは、「人間は自分や自分の置かれている環境のことがわからない」ということです。近年、特に3.11以降、都市住民の田舎志向はとみに高まっているそうです。都会での強いストレスから逃れたい、自然の中で自分を見つめ直したい、安全な食生活をおくりたいなど、さまざまな理由があることでしょう。

 

一方で、農村の人々は都会に対するコンプレックスがあり、田舎は不便でだめだと思っています。いいことなんてなんにもない。そんな田舎に便利な都会から田舎暮らしに憧れた人々がやってくる。なんか、おかしいぞ、信用できない、と農村の人は疑心暗鬼になっているのではないでしょうか。山梨県では、30%以上の空き家率だそうですが、都会からの知らない人に空き家を貸してもいいという人は1%にも満たないそうです。いろいろ理由はあるでしょうが、根っこのところでは、自らの魅力と都会からの移住者の心が理解できないからだと想像します。

 

つまり、農村と都会のつながりが難しい大きな理由は、農村の人々が田舎の魅力を理解していないからだと思います。都会の人々に農村の魅力を理解させる取り組みは数多くなされその成果も出ています。しかし、今の障害は農村の人々が田舎の魅力を本質的には理解していないことではないでしょうか。逆説的ですが、もし自らの宝の山を理解していれば、もっと寛大になれる気がします。「田舎は宝の山」と思うべきは、都会人以上に田舎の人々なのかもしれません。

 

そうなると田舎の人々に田舎の魅力を再認識させる取り組みが必要になります。その方法は、外の人に発見してもらうことです。俳句の黛まどかさんが、地方での句会に関連してこう書いています。

 

よそ者の目を持ちこむと、土地の魅力が再発見できる。地方と地方、都市と地方、ジャンルとジャンルをつなぐことです。

 

これは企業でも全く同じで、自社の持つ魅力や強みを驚くほど理解していないことがあります。同様に弱みもですが。これまでの日本企業は、終身雇用を前提としており、よそ者の目がほとんど持ち込まれてこなかったのです(たとえ社外取締役を増やしても変わらないでしょう)。その結果、オリンパスのようなことが起きたり、本来の企業価値を実現できないアンダーバリュー状態が持続されることになります。これは、企業組織だけでなく一個人においても同様です。

 

単純にとなりの芝生の青さを羨むのではなく、自らの中の宝の山を見つけること、それが今の日本社会にとって、あらゆる場面で必要なことなのかもしれません。

TPP交渉への参加をめぐり、政治家や官僚、マスコミ、各種業界団体の発信が目立ってきています。これまで、何度見てきた光景でしょうか。またかという気がします。つまり、日本の国のかたちを左右するような非常に重要なテーマにもかかわらず、その議論のプロセスが見えない、あるいはあえて見えなくしているとしか思えない風景が、毎度繰り広げられているからです。日本のこと、この分野の人々には、議論の作法を心得ているとは思えません。

 

 

今議論すべきは、「TPP交渉へ参加すべきかどうか」のはずです。TPPとは自由貿易を促進することが大目的なのですから、自由貿易を推進する立場の日本は、当然原則としてTPPを支持すべきです。

 

ただし、それは国益にかなうとの条件つきです。したがって、国益にかなわない、つまりデメリットのほうが大きくなる蓋然性が明らかに高ければ、交渉に参加すべきではありません。しかし交渉反対派は、それを国民に納得させなければなりません。そのためには、以下の1)か2)を証明する必要があります。

 

1)TPP交渉に参加することはすなわち国益を損ねることである。なぜなら、TPPによって、現在の日本の状況より良くなる可能性はまったくないからだ。(それだけ現在は理想的な状況である)

2)交渉に参加した場合、日本政府の交渉力は劣るので、最終的には必ず悪い条件をのまされるに違いない

 

これを証明するのは至難の業です。

 

