2011年4月アーカイブ

原発の安全神話を支えてきたのは、科学技術であることは論を待ちませんが、人々にそれを信じさせてきたものは、安全性を表現するために使用された多くの「数字データ」だったのではないでしょうか。「こういうデータが出ているので、大丈夫ですよ」と。難しい科学技術の概念的理論をどれだけ詳しく説明されたところで、大多数の人々は理解できません。しかし、数字で示されると何となく安心するのです。その数字の根拠だとか意味合いとかは。ほとんど理解できません。ただ、数字で示されることでなんとなく「正しい」と感じてしまうのです。それをうまく利用してきたのが電力会社であり政府なのかもしれません。

 

これほど一般に数字データには「弱い」。馬鹿げていると思われるかもしれませんが、そんなことがそこここで起きています。例えば、これまでと全く異なる新しい研修の導入を検討しているとしましょう。担当者は変えることが「正しい」と確信しているのですが、上司を説得せねばなりません。上司はこう言います。「君の熱意はわかるが、本当にこれまでの研修より新しいもののほうが良いことをデータで証明してくれ。そうじゃなければ私は上を説得できないよ」

 

これはしばしば起こることです。上司が期待するのは、好ましいことを示す「データ」であり、決して「好ましさ(という事実)」ではないのです。

 

 

研修効果を測定してほしいという要望もあります。それは、その研修を実施したという自己の判断を正当化する「データ」が欲しいということに他なりません。もちろん、すべての経営判断はきちんと評価されるべきです。できれば定量的に。しかし、できることとできないことがあります。こと研修については、定量評価への期待が大きいと感じています。それは、測りやすいと思われているからなのか、経営へのインパクトが大きいため緻密な評価を必要とされているからなのか。残念ながらどちらもNoです。満足度の評価は容易ですが、効果の評価には膨大な時間とコストがかかります。費用対効果は見合わないでしょう。経営へのインパクト?、それもたとえば人事制度変更や組織改革などと比べれば、必ずしも大きくはない。ましてや制度や組織変更の効果測定を定量的に行ったなどという話は聞いたことがありません。結局定量データを欲しがるのは、企業組織における「権限」、「信頼度」、「政治的影響力」が比較的弱い組織の「生きる知恵」みたいなものかもしれません。

 

残念ながら、欲しいのは真実ではなく説得材料。原発推進派は強大な権力は持っていますが、こと民主主義のもとでは住民の説得という大変高いハードルに直面します。やはりそこでは、真実よりも説得材料が必要なのです。東電でデータ捏造が数年前問題になりましたが、「原発を推進すべき」という彼らにとっての「真実」、あるいは「正義」を前にして、データ捏造は「説得」のための必要悪だったのだと思います。


もちろんいい仕事をするために、多少腕力(データの巧妙なトリックも含めて)を使って説得し、意見を通すことが必要なときもあります。しかし、えてして「真実」や「正義」のためのつもりが「保身」のためにすり替わってしまいがちなのです。その差は紙一重かもしれません。

 

このように、数字データは非常に危ういものなのです。それをわきまえて付き合わなければなりません。

高峰秀子を特集した番組、「邦画を彩った女優たち『高峰秀子と昭和の涙』」が昨晩NHKBSプレミアムで20時から1時間放映されました。しかし、恥ずかしながら我が家はBS映らないので、近所のスポーツクラブに出かけ、そのランニングマシンで歩きながらマシンに設置されている小型のTVで観たのです。高齢になっている関係者(かつての助監督や髪結いさん)のコメントも多く、なかなか興味深かったです。

 

そのうちの一人、俳優の宝田明さんのコメントです。「放浪記」で、宝田は高峰のだめ亭主役を演じました。ふらふらしている宝田を責める高峰に対し、我慢しきれなくなった宝田が殴る蹴るをするシーンについて語りま

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した。

 

