組織の能力: 2011年10月アーカイブ

 

美山荘やあさば、玉の湯などの質の高い日本旅館に泊まることは、最高のぜいたくのひとつだと思います。宿泊して夕食と朝食と食べるという機能面だけからみれば、バカげた贅沢だと思えなくもありません。しかし、そこで得られる経験は他では得難いものであり、だから不便なところであったり高額であったりしても、また行きたくなるのです。ひとことで表せば「おもてなし」の心が満ち溢れているのです。

 

ところで、User experienceの和訳として適切なのは「おもてなし」だと聞いたことがあります。User experienceを直訳すれば「使用者体験」ですが、それでは浅く表面的ですが、たしかにおもてなしとすれば、使用者すなわち顧客の心地よさ、満足感が表現できる気がします。

 

日本旅館という接客、サービス業と「おもてなし」という言葉で結びつくハードメーカーの筆頭は、ジョブズがつくったアップルではないでしょうか。メーカ-でありながらおもてなしの心に基づく体験を提供し続ける企業がアップルなのだと思います。古くはマウスやGUI、独特の美しいフォントや形やデザインなど、機能優先となりがちなIT分野で独自の美意識にこだわり続けたジョブズは、やはり天才の呼び名に値することは間違いありません。

 

User experienceの重要性は、もう何十年前から言われてきたことです。にもかかわらずそれを実践しビジネスとして成功する企業はわずかしかありません。アップル以外に思いつくのはバング&オルフセンやハーレーダビッドソンなどですが、あくまでニッチです。

 

古くは、ソニーのウォークマンも新たなUser experienceを提供しマスで成

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功した画期的な製品だと言われます。確かに私も初めてウォークマンを聴いたときの感動は鮮明に覚えています。その開発は、周囲の反対を押し切って盛田会長(当時)が実行させたそうです。

 

ジョブズが復帰した後、アップルはPCの顧客セグメントをデザイナーなどに絞り込みニッチで再建を進めました。そこで体力をつけ、iMacでマス向けに戻ってきました。なぜジョブズはマスマーケットにおいてUser experienceを切り口にした成功を収めることができたのか。

 

盛田氏もジョブズも創業者だったということは重要です。機能は計測し比較できますが、体験は計測も定量比較もできません。あくまで主観の世界です。高級旅館が規模拡大できない(しない)のは、この主観に大きく依存するからでしょう。反対に機能で勝負するビジネスホテルなどは、規模化が容易でありさらに競争力を高めます。

 

そう考えると、一人の天才が独裁してはじめて体験を切り口にしたマスへの勝負は実現可能だといえるのかもしれません。ただしここでの独裁とは、有無を言わせず強権発動で部下を従わせる独裁ではありません。それでは社員の本当の実力を引き出すことはできないでしょう。天才の「感覚」を汲み取り製品化できる優れた技術陣を持ち、かつ彼らをやる気にさせることにおいても天才でなければならないのです。

 

ソニーも創業者に近い大賀氏の後では、そういう意味でも成功を収めることができていません。しかし、そういう天才はそもそもどこにいるのか、またいつまでも天才でいられるのか、組織における意思決定の根本にもかかわる問題かもしれません。

 

とはいえ、「おもてなし」=User experienceは今後ますますその重要性を増すことでしょう。旅館に代表されるように、そこは日本人にとっては得意分野だと思います。しかし、大きな壁のひとつは、感性が主で技術が従というパラダイムへの転換が図りづらい点ではないでしょうか。


日本企業は自動車のように、機能の向上が体験の向上にも結びつく分野では成功を収めてきました。しかし、PCのように機能の向上が行きつくところまで行き、その向上が体験の向上には結びつかない分野では、行き詰っています。ガラケーは機能勝負できました(日本では)が、スマートホンは明らかに体験勝負の製品でしょう。そういった機能≠体験の分野でどうやって勝負するのか。

 

User experience、それは日本企業にとっては大きなチャンスであり、かつとても難しいチャレンジだと思います。これからもずっと模索しつづけるに値するテーマでしょう。

 

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