逆に交渉推進派は、メリットを国民に納得させる必要はありません。なぜなら交渉参加すなわちTPP締結ではないからです。国益に叶う可能性が少しでもあるのであれば、その機会から逃げることこそ機会損失を発生させるわけですから、即国益に叶わない行為とみなされます。

 

交渉推進派が、早めに参加すれば日本に有利な規則がつくれるとか、中国への対抗軸をつくれるとか、いい加減な推測に基づく交渉参加理由を言い出すもだから、おかしな議論となってしまうのです。推進派が主張すべきは、堂々と国益を追求する機会に参加するのだということでしょう。

 

 

とはいえ、彼らも国益とは何かの意見集約できていないのですから、腰が引けてしまうのも、むべなるかな・・、ですが。

 

日本は現状のままでいいと思っているひとはいないでしょう。黒船が来ないと変われないのは日本民族の性なのですから、TPP交渉参加という状況に自らを追い込んだ上で、本気で国益議論を、たとえ日本が分裂の危機にさらされようが、これからの日本のかたちを決めていくべきだと私は考えます。江戸城は無血開城されました。日本人は賢明な民族なのです。
日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
曽根原 久司
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荒れ果てた耕作放棄地での開拓作業が、都会人にとってはリフレッシュの機会にもチームビルディング研修にもなる。全く異なるもの同士を、ある意図を持って結びつけることで、数百倍もの価値を生みですことができることを実践で証明し続けているのが、著者の曽根原さんです。優れたプロデューサーの才と啓蒙家の才を併せ持つ方のようです。

 

農村と都会を結ぶNPOというと、いかにもありがちじゃないですか。例えば、都会の人を集めて田舎で田植えのボランティしてもらうとか。それは、あくまで善意に基づく無償の役務提供という枠組みでしかありません。持続性がないのです。ところが、ストレスフルな都会人を元気にする活動と言い換えただけで、ビジネスに成り得ます。つまり持続性が生まれる。ちょっとした発想の転換で価値が生まれる。

 

私の周囲でも都会で働きながら田舎暮らしをしたいと考えている人は数多くいます。しかし、様々な障害があるのも事実です。ニーズがあっても障害が多く実現困難という状況は、ビジネスチャンスがあるということです。そうは考えず、では公的支援を使ってだとか地元の人の善意の協力で、というような発想をしては大きな流れにはなりません。シーズとニーズが存在するのですから、それが自律的に結びつくプラットフォームをつくれば、そこで新たな価値が生まれビジネスにもなり拡張サイクルも築けるはずです。三菱地所グループと曽根原さんのNPO法人「えがおつなげて」と山梨県との提携関係は、その先進事例でしょう。

 

 

日本には数多くの限界集落があります。そこの高齢化比率は非常に高く、そのための公的負担が大きな問題となっています。だから、限界集落から都会の近くに新たにつくったコンパクトシティに転居させ、効率化を図るべきとの意見もあります。商店も病院も近くにあって高齢者にとっても便利だといいます。津波や原発事故で住めなくなった住民のためにコンパクトシティをという意見もあるようです。被災者も避難者も限界集落住民も、そんな便利さを望んでいるのでしょうか?湾岸や幕張あたりの埋め立て地に築かれた街には、人間のにおいがしません。人が望むのは効率的で機能的な街ではなく、雑然としてはいても人々の暮らしの歴史が積み重なり、それがにじみ出ている街だと思います。東京で人気のあるのは、下北沢にしても吉祥寺にしても谷根千にしてもそんな街です。裏通りのない街では、決して寛げません。(下北沢では効率化の街づくりを進めようとしていますが・・)

 

もう効率化、機能重視といった供給者の論理(列島改造論の残滓)はやめて、人々が精神的に暮らしやすいかどうかという軸を中心に据える必要があるでしょう。そしてそうなったとき、日本の田舎がいかに暮らしやすいか、どれだけ素晴らしい宝の山なのかを再認識することでしょう。それがわかればビジネスベースでも大きく動き出すはずです。

 

