最近最も注目されるM&A交渉は、富士フィルムによるゼロックスの買収案件でしょう。当初はすんなりいくかと思いきや、ゼロックスの大株主アイカーン氏の反対でこじれてきています。友好的なMAだったはずが、敵対的なM&Aになりつつあるという状況。

 

今後どうなるかは予断を許しませんが、富士ゼロックスの存在がキーになることでしょう。富士ゼロックスは1962年、富士フィルムとランク・ゼロックスの50%ずつのJVとして設立されました。当初は、ゼロックス製品をアジアで販売する販社でした。しかし、徐々にキヤノンなど競合日本メーカーが現れ、日本市場に適応した製品が求められるようになり、富士ゼロックスも生産機能に加え、製品開発機能も備えるようになっていきました。

 

富士ゼロックスの商圏はアジア地域に限定されているため、アメリカやEUの市場では販売できません。しかし、ゼロックス本体の製品では欧米市場ニーズに応えることが難しくなり、ゼロックスは富士ゼロックスから製品の提供を受けて欧米市場に販売していくようになります。

 

徐々にゼロックスの経営は厳しくなり、2001年ゼロックスは所有する富士ゼロックスの株の25%分を富士フィルムに売却します。これで、富士ゼロックスの株式は、75%を富士フィルムが、25%をゼロックスが保有となりました。

 

そしていよいよ今回の一連のM&A騒動は、名門ゼロックスを富士フィルムが完全買収する計画です。交渉決裂した場合、ゼロックスと富士ゼロックスとの契約が解除され、袂を分かつ可能性もあります。

 

問題はゼロックスが富士フィルムとの関係を断って、単独で生き残れるかどうかです。ゼロックスは富士ゼロックスから製品を入手できないならば、と競合であるコニカミノルタやリコーに納入の打診をしたが断られたとの報道もあります。断られるのは当然でしょう。

 

一方、富士フィルムは、これまで販売できなかった欧米市場に富士フィルムのチャネルを使って、富士ゼロックス製品を販売できると豪語しています。ゼロックスはアジア市場にチャネルを持たないだろう、と添えながら。複写機はフィールドサービスが重要なので、容易には新規市場には参入できません。

 

ここまで富士フィルムが強きに出られるのは、相対的に強力な製品を持つ富士ゼロックスの株式を75%押さえているからですが、そもそも富士ゼロックスが単なる販社から組織能力を高めて、現在のメーカーとしての競争力を獲得したことが極めて大きい。さらに、JV設立時には市場として魅力が小さかったアジア市場が急成長し、一方でその反対に欧米市場は縮小を続けるという逆転現象。遅れたアジア市場を割り振られた富士ゼロックスにとっては、怪我の功名でしょう。

 

しかし、なぜ富士ゼロックスはいわば師匠を超えるような組織能力を獲得できたのか、ずっと不思議でした。そこには、日本の製造業が磨いてきた「現場発の経営革新」の存在があったと、本書を読んで知りました。QCとか現場主義といえばトヨタですが、他にもその能力を磨いてきた企業があった。

 

本書「現場主義を貫いた富士ゼロックスの『経営革新』」は、日本企業が強かった秘密を、具体的に教えてくれる名著だと思います。過去形を現在形にするための、ヒントがたくさんあります。

現場主義を貫いた富士ゼロックスの"経営革新"―品質管理、品質工学、信頼性工学、IEの実践論―
土屋 元彦
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対話的教養の実践

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東京大学が社会人のリーダー育成機関として開設した6か月間の エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMPがこの10月で十周年を迎えます。開設時からその存在は知っていましたが、内容についてはよく知りませんでした。本日、東大EMP特任教授の高梨さんとお話する機会があり、初めてそのユニークさを理解しました。いわゆるビジネススクールとは全く異なり、最先端の教養・知恵に重点を置いています。

 

近頃、ビジネスパーソンの間で「教養」が一種のブームになっており、幹部研修で取り入れている企業も増えつつあるようです。そこでは、その分野の権威と目されている先生が、確立された専門知識を受講者に講義し伝えます。それとも全く異なります。

 

東大EMPでは、その分野の第一線の研究者が講師を務めることは同じでも、現在進行形の研究成果や、まだわかっていないこと、研究上の限界や悩みなどを話すそうです。完成された知識を伝えるのではなく、講師の現在進行形の研究活動をさらけ出すのです。普通、大学教授も務める研究者は、未完成の研究成果を広く開示することには強い抵抗感があります。しかし、東大EMP内限定ということで、講師にはそれを期待しているそうです。

 