「朝からそのシーンの撮影を続けたが、成瀬監督はOKを出してくれない。自分でもどうしたらいいのかわからなくなってしまって、とうとう高峰さんに尋ねたんです。『先輩、どう演じたらいいのかわかりません。どうすればいいか教えてください』それに対し高峰さんは、『どうすればいいかわかっているけど、教えてやんない』と冷たくあしらわれました。なんでそんな意地悪をするんだと、頭が真っ白になってしまって・・・、それで再び撮影に入りました。わけもわからず演じたら、成瀬監督が『いいねえ、それでいいんだ』とOKを出したのです。その後、役者を続けていく上で、その時の高峰さんの言葉がずっと心の支えとなりました」

 

高峰は宝田にふたつのことを教えたのだと思います。ひとつは、俳優は演じていてはだめでその役になりきるのだ、ということ。そのシーンで、宝田は先輩である高峰を殴る役を演じようとしても演じ切れないと、高峰は認識したのです。そこで、バカにしたような言葉を投げかけ、宝田の怒りに火をつけたのでしょう。宝田はまんまと術にはまり迫真の演技をした。番組でそのシーンが流れましたが、たしかにそのシーンは本気でした。

 

それには伏線があります。木下恵介監督の助監督だった方がこうコメントしていました。名作「二十四の瞳」の主演を木下が高峰の依頼したときのことです。

 

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「監督は高峰さんにこう言いました。『でこちゃん、僕はもう騙されないからね。今回の映画は本気でやってもらわなきゃ。』これまでの高峰さんの演技はつくったものだった、撮影時には気付かなかったけど。でも、つくった演技では今回の映画は通用しない。本心からの高峰秀子をさらけ出してもらうと、監督は言いたかったんだと思う」

 

それほど高峰は演ずることに長けていたのです。でも、それではだめだとも分かっていた。そんな自分の経験を踏まえての、宝田への言葉だったのだと思います。しかも、宝田にそういうことで、彼の演技が変わると高峰は見透かしていたこともすごい。共演者の性格や心理状態などを理解し、洞察する力があったのです。

 

 

ふたつめの教えは、安易に答えを教えてもらうことへの戒めではないでしょうか。宝田が役者として大成するには、徹底的に自分の頭で考えることにこだわることが必要だといいたかったのではないでしょうか。安易に人に教えてもらおうなんて思えば、本当の成長はできないと。宝田のいう「俳優としての心の支え」とはそのことなのではないかと推察します。高峰は、宝田がそれを咀嚼する能力があると洞察したうえでの発言だったと思います。

 

「わかっているけど教えてやんない」という一言が、宝田の人生を変えたと言って過言ではないでしょう。こんなに素晴らしい「教育」はない。それができた高峰秀子の賢さ、相手を慮る心、本当に偉大な人だったと思います。

 

懇切丁寧に教え諭すことは決して教育ではありません。適切な時に、響く一言を発することで、相手の思考や感情に大きな影響を与え、自身で「気づく」ための経路をつくる、それが正しい教育の姿だと、高峰に教えてもらったような気がします。

原発の安全神話が、今問われています。日本人はなぜか多くの「神話」を持つ国民です。そこで、神話について考えてみたいと思います。

 

私にとっての最初の神話への疑問は、駆け出しのコンサルタンント時代です。ある不動産が絡むプロジェクトを担当していました。その中で、今後の地価の推移が重要なイシューとなっており、バブル最盛期の当時、誰もが安定的伸びを前提にしていました。議論は今のように毎年10%以上で伸びるか、それとも5%程度かといった、伸び率の大小でした。

 

非常に合理的で賢い人たちで、このような議論をしていることに少し違和感を覚えました。というのは、その2,3年前まで銀行で不動産担保融資を担当していたからです。新卒で何も知識がない私にとって、そこまで地価が上昇することを前提に融資していいものだろうか、との素朴な疑問が湧いたのです。今思えば、あまりに無知だったので「土地神話」なんて知らなかったわけです。

 

地価上昇を信じたい銀行員にとっては、土地神話はありがたいものでしたが、そういう立場ではないコンサルタントも同じような土地神話を信じていることに驚いたのです。

 