「どういうわけか都市でビジネスをしていた人も、農山村に来ると、マインドが農山村的になってしまいがち」だそうです。そんな中、曽根原さんは両者のマインドを併せ持って、ある意味当たり前の考え方(なぜかそれが難しいよう)で起業し、ここまで育ててきたのでしょう。ここには世界をも変えうる、大きなフロンティアがあるような気がします。

経済運営の肝は、いかに節度を持って中庸を意識するかだと思っています。加熱しすぎた景気は金利引き上げなどで冷やすべきですし、好景気に浮かれる企業は転換点を冷静に予測し過剰在庫を持たないようにする必要があります。また個人レベルでも、例えば株取りにおいての損切りの売却や利益確定の売りも、行き過ぎを戒める歴史の知恵でしょう。良すぎる状況も悪すぎる状況もいずれ反転するのは歴史が証明するとおりです。ただ、そのタイミングを判断するのが、感情すなわち欲をも持つ人間にとっては難しいのです。

 

「好ましい状況は、このままずっと続くと思いたい」と多くの人は考え、さらに多くの人々は「いつか爆発するだろうが、今ではない」と根拠のない自信を持つ。こういう人々が過半数を超えれば、それへの反論は「意気地なしのぼやき」とレッテルを張られ、退けられることになるでしょう。

 

80年代後半の日本のバブル、90年代後半のアメリカのITバブル、00年代のアメリカの住宅バブルとそれに付随する高レバレッジ経済化、さらには2002年ユーロ創設後のユーロ圏内南方諸国におけるユーロメリットによるバブルとそれに便乗した北方諸国の大銀行の貸付競争、全て「欲が目をくらませた」ことが引き起こした人災です。

 

東日本大震災によって露呈した、日本の原子力ムラの実態も、ある意味この程度の被害で表に出て良かったのかもしれません。さもなければ、欲の続く限り行きつくところまでいったでしょうから。

 

大きく成長している時には見えなかった綻びが、低成長ないしマイナス成長となった時点で一気に見えてくることは、どの世界でも常識です。だから無理してでも成長しようとするのですが、それがさらに傷を広げる構造です。そのエンジンはやはり「欲望」です。高成長環境において、欲望は幸福を拡大させるパワフルなエンジンです。しかし、低成長となったら、それは不幸を拡大させるエンジンにもなりうるのです。

 

したがって、成長の構造的転換点を冷静に見定めることが何より重要になります。感情を排してクールに。もし、見定めることができたら大きく様々

houkatu.jpgな仕組みを組みかえる、あるいはギアを入れ替えることが必要です。その役割は、国家であれば政治家、企業であれば経営者です。我欲を持たず客観的に自社会も組織も見透す、そんなリーダーがいるかどうか、最後はそこにつきます。

 

EUでは、各国首脳による10時間もの議論を経て、包括合意がまとまったそうです。それがどれだけ効果的なものなのか、さらにどこまで実行できるのかはわかりません。しかし、長い歴史の知恵を育んできたEUの努力が、過去20年以上続いた資本主義ではない「欲本主義」を修正させるための第一歩となってほしいと切に願います。また、福島第一原発事故も・・・。

ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)
山口 誠
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先月のヨーロッパ旅行のために久しぶりに「地球の歩き方」を買いました。しかも、ドイツ編、チェコ編、イタリア編の三冊も。三冊も持ち歩くことができないので、なんか不便だなあと思いながら、それぞれから必要な都市の部分を切り取り持参。学生時代の海外旅行では「地球の歩き方」は必携でした。しかし、その後何度も遊びで海外旅行をしましたが、考えてみればそれを買ったのは学生時代以来かもしれません。

 

今回本書を読んで「地球の歩き方」などのガイドブックの変遷を知り、そこから日本人にとっての海外旅行の意味合いの変遷を知ることになりました。ほとんど意識していませんでしたが、確かに海外旅行の変化は日本人の意識・行動変化の一側面を如実に表しています。本書は、なぜ最近の若者は海外旅行に行かなくなったのか、という疑問から書かれたものですが、一方で旅行ビジネスの栄枯盛衰の書としても読めます。