つまり、知識としての教養を伝授するのではなく、その研究者が日々悩み苦闘している姿から、知を創造する何らかのメカニズムを受講者に掴み取ってもらうことを目的としているわけです。これはホンモノの教育です。

 

講師のレクチャーの後で、受講者との質疑応答がなされますが、そこにこの教育のエッセンが垣間見えます。当初は、なかなか質問ができません。できたとしても、質問者が持つ思考の枠組みの中で質問をするため、どの業界出身なのかすぐわかってしまうそうです。銀行員は銀行員らしい、役員は役員らしい質問しかしない。講師の思考枠組みと質問者の思考枠組みが少しでも噛み合えばいいですが、そうでなければ、全くすれ違ってしまう。

 

しかし、二ヶ月くらい経つと、質問内容が明らかに変わってくるそうです。質問者は、講師の思考枠組みを理解した上で、それに沿って質問するようになる。さらに三ヶ月目くらいになると、東大EMPが想定したレベルで質疑応答ができるようになる。質問者は講師の思考枠組みの範囲を理解しているのは当然ですが、さらに講師の研究対象の外にあるにも関わらずその研究と関連を持つと考えられることに関する質問をするようになる。講師はどうしても狭い専門分野を深く掘り下げるため、その外にはなかなか想いが至らない。その急所を質問者が突くわけです。

 

講師は、はっとさせられる。講師自身も発見があるのです。こうなると、どっちが先生かわからなくなる。

 

高梨さんは面白い表現をしていました。

開始当初は「雀の学校」。

 

チイチイパッパ チイパッパ

すずめの 学校の 先生は

ムチを 振り振り チイパッパ

生徒の すずめは 輪になって

お口を そろえて チイパッパ

 

三ヶ月も経つと「めだかの学校」になる。

 

めだかの 学校の めだかたち

だれが 生徒か 先生か

だれが 生徒か 先生か

みんなで 元気に 遊んでる

 

 

ここで行われる質疑応答が日常でもできるようになれば、あらゆることから学ぶことができるようになることでしょう。「対話」とは、本来そういった思考とコミュニケーションの作法なのだと思います。ソクラテスではありませんが、ホンモノの教育は、対話によってなされるのです。


そういえば、6/19に大澤聡氏の以下の言葉を転記していました。

少し変形してその文脈に接続させる、これも教養のひとつのあり方だと思う。僕はそれを「対話的教養」と呼んでいます。


まさに三か月目以降の質問は、対話的教養を実践している。東大EMP,恐るべし。羨ましい限りです。

 

PS.数多くのセッションの中で人気高いのは、哲学と高梨さんが担当する天文学だそうです。

五感を使って

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人間は五感を駆使して外部から情報を受容して、認知システムや情動に取り込んでいきます。ただ残念ながら、我々はそのうちの一部の受容器に偏っているように思えてなりません。特に視覚です。そして視覚の中でも特にテキスト情報への依存度が圧倒的に高い気がします。

 

最近のTV番組には、テロップ(字幕)が頻繁に出てきます。聴覚障害者への配慮とはどうも思えません。流れる文字にどうしても本能的に視線が向いてしまいます。敵を発見するための、動物としての本能です。

 

文字を追うことで、映像や音声からの情報量は必然的に減ってしまいます。それにも関わらず、テロップを挿入するのはなぜなのでしょうか?

 

五感を駆使する機会が減り、その能力を失いつつあるのではないか、そんなことを気付かせてくれる映像に出会いました。

 

 

6/23の朝、何気なくTVを付けたら「沖縄慰霊の日」の式典が生中継されていました。しばらくして始まった、地元中学三年生の自作の詩の朗読に括目させられました。

sagara.jpg

 

https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/310000c

 

この毎日新聞の記事にある動画にはテロップがついています。また、下の方には詩が文章(テキスト)で書かれています。

 

以下の順番で読む(観る)ことをしてみたら面白いと思います。

・まず、文章で詩を読む

・次に動画を、字幕を追いながら観る

・最後に動画を、字幕を隠して(手前に本を置いたりして)観る

 

いかがでしょうか?