さて、なぜ神話は生まれ信じられるのでしょうか?一つには願望です。多くの人々が「そうあってほしい」を思えば、その概念が「共同幻想」となって一人歩きを始めます。二つめは、「空気」の醸成です。つくられた共同幻想が、もはや特別の存在ではなく、空気となって人々の頭を覆い尽くすのです。三つめは、「大数への信頼」、つまり「多くの人がそう考えているのだから、そうに違いない(偉い人もそう言っているし)」という心理です。四つめは、「言霊信仰」。ご存知の通り、日本人は古来「ことば」を発してしまうと、それが実現すると信じてきました。今の時代にばかばかしいと思うかもしれませんが、今でも心の奥には間違いなく存在しています。

 

原発の安全神話が好例です。経産省も電力会社もずっと安全だと言い続けてきました。もちろん少しでも安全になるように、あらゆる努力を続けてきたことでしょう。しかし、万が一事故が起こり放射線がまき散らされたとき、どのような対応をすべきかのシナリオは存在しなかったようです。食物の放射線に対する安全基準がなく、事故発生後数週間たってあわてて暫定基準なるものを設定することがその証拠です。なぜ、そんな当たり前の準備をしていなかったのでしょうか。私は言霊信仰を感じます。絶対安全なんだから、放射線拡散なんて考える必要がない。もしそんなことを口に出して考えてしまったら、本当に起きてしまうじゃないか。そんな心理が原発を推進する側に働いたのではないでしょうか。多くの人々が、そういう言霊に縛られ「空気」にさらされたら、それに抵抗することは並大抵のことではありません。それに対抗しうるのは、冷徹なロジックであり、その集大成である科学のはずです。しかし、そうはなっていない。一見科学的ですが、本質は非常に情緒に流されていた。そこには、政治や利権、名誉などあらゆる非科学的な欲望が関わっていたのかもしれません。科学の粋を集めた原発の事故、なんて皮肉なものでしょうか。

 

だからと言って、大震災からの復興を考えるに、合理性や科学だけで解決できるわけもありません。それに加え、素朴な人の心や直感、過去からの慣習や歴史など、あらゆる人間の知恵を総動員しなければなりません。そこには、日本人だけでなく、海外からの多くの知恵も加えるべきでしょう。そういう姿勢を期待したいものです。

 

 

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渋谷駅コンコースに、岡本太郎作『明日の神話』が異様な存在感を持って設置されています。この作品は原爆の恐怖を描いたものですが、なぜ「明日」の「神話」なのでしょう。神話はただ過去のものではなく、未来に語り継がれるものだとの意味なのではないでしょうか。そしてもうひとつ。ここから新しい神話が創造される、その出発点だとの思い。岡本敏子さんはこう書いています。

 

だがこれはいわゆる原爆図のように、ただ惨めな、
酷い、被害者の絵ではない。
燃えあがる骸骨の、何という美しさ、高貴さ。
巨大画面を圧してひろがる炎の舞の、優美とさえ言いたくなる鮮烈な赤。
にょきにょき増殖してゆくきのこ雲も、
末端の方は生まれたばかりの赤ちゃんだから、無邪気な顔で、
びっくりしたように下界を見つめている。
外に向かって激しく放射する構図。強烈な原色。
画面全体が哄笑している。悲劇に負けていない。
あの凶々しい破壊の力が炸裂した瞬間に、
それと拮抗する激しさ、力強さで人間の誇り、純粋な憤りが燃えあがる。
タイトル『明日の神話』は象徴的だ。
その瞬間は、死と、破壊と、不毛だけをまき散らしたのではない。
残酷な悲劇を内包しながら、その瞬間、
誇らかに『明日の神話』が生まれるのだ。
岡本太郎はそう信じた。この絵は彼の痛切なメッセージだ。
絵でなければ表現できない、伝えられない、純一・透明な叫びだ。
この純粋さ。リリカルと言いたいほど切々と激しい。
二十一世紀は行方の見えない不安定な時代だ。
テロ、報復、果てしない殺戮、核拡散、ウィルスは不気味にひろがり、
地球は回復不能な破滅の道につき進んでいるように見える。
こういう時代に、この絵が発するメッセージは強く、鋭い。
負けないぞ。絵全体が高らかに哄笑し、誇り高く炸裂している。

東日本大震災という名称とはいえ、地震よりも津波の被害のほうが遥かに大きいことが次第にわかってきました。

 

