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さよなら!僕らのソニー (文春新書)
立石 泰則
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創造性溢れる企業が、時間の経過と規模拡大に伴ってそれを失い、平凡な企業へとなっていく、これは珍しいことではありません。それでも、それが「ソニー」という、ある時期の日本人にとって象徴的な企業の場合、当然と流してしまう気にはなれません。本書は、そういったソニーに対する愛情溢れる立石氏による、変貌過程のルポと言えます。

 

立石氏より約一まわり年少の私は、彼ほどの思い入れはないとはいえ、それでもやはりかつてソニーは特別な存在でした。なので、少なからず共感しながら一気に読みました。

 

ソニーの変貌は、創業者の存在感が薄れていくという時間の要素、企業規模拡大に伴う管理の必要性の要素、そしてグローバル企業となったが故に起こった要素、の三点にあるのではと本書を読んで感じました。それらは当然、「経営者」を起点にして絡み合っています。

 

以下は、本書の記述を信じたうえでの私の解釈です。

 

創業グループに属する大賀社長は、盛田氏から次の社長は技術畑からと申送りされていました。しかし、本命がスキャンダルで脱落したため、ハー

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ドとソフトの融合に思い入れの強い出井氏を抜擢します。大賀氏は、盛田氏との約束を破ったことになります。それゆえか、大賀氏は社内基盤の弱い出井氏の後見として影響力を維持しようとつとめますが、やがて院政をよしとしない出井氏は反発し、関係は悪化します。

 

正統性に乏しく社内基盤の弱い出井氏は、グローバル・スタンダード経営という、当時の経営環境や社会の雰囲気から、誰もが反対しづらい旗を立て、過去のしがらみや先輩らからの影響力を排して自らが主導できる経営体制を構築しようとつとめます。それが、CXO体制、執行役員制度、社外取締役制度のような人事&ガバナンス制度、eHQEVA、製造のアウトソースなどの組織&経営管理手法といった、当時先進的だと持ち上げられた多くの経営改革手法です。

 

それまでの社長に比べて正統性の低い出井氏は、短期間で高い業績を上げ、数字で権威を得るより仕方なかった。しかし、思ったような成果は上

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げられず、自分が指名した社外取締役からなかばNOを突きつけられるような形で退任した出井氏は、誰も予想しなかった米国人、ストリンガー氏を後任社長に指名します。「エレクトロ二クスのソニー復活」を掲げて新体制を敷くことを決定したにもかかわらず、技術畑どころかソニー製品に関わってこなかった、日本には住まないと明言しているストリンガー氏を、です。出井氏が影響力維持を望んで、院政をひきやすい人を選んだという見方もできます(オリンパスにおける菊川氏とウッドフォード氏との関係が頭をよぎりました)。自らが受けた仕打ちを、今度は自分が後任にする・・・。そして、今度は平井次期社長に・・・。本当にそれが会社にとって正しいことだと考えていたのでしょうか。

 

投資家の影響力が強い上場企業であれば、強い正統性を持たず、かつ戦略を描けない経営者は、すぐに「数字」で結果を示すしか生き残る方法はありません。したがって、どうしても短期志向にならざるをえない。特に、海外市場や海外投資家の影響力の強いグローバル企業ではそうです。そして、それを促す仕組みが、ソニーが先鞭をつけバブル崩壊後に日本企業に浸透した「グローバル・スタンダード経営」なのです。

 

ソニーという戦後の焼け野原から生まれ出た日本企業がグローバル企業になっていくには、避けて通れなかった道なのでしょうか。「グローバル・スタンダード経営」は本当に必要だったのか?仮に必要だったとして、そのための手法は適切だったのか?あるいは適切に運用されていたのか?手法やツールは、使う人の意識や能力によって毒にも薬にもなりえます。今のソニーは果してどうなのでしょうか?

