組織の能力: 2014年5月アーカイブ

組織能力構築の3つめの方法、「社内の他組織とのかかわりによっての事例を述べます。


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グローバル企業であるX社の日本法人は、選抜された次期事業部長候補25名に対する一年間にわたる研修を実施することになった。表面的な目的は、事業部長としてふさわしい経営能力を身に付けさせることだ。しかし、本質的な目的は組織能力構築にあった。

 

X社は、多くの事業部からなるグルーバル企業である。日本X社(以下XJ)の経営陣は、日本市場での成長責任を負うわけだが、各事業部の自律性が高くXJとしての連携に欠ける。ご多分に漏れず、米国本社からの事業部コントロールが強いのだ。そのため、日本の競合企業に対して劣勢を強いられている。XJ経営陣は、事業部へ連携をはたらきかけるものの、米国本社の意向を優先させてしまい、なかなか連携できない。結果として、シナジーも生み出させない。

 

この構造では、事業部のリーダーは育ったとしても、XJの経営陣となれる人材の育成は困難だ。そのため、優れた業績を上げた事業部長ですら経営陣に抜擢することも難しく、結局本社から経営陣を招くことも続いていた。このような状況では、日本市場での成長は難しいため、XJの本社における存在感も徐々に低下している。

 

XJのトップもしばらく本社からきていたが、現在は日本人が社長を務めている。このような状況に危機感を抱いた現社長が、この研修プロジェクトの実施を指示したのだ。


XJ経営陣の真の目的は、以下三点だった。

1)XJからグローバルに活躍できる人材が継続的に輩出する仕組みを構築する

2)各事業部が連携して日本市場を攻略できるようなXJの組織文化を醸成する

3)具体的に事業部の壁を越えた新事業を開発する

 

研修の内容は、対象となるテーマ(財務、マーケティングなど)とも以下4ステップで構成された。

1)知識は事前に指定された課題図書でマスター。事前試験の合格が受講の条件

2)集合研修の第一ステップは、基本フレームワークを概観するセッション

3)第二ステップは、ケースメソッドで思考ツールを適用させてみる

4)第三ステップは、実践として自社の実際のビジネスに適用させてアウトプットを作成させる

 

重要なのは第三ステップです。たとえばマーケティングであれば、ある事業部の製品を取り上げて、その製品の販売をさらに拡大させるためのマーケティング戦略を他の事業部のメンバー(全5名のグループワーク)とともに策定し、クラスで発表します。グループ内はもちろんクラスでも盛んな質疑応答が繰り広げられます。普段は他の事業部の活動に触れる機会がないメンバーは、研修の場ということもあり、純粋な知的好奇心が刺激されるのです。


また、このような場であればこそ、そのテーマの専門家である講師の的を射たコメントやアドバイス(②「外部とのかかわり」です)は非常に有効に刺さります。そうして、こういった議論を通じて知ることで、他事業部への関心が高まり、何か連携できないかと考えるようになります。単なる人間関係づくりではなく、お互いに学びあえることを知り、連携することのメリットも実感できるのです。

 

このサイクルを、数多くのテーマで繰り返していきますので、最後には既存の壁を越えた新規事業開発提案に関しても本気になっていきます。一事業という視点から大きく視座を上げて、最終的には経営者の視点で企業全体を見ることができるようになります。そして、こういった研修を毎年繰り返すことで、経営人材の母数がどんどん増え、新しい組織文化とともに経営に関する共有言語が組織に浸透していき、当初狙った3つの真の目的が達成されていくのです。

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今回は研修をひとつの事例として、社内の他組織とのかかわりを中心とした組織能力構築の例を示しました。当然のことながら研修は、「個人へはたらきかけ」でもあり、最初の回に述べた「②リーダーシップ開発」です。また、「①リフレクション」の効果も大きい。さらに、研修を通じて新たな経営チームを組織化していると考えれば「③組織開発」でもあるのです。「④組織能力構築」は単独でなされるのではなく、他のアプローチと合わせ技でなされるべきというのは、このことです。個人と組織(事業部門と企業)は入れ子状になっているため、それを踏まえた働きかけを考える必要があるのです。


組織能力構築とは、集団に対してはたらきかけ、新たな知識やスキルを獲得していくことと定義しました。では、どのようにそれを実現するのか。

三つの方法があります。

1)業務のルーティーンに学習機能を埋め込むことによって

2)社外の組織とのかかわりによって

3)社内の他組織とのかかわりによって

 

まず1)から説明しましょう。通常、業務のルーティーンワークは、普通退屈な単純作業の繰り返しだと思われがちです。しかし、組織能力の高い企業では、ルーティーンそのものに学習機能が埋め込まれています。普通に仕事することそのものが組織としての学習であり、組織能力構築がなされるのです。その代表選手は、セブンイレブンジャパンです。機会損失の最小化という「駆動目標」に向けて、各店舗のアルバイトを中心に仮説検証を繰り返すことが、仕事そのものになっています。セブンの店舗で三か月バイトすると世界経済を語るようになる、という話があるくらいで、組織の能力が日々高まっているのです。


また、もう一つの代表選手はトヨタです。トヨタ・ビジネス・プラクティス(TBP)とよばれる「仕事の進め方」を、全従業員が叩き込まれるそうです。張前会長は、「TBPはトヨタ社員全員のための標準語であり共通語だ」と語っています。TBPの詳細はここでは書きませんが、問題解決の8ステップであり、個人の問題解決活動を組織の記憶として定着させ、それを他部門にも展開していく活動です。それが、日常業務に完全に組み込まれているのです。

 

