文化と芸術: 2016年11月アーカイブ

英国のEU離脱に続く、アメリカ大統領選挙でのトランプ勝利。どちらも、「専門家」がいかに現実世界を理解していないかを、世界中に晒した歴史的出来事です。そして、この二つの出来事は、根底でつながっている。専門家と言われる人々は想像力欠如である、今後はそれを前提に物事を捉える必要があるのだと思います。だから一人ひとりが、想像力を鍛えなければならない。

 

では、想像力に優れているのは誰か?真っ先に思い浮かぶのは、アーティストでしょう。

 

先週、杉本博司 「ロスト・ヒューマン」展を観ました。トランプ勝利の直後だっただけに、深く考えさせられると同時、あらためてアーティストの「炭坑のカナリア」としての力を見せつけられました。

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最初の作品は、「海景」シリーズの「ガリラヤ海」です。海景シリーズとは、世界中の水平線だけを撮った写真作品。海と空以外、何もありません。もう20年以上前でしょうか、私は初めて海景シリーズを観たとき、衝撃をうけました。撮影技術だとか美しさとかではなく、そのコンセプトにです。杉本が撮っているのは海でも空でもなく悠久の時間だと感じました。もちろん時間を撮影することはできません。しかし、数億年前から、その水平線の風景は変わってないはず。数億年前から悠然とそこにある海景を撮影することで、見えない時間を見せてくれるのです。

 

そんな「時間」と比べれば、人類の営みなんてちっぽけなもの。人類が存在しない時間の方が、はるかに長いのですから。今回の展示は、その人類が滅びるとしたら、どういう理由で滅びるかの想像を、杉本が提示したものです。33の物語(シナリオ)があります。それぞれ、それにかかわった人物の遺書の形(杉本の手書き)で表現され、それに付随するモノが置かれます。33の物語の人物だけ列挙しましょう。

 

理想主義者/養蜂家/政治家/古生物学者/遺伝子学者/ロボット工学者/カー・ディーラー/コンピュータ修理会社社長/安楽死協会会長/世界保健機関事務局長/国土交通省都市計画担当官/自由主義者/ラブドール・アンジェ/反拡大再生産主義者/美術史学者/隕石蒐集家/善人独裁者/ジャーナリスト/宇宙飛行士/国際連合事務総長/漁師/バービーちゃん/コンテンポラリー・アーティスト/軍国主義者/比較宗教学者/遺伝子矯正医/物神崇拝者/解脱者/人ゲノム解読者/宇宙物理学者/建築家/耽美主義者/コメディアン

 

どれも、起こり得る未来だと感じるもので、場内はシーンと静まり返っていました。こういう想像から目をそらして、人々は生きている。でも、ときに立ち止まって想像することで、人間の健全性は維持されるのではないでしょうか。

 

フロアー最後に、再び写真「海景シリーズ:カリブ海」。

太陽系はその創生から46億年経った。人類の文明は7千年程の一瞬の出来事だった。その太陽系第三惑星の水は、何事もなかったかのように今も佇んでいる。

 

 

下のフロアーの展示室は、うってかわって大版の写真作品(「廃墟劇場」と「仏の海」)が展示されています。

 

「廃墟劇場」とは、廃墟となった劇場にスクリーンを設定、映画作品を映写し、その映写時間の間ずっと映像の光のみで露光し、スクリーンを中心に廃墟となった劇場を撮影した写真作品です。たとえば、実際に廃墟の劇場で「ゴジラ」を映写し、その光のみで劇場全体を撮る。スクリーンは、上映時間分の光が集積されるので、当然真っ白です。劇場ごとに映画は異なっても、スクリーンの「白」は当然同じに見えます。しかし、その「白」には映画作品(撮影時に上映した映画名も表示されています)が封じ込められているのであり、すべて異なるはず。「異なってはみえないが、異なっている」というのは、海景と同じです。人間社会も同じではないでしょうか。


そして、もうひとつ。今は廃墟となった劇場にも、かつて様々な人が楽しみ哀しんだ歴史が刻まれており、それも撮影されているはず。「見えないものの、存在している」ものを、写真作品に刻み込んでいる。目には見えない時間や歴史、人間の営みや想いを形にするのが、杉本のテーマなのでしょう。

 

最後の展示が「仏の海」。三十三間堂の千手観音の「海」を9点の写真で並べた作品です。三十三間堂は、後白河上皇が平安末期の戦乱の世を「末法」と嘆き、極楽浄土への道を模索し、平清盛に創らせたもの。人類滅亡の後の再生を祈っているかのようです。そこには、千年の時間と「祈り」が作品に織り込まれています。

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日常に追われ、目に見える目先の現実ばかりを追いかけている我々にとって、こういう思考の刺激は絶対必要です。想像力を豊かにすることは、今の世界にとって必須であり、そこでアートが果たす役割は大きいのです。

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