社会: 2011年10月アーカイブ

日本の田舎は宝の山―農村起業のすすめ
曽根原 久司
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荒れ果てた耕作放棄地での開拓作業が、都会人にとってはリフレッシュの機会にもチームビルディング研修にもなる。全く異なるもの同士を、ある意図を持って結びつけることで、数百倍もの価値を生みですことができることを実践で証明し続けているのが、著者の曽根原さんです。優れたプロデューサーの才と啓蒙家の才を併せ持つ方のようです。

 

農村と都会を結ぶNPOというと、いかにもありがちじゃないですか。例えば、都会の人を集めて田舎で田植えのボランティしてもらうとか。それは、あくまで善意に基づく無償の役務提供という枠組みでしかありません。持続性がないのです。ところが、ストレスフルな都会人を元気にする活動と言い換えただけで、ビジネスに成り得ます。つまり持続性が生まれる。ちょっとした発想の転換で価値が生まれる。

 

私の周囲でも都会で働きながら田舎暮らしをしたいと考えている人は数多くいます。しかし、様々な障害があるのも事実です。ニーズがあっても障害が多く実現困難という状況は、ビジネスチャンスがあるということです。そうは考えず、では公的支援を使ってだとか地元の人の善意の協力で、というような発想をしては大きな流れにはなりません。シーズとニーズが存在するのですから、それが自律的に結びつくプラットフォームをつくれば、そこで新たな価値が生まれビジネスにもなり拡張サイクルも築けるはずです。三菱地所グループと曽根原さんのNPO法人「えがおつなげて」と山梨県との提携関係は、その先進事例でしょう。

 

 

日本には数多くの限界集落があります。そこの高齢化比率は非常に高く、そのための公的負担が大きな問題となっています。だから、限界集落から都会の近くに新たにつくったコンパクトシティに転居させ、効率化を図るべきとの意見もあります。商店も病院も近くにあって高齢者にとっても便利だといいます。津波や原発事故で住めなくなった住民のためにコンパクトシティをという意見もあるようです。被災者も避難者も限界集落住民も、そんな便利さを望んでいるのでしょうか?湾岸や幕張あたりの埋め立て地に築かれた街には、人間のにおいがしません。人が望むのは効率的で機能的な街ではなく、雑然としてはいても人々の暮らしの歴史が積み重なり、それがにじみ出ている街だと思います。東京で人気のあるのは、下北沢にしても吉祥寺にしても谷根千にしてもそんな街です。裏通りのない街では、決して寛げません。(下北沢では効率化の街づくりを進めようとしていますが・・)

 

もう効率化、機能重視といった供給者の論理(列島改造論の残滓)はやめて、人々が精神的に暮らしやすいかどうかという軸を中心に据える必要があるでしょう。そしてそうなったとき、日本の田舎がいかに暮らしやすいか、どれだけ素晴らしい宝の山なのかを再認識することでしょう。それがわかればビジネスベースでも大きく動き出すはずです。

 

「どういうわけか都市でビジネスをしていた人も、農山村に来ると、マインドが農山村的になってしまいがち」だそうです。そんな中、曽根原さんは両者のマインドを併せ持って、ある意味当たり前の考え方(なぜかそれが難しいよう)で起業し、ここまで育ててきたのでしょう。ここには世界をも変えうる、大きなフロンティアがあるような気がします。

経済運営の肝は、いかに節度を持って中庸を意識するかだと思っています。加熱しすぎた景気は金利引き上げなどで冷やすべきですし、好景気に浮かれる企業は転換点を冷静に予測し過剰在庫を持たないようにする必要があります。また個人レベルでも、例えば株取りにおいての損切りの売却や利益確定の売りも、行き過ぎを戒める歴史の知恵でしょう。良すぎる状況も悪すぎる状況もいずれ反転するのは歴史が証明するとおりです。ただ、そのタイミングを判断するのが、感情すなわち欲をも持つ人間にとっては難しいのです。

 

「好ましい状況は、このままずっと続くと思いたい」と多くの人は考え、さらに多くの人々は「いつか爆発するだろうが、今ではない」と根拠のない自信を持つ。こういう人々が過半数を超えれば、それへの反論は「意気地なしのぼやき」とレッテルを張られ、退けられることになるでしょう。

 

80年代後半の日本のバブル、90年代後半のアメリカのITバブル、00年代のアメリカの住宅バブルとそれに付随する高レバレッジ経済化、さらには2002年ユーロ創設後のユーロ圏内南方諸国におけるユーロメリットによるバブルとそれに便乗した北方諸国の大銀行の貸付競争、全て「欲が目をくらませた」ことが引き起こした人災です。

 

東日本大震災によって露呈した、日本の原子力ムラの実態も、ある意味この程度の被害で表に出て良かったのかもしれません。さもなければ、欲の続く限り行きつくところまでいったでしょうから。