先週日経の夕刊に、小さなこんな記事がありました。要約すると、

 

岩手県宮古市の約110人(約四割が65歳以上の高齢者)が暮らす角力浜町内会は、漁業への懸念から防波堤を造らなかった。その代わりに実践的な避難訓練を繰り返し、今回犠牲者を一人に留めた。年一回に全住民を対象に

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した避難訓練は、足の不自由な高齢者をリヤカーで搬送したり、実際の避難経路を歩いたりしてルートを確認したりした。その結果、大半の住宅が全半壊したにもかかわらず、大半は高台に逃げ無事だった。(右の写真は震災前の角力浜です)

 

この町内会の住民は、津波の恐怖は十分理解したうえで、堤防で津波を克服することを選ばなかったのです。堤防により漁業が妨げられることが最大の理由でしょうが、そもそも人間がどれだけ強固な防波堤を造ってみたところで、「自然の力にかなうはずがない」との価値観が、代々受け継がれてきたのではないでしょうか。そのうえで、津波という自然の脅威に正面から立ち向かうのではなく、謙虚にひたすら「逃げる」ことに絞ってきた、それが住民の生きる知恵だったのでしょう。

 

「想定外」が再び(以前はホリエモン)流行語になりそうですが、所詮人間の想定など大自然の前ではあまりに矮小なのです。それに対して、原子力安全委員会委員長がかつて発言したように「割り切るしかない」のか、それとも謙虚に自然の脅威を受け入れて、科学ではなく「人間の知恵」で生き延びる方法を考えるのかの大きな分岐点があった。(原発であれば科学による安全神話を盲信するのではなく、事故が発生することを前提に対策を練っておく)そして角力浜の住民は、科学ではなく知恵で生き残れたのです。

 

ちょっと大げさかもしれませんが、人間は自然を征服できるという西欧由来の科学万能主義の限界が露骨に現れたのが今回の震災だったように思えます。科学の粋を集めた原発の事故が、さらに追い打ちをかけている。

 

自然を畏怖しながらも共存してきた我々日本人の祖先の価値観や知恵を、新ためて評価し現代に取り入れることをすべき時なのかもしれません。

 

 

一昨日の深夜、大きな月が林を照らし、木々の月影が神秘的に浮かび上がっていました。厳かな、そして研ぎ澄まされるような不思議な感覚でした。古来日本人は、月の光に特別の意味を見出してきました。東京の夜は明るすぎて月光も月影もみることはほぼ不可能です。なぜそこまで明るくする必要があるのか、明るくすることで失うものもたくさんあるのではないか。薄明るい夜の林を眺めながら、できるだけ自然に逆らわず自然と寄り添って暮らすための知恵を、これからは身につけていかなければならないと感じました。

 

原発で世界に恐怖を与え続けるであろう日本が、これからの世界に貢献できるものがあるとすれば、古来からの自然との共生を現代の生活に活かす知恵なのではないでしょうか。

日本中、至るところで絆が広がっています。こんなところにも・・・。


震災後、なんとなく飲み屋から足が遠のいていましたが、昨晩久しぶりに西荻窪の居酒屋「野人料理 風神亭」にいきました。帰り際、壁に幼い字で書かれた手紙が一枚貼られており、何かと思い読んでみました。最初には、「東京のいざかやさんへ」とあります。とても丁寧な文字で綴られています。(一緒にいた妻に言わせれば、私の字よりはるかにうまい)

 

どうやら、お店の人たちが避難所に出向き炊き出しをした、そのお礼の手紙のようでした。

 

お店のブログから転記します。

 

「東京のいざかやさんへ そばめしとけんちんじるあたたかくて、とってもとってもおいしかったです。じしんの時ガラスがバリバリわれて、そしてすぐにはい色の水がごみといっしょにながれてきました。家の中にも水が入って来て、しぬかと思いました。でんきも水も食ものもないけいけんは、はじめてでこわかったです。でもいろんな国や日本中の人たちから、たくさんたすけてもらっていることがわかりとってもうれしくなりました。今日食べたそばめしと、けんちんじるのあじはわすれません。ありがとうございました。貞山小学校二年一組 宮嶋亜美」