 

アップルが復活したのは、その逆をいったから、すなわち正統性を持つジョブズが復帰し、それまでスカリー以降の経営者が進めてきた「グローバル・スタンダード経営」を強引にぶち壊したから、とも言えるでしょう。かつてジョブズがソニーを尊敬していたことを思えば、皮肉なものです。

 

 

本書で語られるソニーの事例は、ソニーという特別な企業だから、と考えることもできますが、一方で多くの日本企業が参考にすべき点が数多く含まれている気もします。

 

ソニーはこのまま存続を続け、場合によっては再成長するかもしれないが、もはや「僕らの」ソニーは失われてしまったと嘆く著者の愛憎半ばする感情も理解でき、ちょっと複雑な読後感でした。

必ずいつもその著者の書いたものを読みたくなるのは、著者のものの見方や感じ方、距離感の取り方、つまりパースペクティブに共感するからだと思います。常にいつも共感するわけではないのですが、何となく「ツボ」が似通っているという感じ・・・。説明するのは難しいですが、ありますよね。

 

私も何人かいます。意外?なところでは、中野翠。サンデー毎日の連載が毎年単行本になるのですが、毎年それを(なぜか)古本屋で買って読むのが恒例です。そのツボは別途書きたいと思います。

ごきげん タコ手帖
中野 翠
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今日書きたいのは、デザイナーの原研哉です。先日読んだ「日本のデザイン」(岩波新書)にも、多くの共感する見方がありました。厳かに膝を打つ、という感じです。例えば、こんな記述。

日本のデザイン――美意識がつくる未来 (岩波新書)
原 研哉
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東日本大震災の折、アメリカ合衆国の日本援助活動の名前は「オペレーション・トモダチ」であったが、これは微妙に不気味でもあった。「トモダチ」というワッペンを付けて現れる人々は本当に「ともだと」なのか。大震災の支援は「ともだち」を強要しない国々や組織からの援助も多大であったわけで、そのあたりに実は深い感動もあった。結局、は人も国も「関係性へのデリカシー」が今後は重要になっていくということなのだろう。

(中略)いずれにしても、「オープンネス」と「シェリング」に対する感受性が、今後の社会を住みやすくも住みにくくもするのだろう。

 

私も「トモダチ作戦」(カタカナ表記が一般的だったと思います)には、感謝する気持ちと一方で何となくざらついた感覚のふたつの感情を抱き、それが妙な気持ち悪さになっていたように思います。滝沢直樹の「20世紀少年」に出てくる「ともだち」に、どこかで結びつけていたのかもしれません。

 

原の上記の文章を読んで、その何となくの気持ち悪さの原因がわかりました。「トモダチ」は必ず「非トモダチ」を作り出す。「オープンネス」も「シェアリング」も、それが正しいだけに、オープンでなかったりシェアを拒む人々を抑圧する原因にもなりうるのです。例えばフェースブックは、オープンでシェアを基盤に成り立つコミュニケーション・インフラですが、そこには隠れた裏腹な何かを秘めているようにも漠然とですが感じています。この感覚は非常に個人的なもので、他人にうまく説明できませんでした。原の表現を借りるならば、「関係性へのデリカシー」の問題なのでしょう。

他にも、公平性とか互酬性(私がこれだけやってあげたのだから、あなたもこれだけしてくれなくてはおかしい)も難しい問題を生みだしかねません。

 

原はこうも言います。

 

個々の自由が保証され、誰もが欲しいだけ情報を入手することのできる社会においては、人々は平衡や均衡に対する感度が鋭敏になる。

 

確かにそうですね。自分に不利になっている(と思われる)バランスを均衡させるべく行動することが、資本主義のエネルギー源と言えるでしょう。それは、他者と比べて不利なのかもしれませんし、あるいは昨日の自分よりも不利なのかもしれません。フランスの経済学者(名前忘れましたが)が、「幸福感は、それが増加しているときにのみ感ずる」といったニュアンスのことを書いていました。均衡していたら幸福感を得られないのですから、永遠に幸福にはなれないわけです。情報が増えれば増えるほど、その傾向は強まる。「我、唯、足るを知る」やはり、仏教は真理を語っているのです。

 

 

共感できる書き手がいるということは、自分にとっては財産です。これも「関係性へのデリカシー」のひとつの形なのでしょう。

 

田中角栄というと、どうしても金権政治家のイメージが付きまといます。今太閤と呼ばれた田中は、栄華を極めながらバカなことをしてしまいそれまでの評価を台無しにしたところまで秀吉と似ています。

 