 

今回三冊も買わなければならなかったのは、ガイドブックが一国を旅行することを想定して出版されているからでした。学生時代は「地球の歩き方 ヨーロッパ編」一冊ですみましたが、国ごとに分冊になったのは、少しでも詳しく多くの情報をという読者の要望に応えたことと、分冊によって総売り上げが増えるからだと勝手に思っていました。しかし、どうやら本当の理由は違うようです。かつては数カ国周遊する旅行者向けのガイドでしたが、近年は多くの国々を「歩く」旅行者は激減し、逆の増え続ける短期でひとつの都市だけを訪れ「買い・食い」を目的とする旅行者向けにシフトせざるを得なかったからのようです。

 

なぜそうなったのか、そこまでのプロセスを本書は丁寧に解説しています。社会環境と旅行者の意識の変化、さらには旅行業界の業界構造変化の相互作用です(詳細は読んでのお楽しみ)。その結果ここ10年で20代の出国者が半減となるに至っています。ちなみ日本人の出国率は他国と比べて突出して低くなっています。2007年日本人13.5%に対して、韓国は27.5%、台湾39%、G8平均52.3%です。これは驚くべき数字です!

 

「買い・食い」中心の旅行は今後も続くのでしょうか?本書の最後に、「歴史と文化の循環」としての海外旅行が暗示されています。名所を確認するための旅行ではなく、歴史と文化を味わいそこからなんらかの刺激や学習を得る旅行といえるでしょうか。シニア層向けのツアーに体験を謳うものが目立つような気がしますが、それもあくまで「日本を持ち込みながら」の疑似体験でしょう。

それは、日本人団体によって「日本を持ち込み」ながら、では不可能です。現地の文脈に身を浸しながら味わう旅行、旅行が目的ではなくそこでの体験、経験が目的であり手段としてする旅行、それが成熟した大人が行う観光旅行ではないでしょうか。

 

そこでの体験は「ホンモノ」との対話といえます。「ホンモノ」は何と言っても圧倒的な情報量を持ちます。例えば美術館で観る宗教画と、もともとそこに置かれていた教会で観る宗教画では、まったくそこから感じるもの、すなわち自分と絵画との対話の豊かさは異なるのです。今後はその意味合いがますます評価されると思います。

 

考えてみれば、これは海外旅行に限らず国内旅行や、国内の余暇の過ごし方全般に言えることです。成熟した国、日本にとって「ホンモノ」との対話こそが、人々を豊かにするための必要条件ではないでしょうか。日本経済にとっても、その促進は非常に大きなテーマだと考えます。

 

DVDで映画を観るのではなく、映画館で観ることが「ホンモノ」です。なぜなら映画は大画面の映画館で観ることを前提につくられているからです。また、音楽もコンサートホール(ライブ会場)で聴くのが「ホンモノ」です。iPodの普及はコンサートホールに足を運ぶきっかけとして有効でしょう。(マドンナの姿勢がいい例)

 

 

ところで海外旅行に話を戻せば、現在の「激安!!香港3日15000円」といった旅行会社のスタイル(HISが主導しています)は、長い目でみれば自分たちの首を絞めているといえます。このままでは業界は滅びかねません。新しい旅行のスタイルをどう見つけ、育てていくのか。業界発展モデルとしても、興味深くフォローしていきたいと思います。本書は、そういった知的刺激を与えてくれる本です。

5日、スティーブ・ジョブズは亡くなりました。彼はかつて、「マッキントッシュというPCはどういう特徴か?」と記者に質問され、「マッキントッシュはマキントッシュだ!」と回答したそうですが、「スティーブ・ジョブズはスティーブ・ジョブズだ!」と世界中に知らしめてこの世を去っていきました。昨日依頼、世界中で多くの人々が彼について語り書いています。ビジネス界においてこんな存在は、後にも先にも彼だけでしょう。私も少しだけ語ってみます。