 

帰り際にこれを読み、お酒も多少回っていましたが、とても温かい気持ちになりました。

 

 

あとで 店のブログを見てみると、そには、社長の熱い想いが書かれていました。一言でいえば強烈な喜びです。そちらも転記します。

 

材料全て無くなり、虚脱感に包まれて一服をしているときに、とても可愛い少女とその母親がやって来て、「本当にご馳走様でした。ありがとうございました。」と礼を言われた。その少女は体育館で手紙を書いてくれていた。(中略)

 

長い人生を生きてきて嬉しかったことも何度もあったが、これほど嬉しかったことは初めてだった。無位無冠を認じていたが立派な勲章持ちになった。たかがしれた金。たかがしれた疲れ。そんな私事(わたくしごと)の全てを吹き飛ばす喜び。物を作って人に喜んでもらうことのできる喜び。物を作ってさえいれば、飛ぶ鳥の様に、海賊の様に、自由だと感じている。物を作っていると楽しくなる。楽しんでいる光源となるからそれが人に映り、楽しみが移る。地震も津波も原発も、そして人の生き死にさえも忘れて物作りに没頭する。それが飲み屋風情のできることと確認をし、満足をする。

 風神亭という私の人生そのものの物を作る場としての飲み屋。その存在意義を幼い字で一生懸命書いてくれた少女からの一枚の手紙が答えてくれた。「ずっとやっててね」と許してくれた気がしている。これで平常に戻れる。物を作り、つまらぬことを書いて、細く永く支援を続け、10年か20年後の今の若い子達が大人になった頃の今よりもはるかに良い国となっているだろう日本、を夢見て暮らしてゆくことに決めた。

 

 

よく、励ますほうが励まされたという話を聞きますが、こういうことなのですね。こういう心のやりとりが、今至るところで行われているのでしょう。うらやましいと思います。

東日本大震災発生の4日後の3月15日、みずほ銀行はまたもシステム障害を引き起こしました。よりによって日本中がリスクに敏感になっているときに、金融の中核である決済業務が停止してしまうという、大失態を演じました。しかも、合併直後にもシステム障害を起こしたという前科がありながら。かつて富士銀行に身を置いたものとして恥ずかしい限りです。

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その原因はさまざま取り沙汰されているようですが、突き詰めてみれば三行合併の弊害だといえそうです。旧住友銀行や旧三菱銀行のように救済合併でないみずほ銀行は、三行バランスをいまだに気にして組織の一体化が図れていないのではないでしょうか。旧行意識を脱却するのは、それだけ難しいのです。旧第一勧業銀行という身近な事例があったにも関わらず・・・。

 

なぜそれほど難しいのでしょうか。旧行の組織風土が強固で、それぞれプライドも高く混じりあうことが難しいのでしょうか。そういった情緒的理由もあると思いますが、最も大きいのは終身雇用を前提とした人事管理システムの弊害だと思います。

 

慶應ビジネススクールの高木教授は、以下のように指摘しています。

 

終身雇用がある場合は、ない場合に比べて、人脈が濃密につくられる。どうしてそうなるかというと、大学の新卒を毎年一括採用することによって、「年次」のレイヤーがミルフィーユ構造のように重なっていくことによる。

 毎年それが行われると、興味深い現象が起こる。採用活動の際のグループ面接では、お互い競争相手であると同時に、同期にもなるので、お互いに品定めを始める。そして入社して何年か経つと、上の年次も下の年次も見て、次第に「できるヤツ」が特定されていく。

 終身雇用の場合はどうしても、そのできるヤツに資源、情報、チャンスが集中し、上も同期もいわゆる一目おく存在になり、みながその人とつながろうとする。今風に言えばネットにリンクを張ることと同じだ。情報量の豊かなサイトにリンクを張っておけば、訪れた人が自分のサイトにも来てくれるだろうという考えでリンクを張るが、この考え方は人脈でも同じである。

 そしてそのできるヤツが、会社の中で有力者になっていく。ただ、会社に「生息する」という言葉で表現したように、有力者は必ずしも会社にとってプラスのことばかりをやるわけではない。自分にとって、あるいは自分の回りに人にとってメリットある状況をつくろうとするのである。(中略)