ところが、中国では非常に尊敬されているそうで、娘の田中真紀子まで訪中時には、大変な歓迎を受けていました。72年に北京を訪れ日中国交正常化を成し遂げたことは、リアルタイムでTVニュースを見ていたので、知っていますが、ニクソンに出し抜かれたから行ったまでで、なぜそこまで中国で敬意を払われるのか、日本での評価の低さを考えると不思議でした。


しかし、本書を読んでその理由がはっきりわかりました。日中双方にとっても偉大な働きをした傑出したリーダーでした。私はこれまで知りませんでしたが、日中国交正常化交渉は、驚くほど政治的に難しいものだったのです。詳細は、本書を読んでいただくとして、田中が盟友大平外務大臣と官僚をいかに活かしたかに、興味をそそられました。

 

私が好きなシーンです。

 

北京でのトップ交渉のある夜、交渉に行き詰った交渉団の面々は、落ち込んで食事に手をつけられませんでした。そこで田中だけが楽しげに振舞っていたそうです。周恩来首相に罵倒されて落ち込む高島条約局長に田中は言います。

 

「高島君、ご苦労だったな。あれ以上周恩来が言ったらな、俺はガーンとやり返すつもりでいた。だけどまあな、来たばっかりだし、喧嘩をしにきたのじゃないしな。ともかく、飯食ってからまた考えようや」

 

生真面目な大平が喰ってかかる。

「そんなこと言ったって、じゃあ明日からの交渉をどう持っていくのか。」

 

田中はこういって笑ってみせる。

「大学を出たやつはこういう修羅場になると駄目だな」

 

大平は珍しく感情をむき出して言う。

「修羅場なんて言うが、明日からどうやってやるのだ、この交渉を」

大平は家族に遺書を託し、命懸けでここにきているのだ。

 

田中はにやりとし、

「明日からどうやって中国側に対案を作るなんて、そんなことを俺に聞くなよ。君らは、ちゃんと大学を出たのだろ。大学を出たやつが考えろ」

 

この言葉に、全員が顔をほころばせ、部屋中が笑い声に包まれた。

 

田中は、大方針を示したうえで、信頼する部下には任せるといったら本気で任せた。あとは周囲が気持ちよく働けるように最大限の支援、心配りをみせたという。

 

 

もうひとつのエピソード。

晴れて交渉妥結し調印後、一同は飛行機で上海に向かう。日中首脳を乗せた特別機が北京を飛び立つと、過労気味の田中は周の目の前で寝入ってしまう。二階堂が「起こしましょうか」とい焦ると、周は、「二階堂さん、寝かしておきなさい」と笑みを浮かべた。目のやり場に困る雰囲気となったとき、その場を救ったのは大平だった。大平が周の話し相手になり気配りを見せたのだ。大平のほうがはるかに過密日程だったのに。田中が起きたのは、上海空港着陸後だった。

 

周と田中、そして大平、この三人の信頼関係なくしては、日中の関係は今と異なってものになっていたかもしれません。

 

首相秘書官も務めた小長啓一は、田中は政治家のリーダシップに必要な以下4つの要素を全て備えていたと言う。

    企画構想力

    実行力

    決断力

    人間的な包容力

 

40年も前の出来事が、今もなまなましく感じられ、憧憬とともにこれからのリーダーの姿を考えさせられる、優れた本でした。

日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
曽根原 久司
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荒れ果てた耕作放棄地での開拓作業が、都会人にとってはリフレッシュの機会にもチームビルディング研修にもなる。全く異なるもの同士を、ある意図を持って結びつけることで、数百倍もの価値を生みですことができることを実践で証明し続けているのが、著者の曽根原さんです。優れたプロデューサーの才と啓蒙家の才を併せ持つ方のようです。

 

農村と都会を結ぶNPOというと、いかにもありがちじゃないですか。例えば、都会の人を集めて田舎で田植えのボランティしてもらうとか。それは、あくまで善意に基づく無償の役務提供という枠組みでしかありません。持続性がないのです。ところが、ストレスフルな都会人を元気にする活動と言い換えただけで、ビジネスに成り得ます。つまり持続性が生まれる。ちょっとした発想の転換で価値が生まれる。

 

