2016年8月アーカイブ

リオ・オリンピックも今朝(日本時間)で終了。印象に残るシーンや言葉をたくさん残して、やっと平静に戻ります。四年間の苦労をほんの一瞬に賭けるアスリート、勝ち負け以前にただそれだけで尊敬します。しかし、オリンピックに出られる選手は、目指す選手の中のほんの一握り。そこには、どれだけの差があるのでしょうか。もちろん、素質、努力、訓練、それらの結果としてのパフォーマンスでは、オリンピックに出場した選手の方が上です。そこには、明らかに上下があります。また、それが明確になるのがスポーツですから。

 

しかし、パフォーマンスのレベルという物差し以外にも、物差しがあってもいいのではないでしょうか。なんといっても、人間のやることなんですから。

 

そんなことを考えたのは、昨日観たドキュメンタリー映画「五島のトラさん」のせいかもしれません。

 

あらすじを映画館のサイトから転記します。

<ストーリー> 
「自分の子どもは、自分で鍛える」
うどんと塩の製造業を営む9人家族の22年の軌跡。
ちいさな離島に残る、ほんとうの"家族のかたち"。
トラさんの愛称で呼ばれている犬塚虎夫さん。長崎市の西方100キロに浮かぶ五島列島北部の新上五島町で、名物の五島うどんや天然塩を家族で作り、生計をたてている。妻・益代さんとの間には子どもが7人。子どもたちは毎朝5時に起きて約1時間うどん作りの手伝いをして学校に行く。家族が手伝うことで家計も助かるが、手伝った分は給料として小遣いをあげる。「お金の価値や物を作る責任感、喜びを知る。学校では教わらないことを家の手伝いを通して学ぶ」とトラさんはいう。過疎化が進む島で生きていく術を考えながら豊かに生きている家族の22年におよぶ成長の記録である。

 

22年間、家族を撮りつづけたフィルムの力は絶対的なものです。トラさんの生き方や子供への接し方は、現在の常識的物差しからは、大きくかい離しています。

 

5歳の次男がうどん製造の機械に手を挟まれ、20針も縫う大怪我。親戚や友人はもう子供に手伝わせるなと言ったらしいのですが、トラさんは方針を変えません。「怪我したからと止めさせたら、何のためにもならない。怪我したのなら、次からはもっと注意してやらせるようにすればいい」

 

正論じゃないですか。怪我を恐れて行動しなくなれば、最後は何もしなくていいことになってしまう。それでは、子供は教育できない。でも、こんな正論が、私たちの日常では、非常識ととられる。これは、子供の教育だけではありません。近年の企業のリスクへの態度、マスコミの自主規制、日本中に蔓延してきています。

 

トラさんは、五島列島で生きると決めたら、徹底的に島を活かすことを考える。そこから、五島うどん、天然塩と仕事を広げていく。一般に、僻地対策の常道は公共工事でお金をばらまくことです。田舎で暮らしていくには、政策で短所を補う公共工事にぶら下がって仕事を得るしかない。それが原発に頼った福島であり、かつての沖縄でした。しかし、トラさんは島の長所を徹底的に掘り下げていく。その方針は一貫しています。短所を補うのではなく、長所を伸ばすことはそんなに簡単なことではありません。それを徒手空拳で実行するトラさんに、戦後日本の物差しが間違っていたのではと思わされます。

 

子供たちには、小さい頃から毎朝うどん作りの仕事を手伝わせる、しかもタイムカードも押させ、毎月20日は給料も支払う。お金を稼ぐことの大変さを知って欲しいからとトラさんは言いますが、それ以上に社会(ここでは家の仕事)には、それぞれの果たすべき役割と責任があって、それを担うのが人間が生きるということだと、教えていたように思います。「朝から仕事していやじゃない?」と質問された女の子は、「大変だけど、私がしないと家が困るから」と答えました。このことを知ることは、どんなにたくさんの知識を得ることより有益なことでしょう。

 

知人の田んぼの田植えには、毎年子供たち全員学校を休ませて手伝いに行きます。「学校を休ませて大丈夫?」との質問に、トラさんは「学校はいつでもあるけど、田植えは年に一回だから。」と平然と答えます。これも正論ですねえ。年に一度の家族全員での田植えで学べることと、その日学校を休んで失うものと比べれば、どちらが重要かは明らかです。でも、常識的には学校を休ませるべきでない、ということになるでしょう。

 

一見、破天荒なトラさんの言動は、実は人間が人間として生きていくことの本質を体現しているかのように見えてきました。トラさんの物差しをひとつの鏡として、思い込んでいる物差しを疑ってみることも必要かもしれません。

 

トラさんは2014年に亡くなりましたが、うどん工場は長女が継ぎ、また天然塩工房は長女の夫が継ぎました。長男は、それまでうどん工場と定置網漁師を掛け持ちしていましたが、漁師一本に絞りました。なぜ漁師に絞ったのかとの質問に、「定置網漁は、俺がやらなければなくなってしまうから」と答えます。高齢化が進む漁師の仕事に対する責任感、トラさんの意志がしっかり引き継がれています。

 

物差しはたくさんあっていい。良く考えた上で自分が選んだ物差しにおいて、ベストを尽くす。最も避けるべきは、深く考えもせず一つの既存の物差しに踊らされてしまうことだと思います。

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