社会: 2011年11月アーカイブ

TPP交渉への参加をめぐり、政治家や官僚、マスコミ、各種業界団体の発信が目立ってきています。これまで、何度見てきた光景でしょうか。またかという気がします。つまり、日本の国のかたちを左右するような非常に重要なテーマにもかかわらず、その議論のプロセスが見えない、あるいはあえて見えなくしているとしか思えない風景が、毎度繰り広げられているからです。日本のこと、この分野の人々には、議論の作法を心得ているとは思えません。

 

 

今議論すべきは、「TPP交渉へ参加すべきかどうか」のはずです。TPPとは自由貿易を促進することが大目的なのですから、自由貿易を推進する立場の日本は、当然原則としてTPPを支持すべきです。

 

ただし、それは国益にかなうとの条件つきです。したがって、国益にかなわない、つまりデメリットのほうが大きくなる蓋然性が明らかに高ければ、交渉に参加すべきではありません。しかし交渉反対派は、それを国民に納得させなければなりません。そのためには、以下の1)か2)を証明する必要があります。

 

1)TPP交渉に参加することはすなわち国益を損ねることである。なぜなら、TPPによって、現在の日本の状況より良くなる可能性はまったくないからだ。(それだけ現在は理想的な状況である)

2)交渉に参加した場合、日本政府の交渉力は劣るので、最終的には必ず悪い条件をのまされるに違いない

 

これを証明するのは至難の業です。

 

逆に交渉推進派は、メリットを国民に納得させる必要はありません。なぜなら交渉参加すなわちTPP締結ではないからです。国益に叶う可能性が少しでもあるのであれば、その機会から逃げることこそ機会損失を発生させるわけですから、即国益に叶わない行為とみなされます。

 

交渉推進派が、早めに参加すれば日本に有利な規則がつくれるとか、中国への対抗軸をつくれるとか、いい加減な推測に基づく交渉参加理由を言い出すもだから、おかしな議論となってしまうのです。推進派が主張すべきは、堂々と国益を追求する機会に参加するのだということでしょう。

 

 

とはいえ、彼らも国益とは何かの意見集約できていないのですから、腰が引けてしまうのも、むべなるかな・・、ですが。

 

日本は現状のままでいいと思っているひとはいないでしょう。黒船が来ないと変われないのは日本民族の性なのですから、TPP交渉参加という状況に自らを追い込んだ上で、本気で国益議論を、たとえ日本が分裂の危機にさらされようが、これからの日本のかたちを決めていくべきだと私は考えます。江戸城は無血開城されました。日本人は賢明な民族なのです。

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