私の周囲でも都会で働きながら田舎暮らしをしたいと考えている人は数多くいます。しかし、様々な障害があるのも事実です。ニーズがあっても障害が多く実現困難という状況は、ビジネスチャンスがあるということです。そうは考えず、では公的支援を使ってだとか地元の人の善意の協力で、というような発想をしては大きな流れにはなりません。シーズとニーズが存在するのですから、それが自律的に結びつくプラットフォームをつくれば、そこで新たな価値が生まれビジネスにもなり拡張サイクルも築けるはずです。三菱地所グループと曽根原さんのNPO法人「えがおつなげて」と山梨県との提携関係は、その先進事例でしょう。

 

 

日本には数多くの限界集落があります。そこの高齢化比率は非常に高く、そのための公的負担が大きな問題となっています。だから、限界集落から都会の近くに新たにつくったコンパクトシティに転居させ、効率化を図るべきとの意見もあります。商店も病院も近くにあって高齢者にとっても便利だといいます。津波や原発事故で住めなくなった住民のためにコンパクトシティをという意見もあるようです。被災者も避難者も限界集落住民も、そんな便利さを望んでいるのでしょうか?湾岸や幕張あたりの埋め立て地に築かれた街には、人間のにおいがしません。人が望むのは効率的で機能的な街ではなく、雑然としてはいても人々の暮らしの歴史が積み重なり、それがにじみ出ている街だと思います。東京で人気のあるのは、下北沢にしても吉祥寺にしても谷根千にしてもそんな街です。裏通りのない街では、決して寛げません。(下北沢では効率化の街づくりを進めようとしていますが・・)

 

もう効率化、機能重視といった供給者の論理(列島改造論の残滓)はやめて、人々が精神的に暮らしやすいかどうかという軸を中心に据える必要があるでしょう。そしてそうなったとき、日本の田舎がいかに暮らしやすいか、どれだけ素晴らしい宝の山なのかを再認識することでしょう。それがわかればビジネスベースでも大きく動き出すはずです。

 

「どういうわけか都市でビジネスをしていた人も、農山村に来ると、マインドが農山村的になってしまいがち」だそうです。そんな中、曽根原さんは両者のマインドを併せ持って、ある意味当たり前の考え方(なぜかそれが難しいよう)で起業し、ここまで育ててきたのでしょう。ここには世界をも変えうる、大きなフロンティアがあるような気がします。

ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)
山口 誠
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先月のヨーロッパ旅行のために久しぶりに「地球の歩き方」を買いました。しかも、ドイツ編、チェコ編、イタリア編の三冊も。三冊も持ち歩くことができないので、なんか不便だなあと思いながら、それぞれから必要な都市の部分を切り取り持参。学生時代の海外旅行では「地球の歩き方」は必携でした。しかし、その後何度も遊びで海外旅行をしましたが、考えてみればそれを買ったのは学生時代以来かもしれません。

 

今回本書を読んで「地球の歩き方」などのガイドブックの変遷を知り、そこから日本人にとっての海外旅行の意味合いの変遷を知ることになりました。ほとんど意識していませんでしたが、確かに海外旅行の変化は日本人の意識・行動変化の一側面を如実に表しています。本書は、なぜ最近の若者は海外旅行に行かなくなったのか、という疑問から書かれたものですが、一方で旅行ビジネスの栄枯盛衰の書としても読めます。

 

今回三冊も買わなければならなかったのは、ガイドブックが一国を旅行することを想定して出版されているからでした。学生時代は「地球の歩き方 ヨーロッパ編」一冊ですみましたが、国ごとに分冊になったのは、少しでも詳しく多くの情報をという読者の要望に応えたことと、分冊によって総売り上げが増えるからだと勝手に思っていました。しかし、どうやら本当の理由は違うようです。かつては数カ国周遊する旅行者向けのガイドでしたが、近年は多くの国々を「歩く」旅行者は激減し、逆の増え続ける短期でひとつの都市だけを訪れ「買い・食い」を目的とする旅行者向けにシフトせざるを得なかったからのようです。

 

なぜそうなったのか、そこまでのプロセスを本書は丁寧に解説しています。社会環境と旅行者の意識の変化、さらには旅行業界の業界構造変化の相互作用です(詳細は読んでのお楽しみ)。その結果ここ10年で20代の出国者が半減となるに至っています。ちなみ日本人の出国率は他国と比べて突出して低くなっています。2007年日本人13.5%に対して、韓国は27.5%、台湾39%、G8平均52.3%です。これは驚くべき数字です!