 

私が初めてPCを買ったのは1988年、NEC製でした。本当はビジネススクールの同級生が持っていたマックが欲しかったのですが高くて買えず、タテ型で形が少しだけマックに似ていたNEC製のあるPCを仕方なく買ったのでした。しかし、その時既にジョブスはアップルを追われていました。もう私にとって伝説の人でした。

 

そして卒業後、コンサルファームに入社した1990年、「マッキントッシュSE/30」を晴れて購入、愛用しました。その躯体もキーボードもShape

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美しく、うっとりしたほどです。3年でコンサルファームを辞め、SE/30とともにベンチャー立ち上げに加わりました。当時5人しか社員はいませんでしたが、社内のPCはマックで統一しました。今思えばただでさえおカネがないのに、値段の張るマックで統一したのは、こだわりと愛着以外の何ものでもありません。自宅にも「Macintosh Performa 588」を買いました。90年代半ば、自宅からオフィスのサーバーにリモートアクセスできたのは、画期的だったのではないでしょうか。しかし、その頃のマックには以前のような愛着は持てなかったように思います。


そうして、その後のウィンドウズの攻勢にはあらがえず、あるとき一斉にウィンドウズに切り替えたのです。あの時の残念さは今でも忘れません。初恋の人が落ちぶれて行く姿をみるのに我慢できなくなりその街を離れた、そんな感じでした。ジョブもアップルを追い出され、NeXT、そしてピクサーとさまよっているようで、アップルとともに、ジョブズもこのまま消えていくのか・・。ソニーがアップルを買収するのでは、との報道もありました。

 

その後、しばらくアップルとジョブズのことは忘れていたのですが、97年なんとジョブズが暫定CEOとしてアップルに復帰、たまげました!その後の、iMac,iPod,iPhone,iPadの大攻勢には目を見張りました。でも、個人的に買ったのはiPodだけ、一度離れた後ろめたさなのか、手を伸ばせないでいるのです。でも、ジョブズへの興味はどんどん増していきました。スタンフォード大学卒業式のスピーチには痺れました。そして、どうしてジョブズのような人間が出来上がったのかに興味がわきました。


たまたま昨年、友人が経営する会社の若手研修を個人的に頼まれ、ジョブズの半生(ほとんど全人生となってしまいましたが)をケースとしてディスカッションしました。その際、資料を集めて彼のケースを作成しました。それは、楽しくかつ興味深い作業でした。昨日今日の報道は、まるで彼を神様のように扱っています(ますますそうなるでしょう)が、陽の部分と同じくらいの影の部分を持っています。例えば倒産しかかったアップルに立て直しのため招かれたのではなく、かなりあくどいこともして強引に復帰したのです。

 

でも、(近くからでなく)遠くからひいてみれば、言うまでもありませんがやはり彼は偉大な人でした。若くして優れたビジョンを持っていたようにいわれますが、私はそうは思いません。ただ、瞬間瞬間の直感が異常に冴えていた。それは彼が信奉していた禅にも関係あるかもしれません。それに加え、直感を信じ執着する人並み外れた強い自負心を持っていた。直感も自負心も、その最大の敵は「常識」です。徹底的に常識を嫌ったのだと思います。それが「stay hungry stay foolish」の意味でしょう。

 

彼のような個性が、結果として世界一の企業をつくり上げた、この事実は非常に重いですし、忘れてはならないと思います。アップルのジョブズではなく、ジョブズはジョブズなのです。

震災直後に雑誌アエラは、防毒ガスマスクをつけた顔のアップを表紙にした「放射能がくる」という特集号(3/28号)を出しました。ご記憶の方も多いのではないでしょうか。「最悪の事態ならチェルノブイリに」