 

大きく成長している時には見えなかった綻びが、低成長ないしマイナス成長となった時点で一気に見えてくることは、どの世界でも常識です。だから無理してでも成長しようとするのですが、それがさらに傷を広げる構造です。そのエンジンはやはり「欲望」です。高成長環境において、欲望は幸福を拡大させるパワフルなエンジンです。しかし、低成長となったら、それは不幸を拡大させるエンジンにもなりうるのです。

 

したがって、成長の構造的転換点を冷静に見定めることが何より重要になります。感情を排してクールに。もし、見定めることができたら大きく様々

houkatu.jpgな仕組みを組みかえる、あるいはギアを入れ替えることが必要です。その役割は、国家であれば政治家、企業であれば経営者です。我欲を持たず客観的に自社会も組織も見透す、そんなリーダーがいるかどうか、最後はそこにつきます。

 

EUでは、各国首脳による10時間もの議論を経て、包括合意がまとまったそうです。それがどれだけ効果的なものなのか、さらにどこまで実行できるのかはわかりません。しかし、長い歴史の知恵を育んできたEUの努力が、過去20年以上続いた資本主義ではない「欲本主義」を修正させるための第一歩となってほしいと切に願います。また、福島第一原発事故も・・・。

ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)
山口 誠
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先月のヨーロッパ旅行のために久しぶりに「地球の歩き方」を買いました。しかも、ドイツ編、チェコ編、イタリア編の三冊も。三冊も持ち歩くことができないので、なんか不便だなあと思いながら、それぞれから必要な都市の部分を切り取り持参。学生時代の海外旅行では「地球の歩き方」は必携でした。しかし、その後何度も遊びで海外旅行をしましたが、考えてみればそれを買ったのは学生時代以来かもしれません。

 

今回本書を読んで「地球の歩き方」などのガイドブックの変遷を知り、そこから日本人にとっての海外旅行の意味合いの変遷を知ることになりました。ほとんど意識していませんでしたが、確かに海外旅行の変化は日本人の意識・行動変化の一側面を如実に表しています。本書は、なぜ最近の若者は海外旅行に行かなくなったのか、という疑問から書かれたものですが、一方で旅行ビジネスの栄枯盛衰の書としても読めます。

 

今回三冊も買わなければならなかったのは、ガイドブックが一国を旅行することを想定して出版されているからでした。学生時代は「地球の歩き方 ヨーロッパ編」一冊ですみましたが、国ごとに分冊になったのは、少しでも詳しく多くの情報をという読者の要望に応えたことと、分冊によって総売り上げが増えるからだと勝手に思っていました。しかし、どうやら本当の理由は違うようです。かつては数カ国周遊する旅行者向けのガイドでしたが、近年は多くの国々を「歩く」旅行者は激減し、逆の増え続ける短期でひとつの都市だけを訪れ「買い・食い」を目的とする旅行者向けにシフトせざるを得なかったからのようです。

 

なぜそうなったのか、そこまでのプロセスを本書は丁寧に解説しています。社会環境と旅行者の意識の変化、さらには旅行業界の業界構造変化の相互作用です(詳細は読んでのお楽しみ)。その結果ここ10年で20代の出国者が半減となるに至っています。ちなみ日本人の出国率は他国と比べて突出して低くなっています。2007年日本人13.5%に対して、韓国は27.5%、台湾39%、G8平均52.3%です。これは驚くべき数字です!

 

「買い・食い」中心の旅行は今後も続くのでしょうか?本書の最後に、「歴史と文化の循環」としての海外旅行が暗示されています。名所を確認するための旅行ではなく、歴史と文化を味わいそこからなんらかの刺激や学習を得る旅行といえるでしょうか。シニア層向けのツアーに体験を謳うものが目立つような気がしますが、それもあくまで「日本を持ち込みながら」の疑似体験でしょう。

それは、日本人団体によって「日本を持ち込み」ながら、では不可能です。現地の文脈に身を浸しながら味わう旅行、旅行が目的ではなくそこでの体験、経験が目的であり手段としてする旅行、それが成熟した大人が行う観光旅行ではないでしょうか。

 

そこでの体験は「ホンモノ」との対話といえます。「ホンモノ」は何と言っても圧倒的な情報量を持ちます。例えば美術館で観る宗教画と、もともとそこに置かれていた教会で観る宗教画では、まったくそこから感じるもの、すなわち自分と絵画との対話の豊かさは異なるのです。今後はその意味合いがますます評価されると思います。

 

考えてみれば、これは海外旅行に限らず国内旅行や、国内の余暇の過ごし方全般に言えることです。成熟した国、日本にとって「ホンモノ」との対話こそが、人々を豊かにするための必要条件ではないでしょうか。日本経済にとっても、その促進は非常に大きなテーマだと考えます。