 

「買い・食い」中心の旅行は今後も続くのでしょうか?本書の最後に、「歴史と文化の循環」としての海外旅行が暗示されています。名所を確認するための旅行ではなく、歴史と文化を味わいそこからなんらかの刺激や学習を得る旅行といえるでしょうか。シニア層向けのツアーに体験を謳うものが目立つような気がしますが、それもあくまで「日本を持ち込みながら」の疑似体験でしょう。

それは、日本人団体によって「日本を持ち込み」ながら、では不可能です。現地の文脈に身を浸しながら味わう旅行、旅行が目的ではなくそこでの体験、経験が目的であり手段としてする旅行、それが成熟した大人が行う観光旅行ではないでしょうか。

 

そこでの体験は「ホンモノ」との対話といえます。「ホンモノ」は何と言っても圧倒的な情報量を持ちます。例えば美術館で観る宗教画と、もともとそこに置かれていた教会で観る宗教画では、まったくそこから感じるもの、すなわち自分と絵画との対話の豊かさは異なるのです。今後はその意味合いがますます評価されると思います。

 

考えてみれば、これは海外旅行に限らず国内旅行や、国内の余暇の過ごし方全般に言えることです。成熟した国、日本にとって「ホンモノ」との対話こそが、人々を豊かにするための必要条件ではないでしょうか。日本経済にとっても、その促進は非常に大きなテーマだと考えます。

 

DVDで映画を観るのではなく、映画館で観ることが「ホンモノ」です。なぜなら映画は大画面の映画館で観ることを前提につくられているからです。また、音楽もコンサートホール(ライブ会場)で聴くのが「ホンモノ」です。iPodの普及はコンサートホールに足を運ぶきっかけとして有効でしょう。(マドンナの姿勢がいい例)

 

 

ところで海外旅行に話を戻せば、現在の「激安!!香港3日15000円」といった旅行会社のスタイル(HISが主導しています)は、長い目でみれば自分たちの首を絞めているといえます。このままでは業界は滅びかねません。新しい旅行のスタイルをどう見つけ、育てていくのか。業界発展モデルとしても、興味深くフォローしていきたいと思います。本書は、そういった知的刺激を与えてくれる本です。

この1ヶ月で読んだ本のうち、「『フクシマ論』 原子力ムラはなぜ生まれたのか」(関沼博)と「大地の芸術際 ~現代美術がムラを変えた」(北川フラム著)の二冊が、頭の中で共鳴しました。

 

両著とも副題に「ムラ」がついていることからわかるように、どちらも貧困と過疎、そして高齢化にさらされている地方を題材にしています。「フクシマ論」は福島原発周辺地域がいかに原発を持つようになったかを、詳しく分析した学術論文をもとにしています。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか 「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
開沼博

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貧しさゆえに原発に依存し、そこから抜け出せなくなった構造が示されます。その時期が高度成長期と重なり、毎日東京から送られてくるTV放送が豊かさを誘い、欲望を掻き立てられたムラの姿、今となっては哀感を持って読まざるをえませんでした。欲望を刺激され、それを満たすには原発しかなかったのです。

 

そういう人々を、我々はどうして攻められるでしょうか。しかし、代償は高いものとなってしまいました。その責任を負うのは、一義的には東電であり政府なのでしょうが、それらを後押ししていたのは、欲望をベースとした経済・社会づくりに邁進していた、我々すべての日本人なのではないでしょうか。不便を我慢して節電に走るのは、そういう罪悪感が心のどこかにあるからに違いありません。

 

 

越後の山村でも、過疎や高齢化の問題は全く同じでした。ただ幸運にも、欲望を満たすための原発などには無縁で、じっくりと衰退を続けてきたのです。そんな山村で、2000年から三年ごとに現代美術の祭典が開催されています。それを主導しているのが北川フラムです。「大地の芸術際 ~現代美術がムラを変えた」では、ディレクターの立場からの経緯や思いが率直に書かれています。

大地の芸術祭 大地の芸術祭
北川 フラム

by G-Tools

 

私は2006年の第三回と2009年の第四回に訪れました。作品群はもちろんのこと、地域と一体となった取り組みに感激したその裏舞台を少しだけ知ることができました。閉鎖的なムラでなせ、これだけ村民の協力を得られたのか疑問でしたが、その理由もだいたいわかりました。とにかく、話し合うことです。