テキストが、いかに豊かな情報を圧縮してしまっているかが実感できると思います。テロップの弊害も。一方で、機会さえあればまだまだ受信する力は保持できそうな希望も持てる。

 

なにより、この詩を書いて朗読した相良倫子さんの表情と声は、この詩を書くに至った思いなどの膨大な情報を発信しています。それを、視聴者である私たちは精一杯にアンテナを広げて受信できる。もし現場にいたら、それこそ五感をフル回転してもっともっと受容し、刺さったことでしょう。人間の能力って素晴らしいですね。

 

ところで、相良さんのすぐ後に、首相が祝辞を述べました。残酷なほど乏しい情報量で、ほとんど受信できませんでした。

 

教養とは何か

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雑誌などでビジネスマン向けの教養特集などが組まれるようになって、だいぶ時間が経ちました。最近は欧米人と深く付き合うには西洋美術の知識が必要だとして、その手の本も売れているようです。

 

教養とは豆知識みたいなものなんでしょうか?大澤聡氏は、最近ブームの教養を指して「知的サプリ」と言っています。

 

そのO大澤氏が三人の碩学(W鷲田清一、T竹内洋、Y吉見俊哉)と対談した「教養主義のリハビリテーション」(筑摩書房)が面白いです。さしあたり鷲田さんとの対談から、気になる言葉を備忘録として抜書きします。

 

 

 

哲学とは理論の発明ではなく発見。人びとの暮らしの中で生きられている大切なものを発見する。そして、言語化する。W

 

一見遠く離れたもの同士が、実は同じ構造に支えられていたり、同じ要素を抱えていたりする。それを発見することも教養でしょう。O

 

優れたデザインには、人をパッシブにしないという特質がある。・・・優れたデザインが備えている要素にはあと二つあって、そのひとつが多義性です。・・・・良いデザインはなにが起こるかわからない方向に開かれている。・・残るひとついは批評性です。W

 

臨機応変に意味や機能を組み替えることができるのも教養です。O

 

少し変形してその文脈に接続させる、これも教養のひとつのあり方だと思う。僕はそれを「対話的教養」と呼んでいます。O

 

理論がそのまま通用しないような場所こそが「現場」と呼ばれてきました。W

 

現場的教養は、OJT的にその都度臨機応変に対応していく中で獲得されるメチエの集合体のようなものですね。その意味ではボトムアップ型。・・場数が増えるほど裾野が広がって、その分上に向かう力も高まる。そのときに考えないといけないのは「総合」のモメントでしょう。O

 

我々が直面している問題の大半は答えがでません。少なくとも一義的なソリューションはありえない。そこで、「問題」と「課題」を分けて考える必要があるんじゃないでしょうか。ここでいう問題は解決されるべきもののこと。なくなるのがいい。それに対して、課題はだれにも事態を解消することができない。決定的な解決策はない。もっとも基盤的な次元において解決の道筋がすぐには見えない、そんな難問を突き付けられている。けれど、取組み続けなければならない。その取組自体に意味がある。W

 

諸学問の連関のマップをまず頭に入れておいて、それから個別の議論に入っていく。まさに一般教養のプロトタイプですよね。・・その可能性のひとつが「現場的教養」と「対話的教養」の組合せです。それぞれの現場から立ち上がってきたメチエを対話の中でつなぎあわせていく。そういうネットワーク的な教養がありうるのではないか。O

 

詩や思想書を読む中で、自分とは全く異なる感受性や思考に触れることによって、それまで自明だと思っていたことがぐらぐら揺さぶられる。自分の前提や基盤が不明になっていく。そういう経験が読書にはあります。W

 

読む前と読んだ後とで自分の組織が再編される。その結果、周囲が異化されてそれまでと違ってみえる。O

 

教養がある人とは、たくさんの知識を持っている人という意味ではありません。そうではなくて、自分(たち)の存在を世界の中に空間的にも時間的にもちゃんと位置づけられる人のことを指しています。つまり、自分を世界の中にマッピングできるということ。そしてこの世界を平面ではなく立体で捉える。・・ひとつの対象を複数の異なる角度から観察するということです。W

 

そこで、自分とは異なるタイプの思想家なり作家なりの本を読むことが重要になります。著者との対話を通してこそ、思いもよらなかった補助線をいくつも引くことができるようになる。そうした補助線を獲得することをとりあえず教養と考えるといい。W

 

昔も今も教養のポイントは自分でコンテクストを編むことにあるのかもしれません。僕たちは歴史的な存在です。コンテクストの中にいる。ところがそのコンテクストは見えない。自分なりにマッピングするということは、とりも直さず、なぜ自分がこういう存在なのかを知るということですね。・・自分のメンタリティのバックグラウンドが分かると自己変革のきっかけにもなる。W

 

教養とはまさに自由になるための術です。自由と言うと、自分を様々に絡め取ってくる制度から解き放たれるようなイメージがありますが、僕は自由とはむしろ自分が生きていく上でのコンテクストを自ら編んでいけることだと思います。W

 