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と特集サブタイトルに書かれた本誌は、販売直後から風評被害を煽り読者にいらぬ恐怖心を与えると、一斉にパッシングが起きました。正直、私も表紙を見ただけで、不快に感じたことを覚えています。

 

そして、日本挙げてのパッシングに耐えきれず、アエラは3/20にツイッター上で謝罪しました。

 

AERA』今週号の表紙及び広告などに対して、ご批判、ご意見をいただいています。編集部に恐怖心を煽る意図はなく、福島第一原発の事故の深刻さを伝える意図で写真や見出しを掲載しましたが、ご不快な思いをされた方には心よりお詫び申し上げます。
編集部では今回いただいたご意見を真摯に受け止め、今後とも、様々な角度から全力を挙げて震災報道を続けていく所存です。最後になりましたが、被災者、関係者のみなさまには心よりお見舞い申し上げます。



震災直後には炉心溶融が起きていたことを既に知った現在の私たちにとって、このアエラの報道は過剰なものとは思えません。チェルノブイリと同じ危険度と政府が公式発表していますし。

 

「危険を煽る」と「危険との警鐘を鳴らす」の差は何なのでしょうか?

「風評被害」という言葉の意味は何なのでしょうか?

 

「はてなキーワード」で「風評被害」をひいたら以下とありました。

 

災害、事故、虚偽の報道や根拠のない噂話などによって、本来は直接関係の無い他の人達までが損害を受ける事。というのは建前で、このことばが使われるとき、実際は根拠のある被害を誤摩化し、被害者への同情を、無知な人たちから集めている場合が多い。

因果関係を考えるのに疲れた人たちが使う便利な言葉。

 

うーん、なかなか味わい深い説明です。「本来は直接関係ない」ことを証明することは、限りなく難しい。一方、「実際は根拠のある」ことも同様に証明することは困難です。つまり、風評被害という言葉を使うこと自体、明らかな場合を除いては情緒的なものであるということです。さらに、情緒的とは、山本七平いうところの「空気」に流される、いや支配されることとも言えるでしょう。これがもっとも怖いことです。

 

今、冷静になってみれば、アエラの特集記事も決して危険を煽っているとはいえません。適切な警鐘を鳴らしているとすら言えると思います。しかし、当時の空気は明らかに、「アエラは恐怖心を煽って売上を稼ごうとしている」でした。風評被害にあったのはアエラのほうだったのかもしれません。


ではなぜ、そういう空気になったのか?

1.願望:大事故になってほしくなかったから

2.お上への盲信:政府の発表を信じた(信じたかった。信頼はしてなかったが・・)

3.共感:原発被災者への同情

4.横並び:みんなそう言っているから

 

これが我々日本人の特性なのです。「空気」に支配されないだけの自律心を、戦後66年を経過しても全然獲得できていない。そのことに、がっかりしてしまいます。

 

そこから抜け出すには、「水に流す」ではなく「振り返る」ことが必要だと思います。例えば、アエラの記事を再評価するというような。

 

この1ヶ月で読んだ本のうち、「『フクシマ論』 原子力ムラはなぜ生まれたのか」(関沼博)と「大地の芸術際 ~現代美術がムラを変えた」(北川フラム著)の二冊が、頭の中で共鳴しました。

 

両著とも副題に「ムラ」がついていることからわかるように、どちらも貧困と過疎、そして高齢化にさらされている地方を題材にしています。「フクシマ論」は福島原発周辺地域がいかに原発を持つようになったかを、詳しく分析した学術論文をもとにしています。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか 「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
開沼博

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貧しさゆえに原発に依存し、そこから抜け出せなくなった構造が示されます。その時期が高度成長期と重なり、毎日東京から送られてくるTV放送が豊かさを誘い、欲望を掻き立てられたムラの姿、今となっては哀感を持って読まざるをえませんでした。欲望を刺激され、それを満たすには原発しかなかったのです。

 