 

これには辛抱がいる。同じことを何度も説明しなければならない。明るくなくてはならない、たくさんで行っては駄目で、できる限り一人で矢面に立たねばならない。

 

ある意味、原発の誘致も似たような活動なのかもしれません。でも、決定的な違いがある。それは、土地や住民に敬意を抱いているかどうかと欲望にもとづいているかどうかの違いだと感じます。

 

 

同じような貧しい過疎の地方のムラでありながら、大きな違いとなったふたつのムラ。フクシマは避難対象区域となりいつ戻れるかどうかわからない。一方、越後妻有は、現代美術を媒介にしてムラに誇りと活気が甦りつつある。

 

両極端のふたつのムラ、時代の大きな変わり目に現れた二つのムラの物語に、これからの日本という大きなムラの未来を考えずにはおられません。

 


 

日本もオイルショックには直面しますが、工業社会のピークだったため、比較的うまく乗り越えることができ、その後の「Japan as No.1」の流れにのることができたのです。冷戦のもと、民主化された唯一の東アジアの工業国という位置づけが有利に働いたという面もありました。


本書のタイトルどおり、自分たちが今どこにいるのかを知るには、現在の自分たちを相対化して見る必要があります。そのためには、現在の他者と比較するか、過去の自分たちと比較するか、過去の他者と比較するかの三つしか方法はありません。もっとも行われるのは、現在の他者との比較でしょう。今アメリカは・・・、とか中国は・・・なのに翻って我々は・・・という議論です。ししかし、もう少し長い時間軸で見てみることの重要性を、本書は教えてくれます。 

私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集
小熊 英二 
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例えば、私は本書で初めて知ったのですが。70年代初めまで女性の専業主婦率は日本よりアメリカのほうが高かったそうです。意外でしょ?第一次オイルショックがきっかけでアメリカ女性の労働力参加率が急上昇し、日本を上回ったのです。思うにそれまでの日本女性は、農家や商人、職人の嫁として働くことが当然だったのでしょう。

 

日本における農林水産業の就業者を製造業の就業者が抜いたのは65年です。その時期を起点に農業社会から工業社会に変わっていった。そして、サービス業の就業者が工業のそれを抜いたのが94年。ほぼ冷戦終結時期です。一方、アメリカでは、オイルショックに工業社会からサービス社会への移行期が重なったと考えられます。そう、経済低迷、高失業率、とともに家族も変容した大変な時期が70年代から80年代だったのです。それは西欧もほぼ同じでしょう。

 

私の世代は、ほぼ上記の変遷とともに成長してきたと言えます。思い起こせば、高校から大学生の頃は、アメリカもヨーロッパもぱっとしない印象でした。英国病に陥ったイギリスは、その反動としてパンクロックの印象がもっとも強いくらいです。欧米のニュースは、若者の高い失業率だの、暴走やデモなどばかりを写し、斜陽というイメージがどこかありました。(だからといって嫌いだったわけではありませんが)

 

しかし、冷戦終結後その日本もほぼ20年遅れで脱工業化の苦しみを味わうことになりました。そう、日本が他国より優れていたのではなく、タイムラグだったのです。苦労は先にしたほうが良いのか後のほうがいいのかはわかりませんが、日本は冷戦終結後もたもたしている間にさらに人口減少、途上国の追い上げ、さらには震災、原発事故まで一緒になってしまったのです。果たしてこの国難にどう対処すべきか?

 


現在だけを見ていても実態は見えず、時間と空間を拡大して構造を捉えることには大きな価値があります。本書は、その重要性を鮮明に気づかせてくれます。

動物の行動を観察して人間についての洞察を得る研究には、京都大学をはじめとして長い歴史があります。しかし、アンドロイドを創ることによって人間を知るというアプローチもあったのです。それをやっているのが、大阪大学の石黒浩教授ともいえます。

 

まだまだ研究途上であり、多くの仮説が生まれてきている段階ですが、それらが面白い。例えば、見かけを自分と全く同じように創ったアンドロイドを前に、人は何を感じるのか。実は人間は自分の姿をそのように立体的に見ることはできません。見ることができるのは鏡を通してだけです。だから、アンドロイドを前にして違和感を持つ。これは自分の声をテープにとって聞くときの違和感と似ています。そう考えると、本当の自分とは?という疑問にぶち当たります。