ところがアートにはそうした目標がないんですよ。・・とにかくわくわくすることをやりたい。その「わくわく」のイメージが互いに違っているから、アイデアを出しあって、ああでもないこうでもないと議論をしながら形にしていく。そして、最後に「これだ!」というものができる。これって多文化共生社会そのものじゃないですか。価値観を共有しないままでもみんなで一緒にやれるのがアートなんですよね。・・素手でやっていくということ、そして価値観の共有を前提にしないで生活のコンテクストを編んでいく能力。これからの社会にとって最も大切な能力でしょう。W

 

前傾姿勢で走り続けるあり方に限界が来ている。その時々の関係性のネットワークの中で、「いま・ここ」をどう組み直すかを判断していかないといけない。ゴールが流動化した時代には、教養も別のモデルを用意しないといけない。さらにそのとき、「わくわく」がそこにあるといい。O

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)
大澤 聡
448001666X

ヒトは安易にラベルを貼り理解したつもりになって、それを前提として様々思いや思考を発展させるものです。ラベルを紋切型(ステレオタイプ)に貼ることで、善悪、損得といったようにばっさばっさと二分し、どちらかに決めていきます。認知エネルギーを最小化するために、人類に備わった能力といえるでしょう。

 

しかし、得てしてそれは間違う。世の中に絶対正しいとか絶対に得といったものはありません。でも、それを知っていてもどうしてもラベルに頼ってしまうのが人間。そのことに気づかせてくれる機会は、とても貴重です。私にとって映画は、その貴重な気づきのツールなのです。

 

さて、カンヌでパルムドールを取った 「万引き家族」は、まさにそういった映画でした。映画で描かれた、思い込みを揺さぶる問いかけをいくつかあげてみましょう。(上段が常識で、下段は映画で語られる別の見方) 

 ・他人の子どもを黙って連れ出して一緒に暮らすことは誘拐犯罪である

  →虐待された子供を保護しただけで、身代金も要求していないから誘拐ではない

 ・子供に万引きの仕方を教えてはいけない

  →子供が生きていくために必要なことで教えられることは万引きくらい

(刑事にそう語る彼の気持ちを想像してみたい)

 ・死んだら届けて葬式をあげ、火葬しなければならない。勿論年金も停止

  →生前世話をしたのだから、法的家族でなくても死後も年金を代わりに遺族年金として受け取っても構わない。そのためには死亡を届ける必要はない

 ・老人が死亡しても届けず年金を代わりにもらい続けていたということは、カネ目当てで老人と同居していたということ。そこに愛情や絆などない

  →当事者である老人が望んでいた。お互いにつながりを感じていた

 ・愛情とお金のやり取りは同時には成立しえない

  →愛情とおカネの交換が明示されておらず、かつ双方が暗黙の了解をしているのであれば成立しうる

 ・子供が二ヶ月も失踪したにも関わらず、捜索願を出さないということは、両親が子供を殺したからに違いない(マスコミ目線)

 →子供を虐待していたから、それがばれるのが怖くて届けられなかった

 ・子供は学校に通って勉強しなければならない

  →「学校とは家で勉強できない子供が仕方なくいくところ」

 

他にもたくさんあります。

最後の学校の話は、小学校に通う同じ年頃の子供をみて、男の子(息子相当)が語る台詞です。彼は本が好きで、実際に家で教科書を読んで勉強しています。

 

事件が明らかになった後、尋問する若い刑事に、彼は問います。「なんで、学校に行かなければならないの?学校でしかできないことって何?」

 

刑事は一瞬いい淀み、「・・・友達と絆を結ぶことかなあ」(記憶曖昧ですが)と自信なさそうに応えます。いじめ問題が途絶えない現在の学校は、果たして友達と絆を結ぶところと言い切れるでしょうか?そう思っているのは、そう思いたい大人だけかもしれません。その方が、都合がいい。

 

こうした大人のご都合主義による常識や思い込みに、疑問を投げかけ続けることに、この映画の価値があると思います。

 

家族って何だろう?法律ってなんだろう?マスコミやそれに従う大衆って何だろう?学校ってなんだろう?この先には、政府や国家って何だろうという問いかけも用意されている気がします。だから、文部科学大臣がパルムドールを取った是枝監督に会って祝福したいとの申し出を、監督は以下のコメントを出して断ったのだと思います。

 

「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」

 

立派ですね。芸術家はこうあるべきだと思います。

他者から学ぶ

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学びとは、入力情報に対応し自分が変化することと、いうことができると思います。そして、学びの入力情報には二種類があります。知識やノウハウといったコンテンツ情報と、体験や物語といったコンテクスト情報です。また、入ってくる情報の発信元は、つきつめれば自分自身か他者の2つです。

