なぜベンチャーが育たないのか

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「ベンチャーを育てる教育」というタイトルのエッセーが、昨日の日経夕刊に掲載されていました。元内閣府事務次官の松元崇氏によるものです。

 

一部引用します。

「日本のベンチャー投資実行額は、(中略)米国のわずか2%という数字に愕然とさせられるが、その背景にあるのは日米の教育の違いだ。私はかつて米国スタンフォードビジネススクールで学んだが、その時最も人気のあった科目はベンチャー企業経営。(中略)そういった学生を育てる教育が、7.1兆円のベンチャー投資を産んでいるのだ。」

 

日米でベンチャー投資の規模に大きな差があることは明らかです。その背景(原因ではなく)に教育の違いがあることにも賛成します。しかし、そこでの「教育」は初等教育ではなく高等教育、なかんずくビジネススクール教育にあえて焦点を当てているのには同意できません。もちろんビジネススクール教育による影響もあるでしょうが、それが最もインパクトが大きいのでしょうか?私には付け焼刃、対症療法にしか思えません。

 

「(中略)では国がやればいいかというとそうもならない。そんなエリート教育よりも、授業についていけない子供をなくす教育のほうが先だとなるからだ。だが、ベンチャーを育成する教育は、いわゆるエリート教育だろうか。(中略)失敗にめげない人材、再チャレンジする人材を育てる教育があってもいいはずだ。」

 

授業についていけない子供をなくす教育も、再チャレンジする人材を育てる教育もどちらも大切です。松元氏はベンチャー教育への政策的(税金による)資源配分をもっと増やすことを主張しているようですが、果たして国が税金を投入してするようなことでしょうか?その資源投入による費用対効果が高いと考えているのでしょうか?そもそも国が介入するべきことなのでしょうか?私は費用対効果の面からも、国がやるべき(国でしかできない)ことは圧倒的に、授業についていけない子供なくす教育だと考えます。

 

日本でベンチャーがなぜ育たないかという議論は、もう二十年くらい延々と続いています。私の考えはシンプルで、日本において起業は「割に合わない」からです。つまり、リスクとリターンの関係でいえば、起業はハイリスク・ミドル(ロー?)リターンであり、一方大企業正社員はローリスク・ミドルリターンだと考えます。そうであれば、起業するのは相当の変わり者です。

 

昨日朝日朝刊の論壇時評に、小熊慶応義塾大学教授が面白い思考実験について書いています。

 

「その政策とは、時間給の最低賃金を、正社員の給与水準以上にすることだ。なお、派遣や委託その他、いわゆる非正規の働き方への対価も同じように引き上げる。(中略)『正社員よりも高いなんて』と思うかもしれない。だが、仕事内容が同じなら、正社員の方が高い根拠はない。むしろ非正規は、社会保障や雇用安定の恩恵(コスト)がない場合が多いから、そのぶん高くていいという考え方をしてみよう。」

 

さっきのリスクとリターンの関係を適用してみると、現在正社員はローリスク・ミドルリターンであり、仕事内容が同じ非正規はハイリスク・ローリターンです。だから、正社員を辞めることは非合理です。(だから、ブラック企業なんぞが存在してしまうのでしょう)小熊教授は、そのおかしな前提を疑ってみようと言っているわけです。

 

非常におおざっぱではありますが、現在の日本においてもまだ合理的な行動は大企業正社員になることであり、起業や非正規を選ぶことは非合理的行動なんです。

 

大企業正社員の中でも相似の構造がありました。少し前までは(今はよく知りません)、規制で守られた金融機関や放送局は、その他の一般企業よりも給与水準が高かった。まさに、ローリスク・ハイリターンだった。これも変です。合理的に考えたらありえない。(お役人は一応表面的にはローリスク・ローリターンだった)セグメント間の移動が不自由だとしたら、これは一種の階級社会です。

 

こういった、自由な市場経済が機能しない社会で、どんな高等教育をしたところで、ベンチャーが育つはずがない。戦後復興期にソニーやホンダが出現したのは、起業の機会費用(大企業正社員が得、それを選ばないのは損)が戦争で消滅したからでしょう。バブル前より低下したものの、現在もまだ機会費用は明らかに存在しています。

 

小熊教授は続けます。

「では、最低賃金を時給2500円にしたら、日本社会はどう変わるか。(中略)正社員にしがみつく必要がなくなる。研修やスキルアップ、社会活動や地域振興のため、一時的に職を離れることが容易になる。転職や人材交流が活発化し、アイデアや意見の多様性が高まる。起業やイノベーションも起きやすくなり、政界やNPOに優秀な人材が入ってくるようになる。」

 

ベンチャーが育たないのは、日本人の特性でも高等教育のためでもなく、構造の問題なのです。構造改革とはこういった構造にメスを入れることなのだと思います。このような環境ができて初めて、ベンチャー教育の意義が生まれます。本質的原因に切り込まないで、補助金などの対症療法しかしない政治で、日本が変われるはずがありません。

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このページは、ブログ管理者が2017年3月31日 11:36に書いたブログ記事です。

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