 

本書にこうあります。

 

全ての自己を持つ生き物は、自分を正確に認識しないままに暮らしているのだ。しかし、この自己を正確に認識しないということが、実は社会的動物においては非常に重要な性質になっているように思う。我々人間は他人を通してしか、本当の自分を知ることができない。ゆえに、社会的である必要がある。人間やそして多くの動物が社会を形成するのは、この自己を正確に認識しようとするがゆえなのかもしれない。

 

自分自身を知りたいがゆえに他者と交わるというアイデアは面白い。コミュニケーションの原点は、他者を知ることではなく自分を知ること。だから他者に自分がどのように写っているのかが気になるのかもしれません。

 

 

それから、技術を駆使して徹底的にアンドロイドの表情の変化を人間に似せることに取組んだ末、ニュートラルな見かけに行き着いた点も興味深い。人間は、相手の顔の物理的な形態を読みとっているというよりも、言葉、匂い、雰囲気などあらゆる周辺情報を入手して、それらを自分の記憶データと照らし合わせて似たものを探すようです。さらに重要なのが、その時の感情です。

 

このような人の様々な想像を反映できるテレノイドのニュートラルな見かけこそがテレノイドのデザインの魅力なのだと思う。あえて似たものを探せば、たとえば、能面が近いかもしれない。

 

これはまさに私が普段感じていることです。能面にしろ文楽の人形にしろ、その時々に信じられないほどの表情を感じ取ります。表情を読み取るのではなく、表情をこちらが創っているのです。想像力のなせる技です。日本の多くの古典芸能は、観客を選びます。想像できない人は、どれだけ観ても楽しめないでしょう。私が3Gを駆使したようなハリウッドの大作映画を楽しめないのは、想像の余地があまりに小さいからなのかもしれません。

 

他にもたくさんの洞察に満ちた本ですが、著者である石黒教授のキャラクターもとても楽しめます。5年前に自分に似せて創ったアンドロイドに比べ太ってしまった自分自身をもとに戻すべく、ダイエットして三か月で10Kg体重を落としたり、オタクな研究者の思考パターンがよくわかります。ちょっと変わっているけれど、こういう人が世の中にないユニークな発見をするのでしょう。そういう意味でも面白い本でした。



どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私
石黒 浩
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知識(Knowledge)、知恵(Wisdom)、知能(Intelligence)これらは似て非なるものですが、なかなかそれらの関係性を整理した書物にあったことはありませんでした。今回、「知性誕生」(ジョン・ダンカン著)を読んで、少しすっきりしました。(タイトルは「知性」ですが「知能」のほうが適切です)

 

「あの人は頭がいい」というときの「頭がいい」に相当するのが知能です。記憶力がいいのでもなく、ずる賢いのでもなく、「知的」に優れていることです。そういう人は問題解決能力が高いといえます。IQで測れそうですが、実は測れないことが本書で示されます。

 

では、どういう人が問題を解決できるのでしょうか?ダンカンはこういいます。

 

行動を能動的に支配する。そして、問題を分解して、注意を必要とする部分に集中し、その部分を実現させることができる

 

問題はいくつかの固まり、すなわちステップに分解しなければ解決できません。その上で、それぞれの固まりに集中して考えるのです。ここまでは知能のはたらきです。

 

それぞれの固まりごとに、多くの解が考えられるでしょう。できるだけ多くの可能性ある解を思いつくことが必要です。そして、その中からもっとも適切な解を選択する。そこで役立つのが「知識」です。

 

知識とは、本質的に世界がどうなっていて、どのように機能しているかを表している。ある行動が構築されるとき、各段階の正しい行動を選択し、組み立てるためにこういった知識が用いられるに違いない。

 

問題解決の秘訣は、適切な知識を見つけること、つまり、問題をまさに適切な副問題に分割し、解決への適切な経路を進むことだ。

 

そして、有用な知識は抽象概念です。抽象概念とは、「多くの個々の事例すべてに当てはまるもの」です。問題解決のある部分でこれを使うのです。

 