 その際、終身雇用では、上から与えられたミッションを達成すればハッピーかというと、それほど単純ではない。終身雇用下で働く人は、与えられた目標を達成すれば、どうなるかを長い目で見て考える。ボスや部下との関係も含む政治力学の中で、目標達成の意味を考えるのである。

(出所:http://diamond.jp/articles/-/11544?page=5

旧行それぞれに、同期や同僚経験者を中心に強固なネットワーク(人脈)が張り巡らされ、その中での最適化を図るような行動や意思決定を取っていく。それは必ずしもみずほ銀行全体ひいては顧客に対する最適化を目指すものではない。今回のシステム障害事件も、事前に起こることを予測していた行員はたくさんいたはずです。しかし、それを指摘し防ぐべく行動することが最適行動とは判断されなかったのでしょう。

いまだに人事部は三つに分かれており、それぞれ出身行の部員が旧行行員の異動や昇格を握っているのかもしれません。上述のネットワーク原理に基づいた組織の意思決定がなされ続けているとしたら、同じような事故が再び起こることは否定できません。

 

これはみずほ銀行固有の問題ではなく、がんじがらめの社内ネットワークが競争力の源泉だった多くの日本企業(規制業界に多い)に共通だと思います。ただ、たまたまその傾向が最も強かった三行の対等合併という荒業を選択したみずほ銀行だから、その矛盾が一気に露呈されたのでしょう。

 

終身雇用や社内ネットワークの効用はこれからも存在し続けると思います。しかし、それによって失うものもますます大きくなっています。そこまでを考慮に入れて、適確な戦略や組織運営を探っていくことが今求められているのでしょう。

 

 

おまけ:昨晩、旧富士銀行の同期8人(みなOB)が集まって久しぶりに酒を酌みかわしました。共通の体験を持ちながら、現在はそれぞれ異なる分野で活躍する多彩な同期は一生の宝です。

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)
佐々木 俊尚
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佐々木俊尚さんの「キュレーションの時代」を読みました。時代をシャープに斬って見せてくれる満足感に浸りました。松岡正剛さんは「編集」という言葉を使いますが、佐々木さんは美術の用語からキュレーションという言葉を用いています。編集では活字メディアをイメージしてしまいますが、キュレーションはメディアにとらわれないより広くダイナミックな行為をイメージさせますので、現代にはよりふさわしい言葉だと思います。

 

キュレーターの定義は以下です。

「『作品を選び、それらを何らかの方法で他者に見せる場を生みだす行為』を通じて、アートをめぐる新たな意味や解釈、『物語』を作り出す語り手でもある」

 

作家は作品(コンテンツ)を創造しますが、それだけでは受け手(鑑賞者)の内面世界には届きません。受け手(作家が受けて欲しい人でしょうが)の世界感に受容されるようなコンテクストに再構築されて、初めて届く、つまりつながるのです。この再構築を担うのがキュレータであり、再構築されたものが『物語』なのです。

 

作家もキュレータも、独自の視座を提供するということでは同じです。ただ、キュレータのほうが立ち位置が受け手に近いといえそうです。

 

では、視座とは何か。視点とどう違うのか。佐々木さんはこう説明しています。

 

「視座とはどのような位置と方角と価値観によってものごとを見るのかという、そのわくぐみのことです。英語でいえばパースペクティブ。視点がどちらかといえば『ものごとを見る立ち位置』だけを意味しているのに対し、視座は立ち位置だけでなく世界観や価値観など、そこには人間しか持ちえない『人の考え』が含められている」

 

なるほど・・・、視座には独自の『観』が欠かせないということ。ミンツバーグは、戦略には大きくポジショニングの戦略とパースペクティブの戦略があると言っていますが、独自の視座を持つことが戦略だと言えば分りやすい。

 

さて、キュレータのチャレンジは、作家と受け手の境界に位置するということです。作家に対してはその作品/コンテンツを深く理解したうえで、新たな意味合いを紡ぎだし、一方受け手に対しては、受け手が真に望むもの(多くの場合受け手自身もわからない)を定義し、気付かせる。そうして、コンテンツの新たな意味と真に望むものを適切にマッチング、すなわち『つなぐ』 のです。これは非常に困難な創造的な行為です。独自の『観』があって、初めてできることです。