 

自分自身から発せられた知識とは、「記憶」された知識であり、それは認知のもとになりますが、学びとはいえませんので除外します。こうして三つの学びは浮かび上がってきます。

 ・知識(ノウハウ)x 他者

いわゆる「教育」ですね。先生から正解を教わること。読書やEラーニングでもそれは可能です。しかし、正解のない世界ではなかなか通用しませんね。そこで、近年着目されているのが、

 ・経験X自分

そう、「経験学習」です。自分の経験を内省し、マイセオリーを抽出(概念化)し、それを実験し行動するというサイクルをまわしていくことです。体験というコンテクストから、自ら知識をつくりあげることともいえます。実際に仕事を覚えるということは、このプロセスを経ます。上司が教えればわかるというものでもない。自分で苦労して掴み取る。重要ですね。しかし、自分の経験からだけで十分でしょうか?

 ・経験X他者

他者の経験から学ぶ必要がでてきます。自分の経験であれば体感しているのでわかりやすいのですが、身体が異なる他者の経験を自分なりに解釈して概念化することは、容易ではありません。しかし、学びの材料が最も豊富なのは他者の経験であることは間違いない。学習能力の高い人とは、学校の勉強ができる人ではなく、他者の経験から学ぶ能力の高い人だと言えそうです。

 

他者の経験から学ぶには、他者と身体性を伴うインタラクションがあると有利でしょう。情報量が圧倒的に増えるからです。物理的な「場」の共有が不可欠です。また、他者の経験のバリエーションとして、他者の学びから学ぶこともあると思います。同じもの、同じ現象に触れたとしても、それをどう感じ、解釈し、そこから何を学ぶかは人それぞれです。しかし、なかなか他者がそこから何を学んだかを知る機会は少ない。対話して初めてシェアできます。シェアすれば、なるほどそういう観方もあるのだなと気づき、そういう考え方を取り入れることも可能になります。しかし、これも「場」が不可欠です。

もうひとつ。例えば同じ職場の仲間うちでも「他者から学ぶ」ことはできますが、いかんせん同じ世界で同じものばかりに触れているため、魅力的な他者性がどうしても低い。また、先入観や前提、常識が学びを妨げます。それで、出来るだけ自分と遠い世界の他者と触れることが必要になります。しかし、そういう機会はなかなか自分だけで作ることは難しい。

 

昨晩、六本木アカデミーヒルズで「"能"から学びとるビジネス感度」と銘打った講座を実施しました。「能を学ぶ」ではなく「能から学ぶ」です。もう少し丁寧に書けば、「能という世界最古の舞台芸術と、それを担う能楽師の経験から、ビジネスパーソンとしての学びを見つけ出す」講座です。かなりチャレンジなテーマにも関わらず26名の方に参加いただきました。

 

2時間半の前半で、生身の能楽師(観世流シテ方宮内美樹さん)の話を聞き質疑応答し、後半でグループに分かれて以下の「問い」について討議し、発表してもらいました。

 

1:現存する世界最古の舞台芸術といわれる能は、なぜ約650年もの間、日本人に支持され続けてきたのでしょうか?

グローバル化が進む現代において、今後さらに活性化するには何が必要でしょうか?また、そこから企業や組織は何が学べると思いますか?

2

能を鑑賞したり稽古することで、どのような能力がつく、あるいは呼び覚まされると思いますか?それはビジネスの世界でどのような意味を持つでしょうか?

 

なぜ宮内さんにご登場願ったかといえば、能楽界の内部にいながら、客観的に能を捉えることができる稀有な方だからです。

 ・8年間の社会人経験(キャリア官僚)の後、8年間の内弟子修行を経て独立

 ・男性社会における女性

 ・外国人に対しても指導(英語・フランス語)

 

グループ討議がどこまで深まるかが最も心配でしたが、ふたを開けてみると我々が予想していたより、はるかに深い議論をされ、またそれを全体でシェアすることで、さらに深い学びができたのではと思います。今回の受講者のレベルが皆さん高かったためです。能楽師という遠くの他者を提示し、対話の場をつくったことで、「他者の経験」から深い学びができることの手応えを掴むことができました。

 

さらに嬉しかったのは、能楽師の宮内さんもすごく学びになったとおっしゃったことです。こうした試みを続けていきたいと思います。

今年のカンヌ映画祭で、是枝監督がパルムドールを受賞しました。日本でも話題になりましたね。嬉しいものです。それに関して、いろ

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いろな報道がありましたが、私の心に残ったのは、審査委員長を務めたケイト・ブランシェットさんの映画祭を総括した「今年のカンヌは、インビジブル・ピープル(見えない人びと)に光を当てた映画が多かった」という言葉と、それに対する是枝監督の反応です。

