文化と芸術: 2010年11月アーカイブ

現在、神保町シアターでは、映画監督小津安二郎の全劇映画36作品を連続上映する企画が開催されています。先日、早速観にいってきました。

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「出来ごころ」という昭和8年の作品を観たのですが、これはサイレントつまり音がなく映像だけの映画でした。台詞は、文字が適宜表示されますが、そう多くはありません。洋画の字幕とは違います。

 

今回の企画が素晴らしいのは、キーボード奏者が生演奏でずっと音楽を奏で続けてくれることです。映画のオープニングシーンは、講談のようなものを小屋で聴いている場面でした。当初、ピアノ風の演奏だったのが、最初のシーンが現れた時から、三味線風の演奏に変わったのです。電子オルガンなので、そんな芸当もできるのです。真っ暗な中、小さなピンライトだけでよく弾けるものです。

 

生演奏付きサイレントは初めての経験でしたが、すぐに慣れることができました。文楽の三味線と同じように、音楽ではなく状況を描写している音として聞けば違和感はありません。白黒の映像と生演奏の音楽が、全く違和感なく融合していました。贅沢なものです。

 

さて、映画はいわゆる父子ものでしたが、彼らを取り巻く下町の庶民が、すごくいいのです。貧しくても、時にはめを外したりおめかししたりして、メリ貼りを持って暮らしています。また落語にあるような長屋暮らしは、近所はみんな家族のような関係です。そんな暮らしですから、他人の目を気にしますし、人様に迷惑をかけることを恐れます。面倒くさそうではあるのですが、「恥」の意識が強く自分に対して厳しく生きているのです。

 

主人公(ビール工場工員の喜八)の子供が病気になり医者代が工面できず困っていました。工員仲間で長屋の隣人の次郎、飲み屋の女将、そこで働く喜八が密かにではなく、大っぴらに思いを寄せる若い娘春江、床屋の親父など、みんながなんとかしようとします。結局床屋が金を貸してくれて、子供は助かります。しかし、返済のあてはありません。床屋は返してくれなくてもいいと言うのですが、喜八はそれじゃあ気が済まないと、子供を置いて北海道の漁場に旅立っていきます。(銚子にもつく前に、船から飛び降りて戻ってしまいますが)

 

そこに流れているのは、損得や打算とは正反対の、「恥」「プライド」「沽券」「矜持」といった、今ではあまり聞かれることがなくなった自意識です。喜八だけでなく皆の意識にそれがあるのです。そんな人間関係が、昭和の初めには当たり前だったのでしょう。今の時代なら、ちょっとくさく感じるでしょう。昔の映画を観ることで、昔の空気を感じることができます。そして、そこから現在を振り返ることもできます。だから、映画は面白いのです。

 

初めて訪れた街で、何の目的もなしにうろつくことは、特別な楽しみがあるように思います。何が現れるかという好奇心と少しだけの不安、すれ違う人は誰も自分を知らないというわずかばかりの安心感、それが入り混じった不思議な「楽しみ」(「楽しさ」ではなく)を感じるのです。

 

それを映画で体験できるとは思えませんでした。この 「シルビアのいる街で」は、ストーリーはほとんどありません。それどころか、セリフも数えるほどしかないのです。主役は、ドイツに近いフランスの古都ストラスブーグの街、人々、いや音で

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す。私には街の雑踏で耳に入っている意味のない普通の音が最も気になりました。石畳を早足で歩く「カツ、カツ」という音、瓶が転がる音、ラジオをかき鳴らした自動車が近づき通り過ぎる音、カフェでの人々の会話、流しのバイオリンなど、音を拾うために映像も撮ったと言わんばかりです。

 

最初は、シルビアと街でいろいろな出来事が起こるラブロマンスなのかと勝手に想像していましたが、全く違います。大事なのは「シルビア」ではなく、「街」しかもそこでの「音」だったのです。

 

街にいる普通の人々も不思議と魅力的に見えます。映像に現れてくるすべての人々にも、小さな(決して大事件などではない)物語がきっとある、なんとなくそう思わせます。しかし、映画は何も語りませんし起こりません。一見主役である青年とシルビアと間違われる女性についても、ほとんど何も語られないのですから。

 

でも、なんとなく心地よいのです。どこかで味わった感覚だとひっかかっていましたが、気づきました。小津安二郎です。小津の映画も、なんてことない家族の話で、娘がやっと結婚しましたというストーリーだけなのですが、でも何か味わい深い、その感覚に似ているのです。


ドラマのないドラマが力を持つ、小さな宝石のような作品です。

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