そういう人々を、我々はどうして攻められるでしょうか。しかし、代償は高いものとなってしまいました。その責任を負うのは、一義的には東電であり政府なのでしょうが、それらを後押ししていたのは、欲望をベースとした経済・社会づくりに邁進していた、我々すべての日本人なのではないでしょうか。不便を我慢して節電に走るのは、そういう罪悪感が心のどこかにあるからに違いありません。

 

 

越後の山村でも、過疎や高齢化の問題は全く同じでした。ただ幸運にも、欲望を満たすための原発などには無縁で、じっくりと衰退を続けてきたのです。そんな山村で、2000年から三年ごとに現代美術の祭典が開催されています。それを主導しているのが北川フラムです。「大地の芸術際 ~現代美術がムラを変えた」では、ディレクターの立場からの経緯や思いが率直に書かれています。

大地の芸術祭 大地の芸術祭
北川 フラム

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私は2006年の第三回と2009年の第四回に訪れました。作品群はもちろんのこと、地域と一体となった取り組みに感激したその裏舞台を少しだけ知ることができました。閉鎖的なムラでなせ、これだけ村民の協力を得られたのか疑問でしたが、その理由もだいたいわかりました。とにかく、話し合うことです。

 

これには辛抱がいる。同じことを何度も説明しなければならない。明るくなくてはならない、たくさんで行っては駄目で、できる限り一人で矢面に立たねばならない。

 

ある意味、原発の誘致も似たような活動なのかもしれません。でも、決定的な違いがある。それは、土地や住民に敬意を抱いているかどうかと欲望にもとづいているかどうかの違いだと感じます。

 

 

同じような貧しい過疎の地方のムラでありながら、大きな違いとなったふたつのムラ。フクシマは避難対象区域となりいつ戻れるかどうかわからない。一方、越後妻有は、現代美術を媒介にしてムラに誇りと活気が甦りつつある。

 

両極端のふたつのムラ、時代の大きな変わり目に現れた二つのムラの物語に、これからの日本という大きなムラの未来を考えずにはおられません。

 

昨日、広島市で開かれた日本母親大会で、女優の吉永小百合さんが以下の発言をしました。

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 「原子力の平和利用という言葉がよく使われていて、私自身あいまいに受け止めていた。『もんじゅ』は恐ろしいと聞いてはいたが、普通の原子力をもっと知っておくべきだった。地震の多い日本では原子力発電所をなくしてほしい」。

 

原爆詩の朗読をライフワークとする吉永さんですが、はじめて原発について言及したそうです。人気商売の芸能人が、政治的発言をすることはリスキーです。実際俳優の山本太郎さんは、それで所属事務所をクビになったそうです。

 

しかし、吉永さんは自分自身の良心に照らし合わせて、普通に考えておかしいと思ったからにはもはや発言を抑えることはできなかったのでしょう。多くの日本人が、同じような状況にあると思います。

 

経団連会長は、脱原発に怒りを露わにしています。どこかで似たようなシーンを見たなあと思っていましたが思い出しました。震災直後に開幕を予定通り開催を決定したプロ野球セリーグのオーナーたち(特に読売)の姿です。これまでのパラダイムであれば、彼らの主張も決して非合理ではありませんでした。しかし、パラダイムが変わっていることに気づかないのは、旧パラダイムでの成功体験が大きい彼らの宿命なのでしょう。憐れといえば憐れです。

 

使用後のゴミの処理方法がないにも関わらず、ゴミの出る作業をし続けることの異常さに、多くの日本人が「普通の感覚」でおかしいと思うようになったのです。これまでは、「お上がおかしなことをするはずはない」との前提がありました。それが、3.11以後大きく崩れたのです。

 

東電が発表したこの夏の電力使用量予測も、いいかげんな数値だったことが、今朝の朝日新聞に書かれていました。いい加減とは、発表する側の東電や経産省に都合がいい数字にするための「いい加減」です。

 

これからは子供が持つような「普通の感覚」で、大きな政治的判断もしていくべきなのでしょう。「大人の判断」は、もうこりごりです。

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