 

是枝監督はこう応えました。

 

自分の作品も確かにそうだと思った。「万引き家族」は社会から排除され、取り残された人たちが、不可視の状態でそこにいる。発見されたときには犯罪者としてしか扱われない。「誰も知らない」の子供たちもそうだった。

 

そのことが彼女の「インビジブル」という言葉を聞いて、自分の中で言語化された。それまでは言葉にできていなかった。(中略)外から与えられた言葉で、自分の作家としてのスタンスがクリアに見える瞬間がある。有り難い。

 

そもそも「見えない人びと」に光を当てること自体、容易ではありません。スルーして何も見えないのは、自分が構成している主観の世界には存在しないからです。物理的には存在しても、主観の世界には存在していない。人はそのようにできているからです。

 

しかし、芸術家は異なる目を持っています。客観的に世界を見ることが得意なのです。だから、先入観や偏見にとらわれずに、客観的に見ることができるのです。ただ直観ではあるでしょう。

 

そして芸術家は直観的に捉えたものを、それぞれの表現手段(映画など)を使って表現します。

 

その結果、我々凡人も、芸術家などの視点の異なる他者と対話(映画鑑賞)して初めて「見えて」きます。

 

しかし、芸術家もなぜそれに自分はこだわったのか、自覚していないことも多いようです。是枝監督は「言語化」できなかった。言語化とは、具体の世界を抽象の世界に引き上げることです。今回是枝監督は、ケイト・ブランシェットさんから「インビジブル・ピープル」という言語をもらいました。なるほど、自分がずっと表現したかったことはそれだったんだ、と自覚できたのです。

 

今後、是枝監督は抽象化されクリアになった自分のこだわり。すなわちインビジブル・ピープルを、自分自身の主観の中に取り入れて、さらに豊かな映像世界をつくりあげていくことでしょう。

 

ここまで書いたのは、主観と客観、具体と抽象という二軸によるマトリクスの中をぐるぐる移動することの事例です。

 

私たちは、ひとりでは学ぶことはできない。(芸術家ではないとしても)視点の異なる他者と対話することで学んでいくのです。どんなものからも学んで成長を続ける人がいます。そういうひとは、このマトリクス上を高速度で回転しているのだと思います。

 

では、その原動力は何なのか?

 

世界をもっと深く知りたいという好奇心でしょうか?安易に自分を納得させて楽になろうとは思わない、自分自身に対するプライドでしょうか?

 

う~ん、まだよくわかりません。

「リアル」とは

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「リアル」とか「リアリティ」という言葉は、何を意味するのでしょうか?自分の眼に見えたものそのものが「リアル」なのだと、笑い飛ばされそうですが、本当にそうでしょうか?

 

カエサルが、「人は見たいものしか見えない」といったらしいですが、その通りだと思います。見えたからといってそれがリアルとは言えないですし、見えないものにリアルが宿ることもある。つまり、厳密に言えば、人は眼(網膜)で見るのではなく脳で見るのです。(これには最近の脳科学の研究で、様々な検証がなされています。)

 

先日、能「放下僧」を観ました。兄弟による父殺しの犯人への仇討ちがテーマです。路上で面白おかしく歌や踊りを披露する大道芸人(放下)に化けて、諸国を歩きまわり、やっとのことで仇を見つけます。兄弟はコミカルに謡い踊りながら、陣笠を深くかぶり用心する仇に少しずつ近づきます。コミカルな謡や踊りとかたき討ちがせまる緊張感のコントラストが、否応にも見物(観客)の気分を高めます。黒澤明の映画のようです。

 

しかしその瞬間、仇は陣笠をその場に置いて、ゆっくり舞台から去っていきました。慣れない見物は、きっと仇が気付いてこっそり逃げたと思ったかもしれません。

 

そして、残った陣笠に近づいた兄弟は、本当に一瞬の動きで置かれた陣笠の辺りに斬りこみました。殺気が感じられました。斬られる仇は実際にはそこにはいません。しかし、陣笠が仇の象徴となり置かれ、兄弟は「リアル」にはいないが、そこにいる(はずの)仇を斬り捨てたのでした。私には、ものすごいリアリティを感じました。斬り捨てられた仇の姿が見えたのです。

 

もし、普通の芝居のように仇役の役者がそのまま舞台に残り斬殺されたとしたら、どう見物には見えたでしょうか?斬られ断末魔の声をあげる役者にリアリティを感ずるでしょうか。多分、あまり感じないと思います。これが能独特の引き算の表現です。

