社会: 2013年8月アーカイブ

明治時代初期に東大に招かれた米動物学者モースは、「日本には貧乏人がいるが、貧困は存在しない」と言ったそうです。当時の欧米の都会では、「レ・ミゼラブル」に描かれたような、人間の尊厳を奪われた労働者が多数存在しました。しかし、日本では貧乏人も楽しげで活き

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活きしていたのでしょう。落語の熊さん、八つぁんの世界です。志ん生に、「びんぼう自慢」という著書があります。つい、数十年前までは、モースが観察した社会が残っていたのかもしれません。

 

では、現在はどうでしょうか?一億総中流は遥か昔のこと、ワーキング・プアという言葉に代表されるように、貧乏は増えているようです。さらに問題なのは、貧困が増えていること。貧乏と貧困の差は、人間としての尊厳が守られているか、希望を少しでも持っているかどうかにあるように思います。

 

少なくとも日本では、国民の法的な意味での尊厳は守られているという建前です。しかし、尊厳とは誰かから与えられるものではなく、自分自身の心のありようによるのだと思います。他人から見てどうかではなく、自分自身の心の問題。それは希望も同じです。

 

そんな心のありようを考える上で、二軸が思いつきました。ひとつは、経済的自由度の高低。もう一つは、精神的自由度の高低。貧乏とは、経済的自由度は低いかもしれないが精神的自由度は高い人のこと。貧困はどちらも低い人。

 

経済的自由度は、持っているお金の量との関連が高いことは言うまでもありませんが、それだけではありません。自分で満足と思えるだけのお金の量との比較で感じる自由度が決まる、すなわち金銭的欲望の大きさが大きな要素を占める。

 

一方の精神的自由度はちょっと難しいですが、自分がコントロールできる時間の多さと関係が深そうです。時間がたっぷりある、ということではありません。偏見や常識に囚われない「自分の意思」があることが前提で、その上でその意思に叶うように時間を使いこなすことができる人、それが精神的に自由な人と言えるのではないでしょうか。

 

多くの日本人は、経済的自由度はそこそこ高くとも、それに見合った精神的自由度を持っていない気がします。言い方を変えれば、精神的自由度を犠牲にしてまで、経済的自由度を追い求めている。

 

先日、今話題沸騰のドラマ「半沢直樹」を初めて観てみました。権力を持たない水戸黄門の現代企業版、という印象を持ちました。半沢に懲らしめられる敵役は、経済的自由のために精神的自由を放棄しまった人のようです。また敵役にいじめられる小市民的銀行員も、表現方法は異なりますが、経済的自由を優先する構造は同じです。ヒーローたる半沢は、黄門さまのような権力は持たないにもかかわらず、経済的自由と精神的自由の両立を図っている。半沢は、経済的欲望が比較的低いのかもしれません。だから、両立が叶う。

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そこに庶民は留飲を下げるとともに、自分のできない代償行為に満足感を味わっているように感じました。「できない」こととは、上司にたてつくことではなく、経済的自由度を失うかもしれないリスクを精神的自由度のためにとること。それほど我々は、経済的欲望から逃れられないのでしょうか。

 

そこまで経済的欲望が最重視される世相の中では、貧乏=貧困と感じてしまいがちです。高度資本主義社会では、全てを市場取引の対象、すなわち商品に変えてしまう。商品は、価値を定量的指標で表現できなければなりません。そうして高いか低いかの上下関係が示される。高いものが偉く、低いものは偉くない。無理やり数字で示し、それで価値を一方向から決めていく。

 

測れるものしか重視せず、基準はすべてそこに収れんする。こういう風潮は、貧困の背景にあるように思いす。それに対抗するにはどうすべきか。物差しは一つではない。いろいろな物差しがあって、どの物差しを選ぶかは自分の意思で決める、それを良しとする社会にしていくべきだと思います。(その文脈で、芸術の果す役割は大きいと思います)

 

もうひとつ。なぜ明治初期までの貧乏人は、貧困にならずにすんだのか。それは、助け合う共同体があったからでしょう。近代化とは、経済的欲望が徐々に重視されていく過程であり、一方では共同体が解体される過程です。共同体の中で、最後まで残ったかに見えた「会社」共同体も、グルーバル化のもとではもはやその維持も難しくなってきています。仮に経済が栄えても精神が荒廃してしまえば、日本や日本人には何の価値もなくなってしまうのではないでしょうか。

 

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