 

コンテンツや情報があふれる時代においては、「コンテンツが王だった時代は終わった。今やキュレーションが王だ」という言葉も、まんざら誇張ではない気がします。

 

考えようによっては、あらゆる業務はキュレータのように境界に位置しています。毎日記者会見をする官房長官も、錯綜する膨大な情報と、国民さらには世界中の人々を適切につなぐ「境界人」(勝手に作った言葉です)だと言えるでしょう。したがって、官房長官の揺るぎない『観』を人々は求めるのです。営業マンもしかりです。

 

そういう意味で、現代は「キュレーションの時代」なのだと思います。境界人としての在り方を、深く考えてみたくなりました。

ドイツの中央銀行は、極端にインフレを恐れることで有名です。アメリカ人は、身を守るための銃の規制には、驚くほど頑なに抵抗します。日本人は、ことコメについては主食とはいえ非常に神経質です。

 

それぞれには理由があります。ドイツは第一次世界大戦で負け超ハイパーインフレで苦しみました。それがナチスの台頭を促したという見方もあります。アメリカは、イギリスなどから大陸に移住し自分の腕一本で開拓してきた開拓者の末裔の国です。銃はその精神の象徴なのかもしれません。日本は言うまでもなく、何百年にわたりコメが通貨の役割もはたしてきました。そして、凶作による米騒動や敗戦直後の貧困など、苦しい記憶とコメはいまだに結びついているようです。これらは、長い時間が経過しても、同じ体験を自分もしたかのようにそれぞれの国民の精神に染みついているのだと思います。民族の記憶ともいえるでしょう。理屈ではありません。

 

このように大多数の人々が同じ体験をすることで、後世の人々にまでその記憶を伝承するのです。逆にいえば、人は自分が思うほど「自由」な思考を持っているわけではないでのす。

 

今回、主に東日本の人々は地震、津波、原発事故という3つの危機に直面しています。人々は地震と津波への記憶は持ち合わせていましたが、原発事故の記憶、体験はありません。あえて近いものを探せば、広島と長崎に落とされた原爆と、昭和29年に起きた第五福竜丸の被爆事件かもしれません。しかし、それらは「平和への祈り」というコンテクストで記憶されていますが、放射線の恐怖というコンテクストではあまり記憶されていない気がします。アメリカとの関係、経済成長のためには原子力を使った発電に頼らざるを得ないといった理由などから、あえてその面からの記憶にふたをしてきたのではないでしょうか。しかし、それらを体験として知るお年寄りは、今回の原発事故に我々が想像できないほど恐怖を感じているという話を聞きます。そう考えれば、国民の記憶とは、なんらかの意図によって操作された記憶ともいえそうです。

 

 

現在起きている三重苦ともいえる危機を共通体験している我々は、どのような共有された記憶をこれから紡いでいくのでしょうか。それは、今回の危機をどう捉え、そこからどこに向かっていくのか次第だと思います。未来があるからその文脈に沿った記憶があるのです。

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ほおっておけば、17世紀のポルトガルのように国家没落の引き金としての災害と言う記憶になりかねません。そうではなく、未来の人々の記憶に「2011年の三重苦が日本を生まれかわらせた。想像もできない危機のたびに日本はよりたくましく生れ変る国なのだ」と記憶させたい。既にその記憶はすべての日本人の底流にはあるはずですから。そのためには、徹底した反省と国民を団結させるビジョンが必要です。

 

こういった共通体験に基づく共同記憶のマネジメントは、今後企業においても重要になってくると考えます。ビジョンとかバリューとかウェイとか盛んに叫んでみたところで、それが構成員の「共同記憶」に組み込まれていなければ意味がありません。経営者とは、ステークホルダーに対して好ましい共同記憶を植え付けることに責任を負う存在なのかもしれません。



おまけ)