 

能は、人は脳で観ることを熟知してつくられています。だからシンプルなのにリアルなのです。

 

芸術の多くは、つくり手の想いや感情、美意識を、何らかの媒体を使って「形」にします。絵画や彫刻であったり詩であったり演劇であったり。いわば膨大な想いを圧縮して、鑑賞者に届けるわけです。鑑賞者はそれを自分の脳の中で解凍して、つくり手の想いを受容する。こうしたコミュニケーションが、つくり手と鑑賞者の間でなされるのです。

 

このような関係性は芸術だけに限りません。人と人との間には、常にこの圧縮-解凍が繰り返されています。「リアル」とは、圧縮-解凍のプロセスで再現されることに対して捧げられる評価なのかもしれません。

 

リアルを感じるには、それなりの能力が必要だとも言えます。

現在ほど想像力の重要性が高いにも関わらず、それが理解されていない時代はないのではなあいかと思います。技術の進歩とは、人間が想像力を持たなくても生きられるようにするためにあるかのようです。技術の進歩が想像力を失わせ、そのためさらに技術が進歩していくというサイクル。

 

現在来日中のスピルバーグ監督が、映像クリエイターを目指す若者向けトークセッションで、「想像力はオンラインで買えるものではなく、皆が持っているものだ。想像力に対して心を開き、そこから物語が浮かんだら、それを書き留めて欲しい」と助言したそうです。

 

これは創る側だけでなく、観る側にも響くメッセージだと思います。

 

ところで、昨日、能「西行櫻」を観ました。言うまでもなく能は、観る者の想像力を必要とします。それがなければ、板の上でおかしな面をつけた老人が、よろよろ動いているとしか感じないでしょう。しかし、想像力によって、舞台はいか様にも変化します。

 

最後の場面です。

 

夜が明け初める頃、西行の夢も醒めつつあります。そして、西行とまみえた老櫻の精(シテ)は夜明けとともに消えていきます。

 

シテ  「花の影より。明け初めて。

地謡  「鐘をも待たぬ別こそあれ。別こそあれ。別こそあれ。

シテ  「待てしばし待てしばし 夜はまだ深きぞ。

地謡   「白むは花の影なりけり。よそはまだ小倉の山陰にのこる夜桜の。花の枕の。

シテ  「夢は覚めにけり。

地謡  「夢は覚めにけり嵐も雪も散り敷くや。花を踏んでは同じく惜む少年の春の夜は明けにけりや翁さびて跡もなし翁さびて跡もなし。

 

 

老櫻の精は、嵐や雪によって散ったかのような一面の櫻の花びらの上を、ゆっくり惜しみつつ歩きながら少しずつ透明になり、最後は消えてみえなくなる。その歩き消えゆく姿に、老櫻の精がまだ少年だった頃の姿が重なる。

 

このラストシーン、私にはそう観えました。観る人によって、きっとそれは異なることでしょう。しかし、確かに私にはそう観えた。

 

数十年の時間がそこに一瞬照射される。人間の無常観を見事に表現している傑作だと思います。演者の力はもちろんですが、言葉の力もすごい。


本当の芸術作品は、観る者になんらかのメッセージを直接与えるのではなく、間接的な刺激を与えることで観る者の内面にあるものを浮き上がらせるのだと思います。スピルバーグ監督が言った「想像力は皆が持っているものだ」との意味は、そういうことなのかもしれません。

 

しかし、日々の雑事にまみれて、人は内面の何か(想像力と呼んでもいいかもしれません)を認識することも発露することもできなくなってしまっている。だから、ときどきそれを解放することが必要なのだと思います。私にとっては、それが能や芸術作品に触れることなのでしょう。

 

文化主義の帰趨

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夏目漱石の小説を読むと、明治末期から大正初めの若い世代は、とてつもなく教養に富み、深くものを考えているように感じます。そういった知性的な人びとによって、大正デモクラシーは推進されたのでしょう。

 

しかし、大正デモクラシーと昭和初めの全体主義は隣接しています、というよりも重複しています。これは不思議でした。なぜ、知性や教養が盛り上がっていく時期に、同時に軍国主義が芽生え、やがてそれ一色に染まってしまうのか?そんな疑問を抱いきながら、昨日ある哲学の勉強会に参加しました。ぼんやりですが、その答えが見えた気がします。

 

 

1904年の日露戦争に勝った日本は、一等国として恥ずかしくない教養を身に付けることが奨励される雰囲気でした。その最前衛たる大学生や旧制高校生は、あきらかなエリート。そうしたエリートは、大衆に交わるべきではなく知の城に「籠城」すべきと考えられていました。