2)はルーティーンではありませんが、否応なく他社と仕事をすることで組織能力が構築される活動です。先のトヨタの例でいえば、取引先はトヨタと取引することで組織能力が磨かれます。私も、少ないトヨタとの取引経験を通じて実感しています。また、他社との共同事業、資本提携、合併などの公式なインタラクションを通じても、学ぶことは非常に多いのです。他企業から学ぶために、そういった施策を取ることもあります。


他企業以外にも、外部の専門家とのかかわりを通じて組織能力を高めることも、もちろんあります。ある組織が雇うアドバイザーは、その典型です。一般にコンサルタントは依頼を受けた問題を解決しますが、アドバイザーは当該組織が自ら問題解決をする活動を外部から支援します。正直にいえば、コンサルタントは組織能力構築にはあまり役立ちません。一方、アドバイザー(プロセス・コンサルタントも含みます)の役割の多くは組織能力構築だと考えるべきでしょう。(実際そのあたりの役割定義は曖昧に捉えられているようです)


もう一つは、研修講師という専門家とのかかわりです。優れた講師は、当該組織へ有益な知的刺激を与えることに長けています。そういった講師の能力を引き出すような研修の設計をすべきです。

 

最後の3)は、社内の他組織とのかかわりです。これは非常に効果が出やすく、かつ比較的容易に取り組むことができます。CFTのような部門横断プロジェクトが有名ですが、研修をそのような目的で使うこともできます。部門横断プロジェクトは、その実施に対するハードルが高いのがネックになりがちです。オフィシャルにそれを実行するには、トップの強いリーダーシップが求められるからです。その点、研修は部門トップの協力も得やすく、ハードルが低いのです。研修をそういった目的で戦略的に仕掛ける企業も増えてきています。次回はその事例を書いてみようかと思います。

経営環境の不確実性が高まることは、組織能力を高めることの重要性を高めることになります。それに異論をはさむ人はいないでしょう。ではどうやって組織能力を高めるのか。理屈がありそうでありません。またどの部署がそれに責任を負うかも曖昧で、どの企業も試行錯誤。これが日本の企業の多くの現状でしょう。

 

これには理由があります。

1)集団が自律的に秩序を維持する傾向が強く、あえて組織化や組織効果性向上のための施策を検討する必要性が高くはなかった(一緒に飲めばなんとかなる)

2)組織に属する個人を長期的に育成することで、結果として長期的な組織の能力が高まっていた

3)確実性の低い経営環境では、上記のような前提を所与とした経営システムが長期的な組織能力を高めることに成功した

 

一言でいえば必要なかったのです。しかし、不確実性は高まり、また構成する個人の同質性も以前に比べれば低くなってきています(それでもまだ高いが)。そこで、組織能力を高めるための意図的な活動が必要になってきていると考えられます。その際の枠組みを考えてみました。

 

一軸は、はたらきかける対象です。集団か、それに属する個人かです。社内研修を社員の集団に実施するとしても、そこに他社の社員が混じってもほとんど問題ないような研修は、集団ではなく個人を対象としたものです。社外の研修機関への派遣も当然個人対象です。集団にはたらきかけるとは、その集団でなければならない理由が明確にある場合です。

 

もう一軸は、組織能力を高めるためのアプローチです。ひとつは、対象の潜在能力を顕在化させることで能力を高めるアプローチ。もう一つは、新たな知識やスキルを付加することで対象の能力を高めるアプローチ。ただし、必ずしも明確に線引きできるものでもないでしょう。

 

この2軸により、「個人X顕在化」、「個人X新たな知識」、「集団X顕在化」、「集団X新たな知識」4つのセグメントが規定されます。私はそれぞれを、①「リフレクション(気づき)」、②「リーダーシップ開発」、③「(狭義の)組織開発」、④「組織能力構築」と呼んでいます。

 

日本企業の従来型の組織能力向上への取り組みは、個人へのはたらきかけと先に述べました。つまり、①と②です。OJTとは、上司が部下に知識を伝授することよりも、部下の気づきを促すことにその重点があったと私は考えています。(この峻別は非常に重要)従って、①により長期的な人材育成を行い、結果として長期的に組織が強くなっていく。また、管理者教育を丁寧に行うことで、管理者が責任を担う組織の強化を促してきました。近年その教育内容は、管理者教育ではなくリーダーシップ開発を呼ばれるようになりました。「管理からリードへ」といったところでしょうか。いずれにしろ、集団の能力向上をそこのトップ(長でもリーダーでもいいです)の個人技に依存するという点では変わりません。

 

このような個人へのはたらきかけでは、すまなくなってきているのが現在の多くの日本企業です。だから最初に述べたように、試行錯誤しながら困っているのです。そのため、やっと最近組織開発という言葉が、一般の経済誌に少しずつ登場するようになってきました。(昨年末には、日経朝刊で金井先生が「組織開発の最前線」として、10回にわたって連載しました。)

組織開発という用語は、様々な解釈があります。先の連載の冒頭、金井先生は以下と定義しています。

組織開発とは、職場を望ましい方向に変える技法、これを支える応用理論体系、それらの基礎となる人間主義的な価値観の総称だ。

わかったようなわからない定義ですね。でも、仕方ないのです。組織開発は、リーダーシップと同じくらい曖昧なものなのです。


そこで私は、それをもう少しわかりやすくするために、③と④に分けてみました。③が一般的に組織開発と定義されることが多い分野です。しかし、特に日本企業で必要とされているのは④だと私は考えています。③は冒頭の1)に書いたように、日本人集団はわりに得意だからです。もちろん、だんだんそうとも言えなくなりつつあるような気もしますが。

 

④については、④単独の施策というよりも、①~③を踏まえつつ④を目指すことが効果的だと、私は過去の経験から考えています。それは次回書いてみましょう。

 

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