問題を解くときに使える知識が増えることは好ましいことです。しかし、単なる事実や情報としての知識では使い物になりません。生きた知識でなければ。それは知能のはたらきの結果であり、「自分自身の思考の産物、つまり自分自身の世界との相互作用の産物」です。そういう構造化された知識を蓄積するには多くの「経験」が必要です。年輪と経験を重ねて蓄積された知識の集積が「知恵」なのです。

 

 

今までもやもやしていたことに、ひとつの観方をもらった快さを感じました。また他にもいろいろと刺さったことがありました。知的刺激とはこういうものなのでしょう。

知性誕生―石器から宇宙船までを生み出した驚異のシステムの起源
ジョン・ダンカン John Duncan 田淵 健太
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日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗
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長らく積ん読だった「日本語が亡びるとき -英語の世紀の中で」(水村美菜苗著)をやっと読みました。評判どおり、今の時代に必要な洞察に満ちた素晴らしい本でした。

 

今の時代は、楽天やファーストリテイリングの英語社内公用語化に代表されるように、「英語ができなければ(まとな)人でなし」と思われる時代です。かつて何度もそれはあったことでしょうが、ネットの普及と経済のグローバル化、そして日本経済の縮小が、今度こそと迫っているようです。

 

言語には三つの意味があると考えます。一つはコミュニケーションツールとしての役割、二つ目は思考ツールとしての役割、そして最後は文化の源としての役割です。

 

塩野七生は、「最近笑えた話」というエッセーの中で先の2社の例をあげ、日本人の思考によるアイデアが消え去る日が来るであろうことを指摘しています。極端な指摘だと思いますが、日本語の思考ツールと文化の源の役割に着目しているのだと思います。

 

水村の本著では、普遍言語としての英語は既に決定的地位を占めており、コミュニケーションツールとしての英語の役割はますます高まるとしています。だからこそ、思考や文化の源としての日本語を守れ!と強調しているのです。

 

そもそも学校の国語では、何を教えているのでしょうか?漢字の習得以外にほとんど記憶にありません。学校で教える国語とは、文字通り「読み書き」ではないでしょうか。それは大人になるために不可欠なことです。では、古文や漢文は?少なくとも私は、国語の授業を受けて、読み書き以外の価値を感じていなかったように思います(先生、すみません)。

 

それは、言語のコミュニケーションツールとしての意味しか見えていなかったからではないでしょうか。水村が指摘しているように、日本語は非常にユニークな言語です。しかも、江戸や明治の先人の苦労のおかげで、高いレベルの思考に適用できるまでに成熟しています。しかも、韓国やベトナムなどが放棄した漢字と、ひらがなやカタカナという独自の文字を使いわけることまでした。(戦後文部省は、漢字を廃止しひらがなやローマ字のみで表記させることを真剣に検討していたそうです!?)

 

水村は、「表記法を使い分けるのが意味の生産にかかわる」と言い、その例として萩原朔太郎の詩をあげています。

 

ふらんすに行きたしと思へども

ふらんすはあまりに遠し

せめては新しき背広をきて

きままなる旅にいでてみん。

 

「ふらんす」を「仏蘭西」と変えてしまうと、朔太郎の詩のなよなよとした頼りなげな詩情が消えてしまい、また「フランス」に変えると当たり前の心情を当たり前に訴えているだけになってしまうと言います。また、もしこの詩を口語体に変えるとJRの広告以下だと断定します。全く賛成です。これほど日本語は豊潤な言葉であり、ここに文化の源の意味が垣間見えてきます。しかしこのままでは、この使い分けの効果の違いを認識できない日本人が、これから増えてくるかもしれないのです。

 

 

私はコミュニケーションツールとしての英語の役割に加え、思考ツールとしての英語(例えば、英語で考えることにより確実に論理性は高まります)も、ことビジネスの世界では必須になりつつあると考えます。一方、グローバル化が進めば進むほど、思考ツールや文化の源としての日本語の重要性が高まってくるでしょう。(塩野はそれを指摘したかったのでしょう)そういう意味で、二重言語者にならなければならないのです。

 

最近の風潮はコミュニケーションツールとしての英語にだけ注目が浴びており、なにか割り切れなさを感じていました。もっと、日本語を大事にすること、それは絶滅危惧種だからではなく競争力の源泉なのだから、と認識したいものです。まずは夏目漱石を読むことからはじめよう。

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