「第一高等中学校の生徒は、・・・日本を指揮すべき人びとなれば、俗世の大衆凡下との接触を断ち寄宿舎に拠りて真の指導者としての規律・倫理を身に付けるべし」(明治19/1886年 木下康次一高校長)

 

明治末期になると、より社会性を重視する方向も出てきます。その代表が、同じく一高校長も務めたクリスチャンでもある新渡戸稲造です。

「籠城主義もいいが、それは手段であって目的ではない。寄宿舎の窓を開いてもっと世の中に接し、社会的観念を養成して実社会に活動できる素地をつくれ」(明治39/1906)

 

世界にも目を向けた新渡戸の考えは、「修養主義」「人格主義」と呼ばれました。戦後の教育基本法にも、その思想が引き継がれたそうです。

 

その後、世界は第一次世界大戦(1914-1919年)による大きな影響を受けます。欧州での戦火により日本は戦争景気に突入。まさにバブル。しかし、戦争終結後の反動はその分大きく、日本は一転大不況へ。さらに、1923年には関東大震災、1927年には世界大恐慌。戦争景気で供給力が大幅に増強された日本経済は、そのはけ口として、大陸への侵攻を目指すことが期待されるようになります。そして満州事変が起こります。(昭和6/1931年)

 

一方、第一次世界大戦後の社会改造の要求に伴う世界的な不安によって、日本においても1919-1920年に思想動乱の絶頂がもたらされます。そこから、生活の根本の見直しが生じ、精神のあり方として文化への態度が重視されるようになりました。(「文化住宅」は1921年からつくられました)

 

この頃の思想は、「文化主義」と呼ばれ、和辻哲郎、吉野作造、阿部次郎といった今日でも有名な方々が盛んに発信しました。文化主義とは、文化の向上・発達、文化価値の実現を人間生活の最高目的とする立場・主張であり、ドイツの新カント学派の影響を受けています。

 

文化主義を説明する際には、以下の表現が使われることが多いようです。

批判主義的、反原理主義的、反理念優越性、反自然主義的、理性主義的、普遍主義的、目的性、価値性、人格主義、人道主義、自由主義、歴史性、統合性、全体性、反独占主義、反軍国主義

 

こうした、文化主義のいわばエリートから大衆への啓蒙の流れとともに、大衆からの自発的な展開も時を同じくして広まっていきます。大正初めには、早くもカフェ文化が始まり、1915年には日本橋三越開店、1919年には宝塚音楽歌劇学校が開校、1920年代に入ると大正デモクラシーの波に乗って、モボ・モガが街を闊歩するようになります。

 

このようにエリート発と大衆発のふたつの流れが文化主義にはありました。しかし、前者つまりエリート発の文化主義は、政府によって弾圧されていきます。1909年(明治42)には、反共産/社会主義の観点から新聞紙法が成立し、新聞統制が始まります。1911年には大逆事件、社会主義者幸徳秋水が明治天皇暗殺を謀ったとの捏造で死刑に処せられました。また、1919年には新聞言論統制が強化され、1930(昭和5)には、治安維持法違反で三木清が逮捕、いよいよ社会主義者ではない文化主義者まで拘束されていきます。

 

1932年には青年将校が5.15事件を引き起こし、犬養首相を殺害。1935年(昭和10年)には天皇機関説が排撃され、国体明徴声明がなされました。あとは敗戦までまっしぐらです。5.15事件の裁判では、多くの国民が加害者たる青年将校たちに同情的だったそうです。政党政治への失望と昭和恐慌による農村の疲弊が、大衆の既存体制への攻撃を促し軍部を支持するようになっていきます。

 

エリート発の文化主義は、格差が急速に広がる日本社会の中で、理想主義的で無力な存在だと失望されていったのではないでしょうか。政府の弾圧がそれに拍車をかけた。一方の大衆発の文化主義は、それほどは弾圧されず、文化主義自体は衰えても大衆は力を蓄えていきました。その力を、軍部と政治が、ポピュリズムを実行するための対象としてうまく利用していったようです。賢い文化的エリートが唱える文化主義は弾圧し、大衆の文化主義はうまく育て国家の意図通りに動くように飼いならし動員する。非常に賢い行動だと思わずにはいられません。

 

こうして、大正デモクラシーのもと花開いた文化主義が、見事にわずか15年の間に国家主義/軍国主義を導いたのです。バブルとその崩壊、不況、大地震、格差社会、政党政治の劣化・・・、なんだか現在の状況と似ているようで、薄気味悪くなります。

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