今、新宿御苑の桜は満開です。桜を眺める人は例外なく、穏やかで優しい表情をしています。これは、私たち日本人には桜についての「共同記憶」があるからではないでしょうか。入学式、花見の宴会、花筏、京都、西行、吉野山、義経、特攻隊、眠っている死体、花吹雪などなど、それぞれの人が自分のストーリーを持っています。それらの総体としての「桜の記憶」が、穏やかで優しい気持ちにしてくれるのでしょう。

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震災や原発事故によって、自粛ムードが蔓延しています。たとえば、東京都は花見禁止令といういようなスタンスを打ちだしています。また、鉄道各社は節電のために、本数削減、照明や暖房を削減、エスカレーターも止めている駅も多いです。これは一体何なんでしょうか?山本七平いうところの「空気」による支配が頭をもたげているのかもしれません。

 

節度ある都民は、花見の際も被災者へ共感すればおのずとどんちゃん騒ぎはしないでしょう。日本はお葬式の直後に精進落としとして、参加者同士で酒を酌み交わすことが普通の国です。花見=酒=どんちゃん騒ぎ=不謹慎、というロジックにはかなり無理があります。私は、はかない桜を愛でながら、被災者や亡くなった方々に思いをはせながら酒を酌みかわすことは、今立派な行動であり、それを禁止するのは馬鹿げています。今、花見で馬鹿騒ぎするような愚かな人が、この東京にそんなにいるとは思えません。いたとしても、良識ある都民から、それこそ圧力がかかることでしょう。こういったことを役所が「指導」する発想自体おかしいと思います。

 

鉄道各社の節電も方向性としては賛成しますが、はたして常時エスカレーターや照明、暖房を止める必要があるのでしょうか?電気が不足するのは事実ですが、不足するのは電力使用のピーク時だけです。その時間以外は不足しません。したがって、非ピーク時の節電は、今回の電力不足には無関係です。駅はでお年寄りや体の不自由な方が、エスカレーターを使えず苦労しています。また、病気でも電車に乗らなければならない方が、暖房の効いていない車内で震えているかもしれません。意味のない節電のために。

 

なぜこういうことが起きるのでしょうか。上記のいずれも被災者への共感でもなく、合理的判断でもありません。なにやら漠然とした「空気」によるものではないでしょうか。「こんなときに酒とはいかがなものか」、「こんなときに節電に協力しないとはいかがなものか」、といった「いかがなものか」という「空気」が、人々の行動を制限しつつあるような気がしてなりません。


空気とは、考えてみれば放射線に似ています。臭いも音も振動も形もなく、出どころもよくわからないまま知らない間に人々を覆い尽くします。そうして、少しずつ行動に影響を及ぼし破壊する。

 

日本人は何かと極端に「触れやすい」民族だと思います。それは、空気の支配力が強いからでしょう。今回の自粛ムードも極端に触れる可能性があります。危機の場面で一致団結する素晴らしい資質と、極端に走ってしまう悪弊はコインの裏表です。

 

今必要なのは、まず空気に支配されず、自分自身の頭で考えること。そして共感によって判断するのか、合理性によって判断するのかを自分で確認することです。共感による判断は、人間の深いところにある感情を評価軸とするのであり、他者にとやかく言われる筋合いはありません。花見をすることで被災者の方々と共感する人はたくさんいるはずなのです。また、特に社会的に影響の大きい機関や組織は、こんなときだからこそ合理的判断が重要です。東電の「計画停電」実施は、近年まれにみる非合理な意思決定だと思います。合理的に判断したとしたら、このような形式を取らなかったはずです。理性ではなく国民の「情」に訴えたかったとしか思えません。東電も政府も、「国民は愚かだから合理よりも情だ」と判断したのかもしれません。


過剰な自粛は消費を減らし、ただでさえ落ちている日本の経済力をさらに悪化させます。それは復興の最大の障害になるでしょう。こういう「理屈」は「空気」の前では無力であり、議論の俎上に上がりにくいのでしょう。

 

大人の判断、大人の議論ができない国は、他国から尊敬されるはずがありあません。確かにこれまでの被災地の方々の行動は賞賛にされて当然です。しかし、これから日本を見る目は、日に日に厳しくなっていくような気がしてなりません。

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