 

DVDで映画を観るのではなく、映画館で観ることが「ホンモノ」です。なぜなら映画は大画面の映画館で観ることを前提につくられているからです。また、音楽もコンサートホール(ライブ会場)で聴くのが「ホンモノ」です。iPodの普及はコンサートホールに足を運ぶきっかけとして有効でしょう。(マドンナの姿勢がいい例)

 

 

ところで海外旅行に話を戻せば、現在の「激安!!香港3日15000円」といった旅行会社のスタイル(HISが主導しています)は、長い目でみれば自分たちの首を絞めているといえます。このままでは業界は滅びかねません。新しい旅行のスタイルをどう見つけ、育てていくのか。業界発展モデルとしても、興味深くフォローしていきたいと思います。本書は、そういった知的刺激を与えてくれる本です。

5日、スティーブ・ジョブズは亡くなりました。彼はかつて、「マッキントッシュというPCはどういう特徴か?」と記者に質問され、「マッキントッシュはマキントッシュだ!」と回答したそうですが、「スティーブ・ジョブズはスティーブ・ジョブズだ!」と世界中に知らしめてこの世を去っていきました。昨日依頼、世界中で多くの人々が彼について語り書いています。ビジネス界においてこんな存在は、後にも先にも彼だけでしょう。私も少しだけ語ってみます。

 

私が初めてPCを買ったのは1988年、NEC製でした。本当はビジネススクールの同級生が持っていたマックが欲しかったのですが高くて買えず、タテ型で形が少しだけマックに似ていたNEC製のあるPCを仕方なく買ったのでした。しかし、その時既にジョブスはアップルを追われていました。もう私にとって伝説の人でした。

 

そして卒業後、コンサルファームに入社した1990年、「マッキントッシュSE/30」を晴れて購入、愛用しました。その躯体もキーボードもShape

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美しく、うっとりしたほどです。3年でコンサルファームを辞め、SE/30とともにベンチャー立ち上げに加わりました。当時5人しか社員はいませんでしたが、社内のPCはマックで統一しました。今思えばただでさえおカネがないのに、値段の張るマックで統一したのは、こだわりと愛着以外の何ものでもありません。自宅にも「Macintosh Performa 588」を買いました。90年代半ば、自宅からオフィスのサーバーにリモートアクセスできたのは、画期的だったのではないでしょうか。しかし、その頃のマックには以前のような愛着は持てなかったように思います。


そうして、その後のウィンドウズの攻勢にはあらがえず、あるとき一斉にウィンドウズに切り替えたのです。あの時の残念さは今でも忘れません。初恋の人が落ちぶれて行く姿をみるのに我慢できなくなりその街を離れた、そんな感じでした。ジョブもアップルを追い出され、NeXT、そしてピクサーとさまよっているようで、アップルとともに、ジョブズもこのまま消えていくのか・・。ソニーがアップルを買収するのでは、との報道もありました。

 

その後、しばらくアップルとジョブズのことは忘れていたのですが、97年なんとジョブズが暫定CEOとしてアップルに復帰、たまげました!その後の、iMac,iPod,iPhone,iPadの大攻勢には目を見張りました。でも、個人的に買ったのはiPodだけ、一度離れた後ろめたさなのか、手を伸ばせないでいるのです。でも、ジョブズへの興味はどんどん増していきました。スタンフォード大学卒業式のスピーチには痺れました。そして、どうしてジョブズのような人間が出来上がったのかに興味がわきました。


たまたま昨年、友人が経営する会社の若手研修を個人的に頼まれ、ジョブズの半生(ほとんど全人生となってしまいましたが)をケースとしてディスカッションしました。その際、資料を集めて彼のケースを作成しました。それは、楽しくかつ興味深い作業でした。昨日今日の報道は、まるで彼を神様のように扱っています(ますますそうなるでしょう)が、陽の部分と同じくらいの影の部分を持っています。例えば倒産しかかったアップルに立て直しのため招かれたのではなく、かなりあくどいこともして強引に復帰したのです。

 

でも、(近くからでなく)遠くからひいてみれば、言うまでもありませんがやはり彼は偉大な人でした。若くして優れたビジョンを持っていたようにいわれますが、私はそうは思いません。ただ、瞬間瞬間の直感が異常に冴えていた。それは彼が信奉していた禅にも関係あるかもしれません。それに加え、直感を信じ執着する人並み外れた強い自負心を持っていた。直感も自負心も、その最大の敵は「常識」です。徹底的に常識を嫌ったのだと思います。それが「stay hungry stay foolish」の意味でしょう。

 

彼のような個性が、結果として世界一の企業をつくり上げた、この事実は非常に重いですし、忘れてはならないと思います。アップルのジョブズではなく、ジョブズはジョブズなのです。

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