組織の能力: 2011年11月アーカイブ

人材開発部門がいくらいい研修を企画しても、事業部門がなかなか協力してくれないし、受講者も本気で研修に取り組んでくれず、ましてや業務で活かせない、そんな声をHRD担当者から聞くことがあります。

 

一方で、事業部門から人材開発部門に対してもっと研修への参加枠を増やしてほしい、こういうテーマの研修を企画して欲しい、との要望が絶えない企業もあります。

 

その違いは何なんでしょうか?私のこれまでの経験から、両社の違いを描いてみましょう。仮に前者をA社、後者をB社とします。

 

A社では、研修担当者がわりに頻繁に変わります。もちろん、どの担当者もいい研修プログラムを企画したいと張り切ります。それぞれ自分の思いを研修に込めて企画実施するのですが、最初はなかなかうまくいきません。その意図を事業部門と共有するのも、当初は難しいからです。頑張ってその研修を3年続けて、やっと事業部門との信頼関係もでき、満足度も高まった頃、その担当者は異動でいなくなってしまいます。もちろん後任に引き継ぐのですが、後任は後任で自分の思いを入れ込みたいので、プログラムは変化していきます。そうなると、出し手側の事業部門では、また意図を汲みかねる事態となります。

 

A社では「打ちあげ花火」のような目立つ研修を数年に一回はぶち上げるのですが、それを支援し続ける幹部もおらず、結局単発の花火で終ってしまいます。事業部門は、またか・・と思い、適当に付き合っておこうと思うようになるのです。

 

また、異動がなかったとしても景気が悪くなると真っ先に研修予算が削られ、今年は中止という事態も頻繁に起きます。つまり、じっくり時間をかけてその研修を組織に浸透させることが、A社ではなかなかできないのです。

 

 

B社は違います。B社では研修を10年単位で継続させることを、最初から想定しています。担当者の異動サイクルも概して長いようです。もちろん、10年間漫然と継続させるのではなく、毎年受講者や出し手である事業部門からのフィードバックを受け進化させていきます。そうなると、事業部門は研修の意図や効果を咀嚼し、どう活用してやろうかという意識になってきます。また、受講者のストックも増え、組織の中で口コミの評判も広がってきます。そうなると、未受講者は早く自分もその研修に参加したいと思うようになります。そうして受講した際には、後輩のために研修をもっといいものしたいとの思いで、非常に有益で建設的なフィードバックを返すようになります。その結果、研修の品質はどんどん良くなっていくのです。こうして組織の中にその研修が当たり前のものとして組み込まれていき、研修で学んで欲しいこと(スキルや意識など)が組織に浸透していくことになるのです。もちろん、景気が悪いからと簡単に研修を中止するようなことはありません。こういうことが当たり前になれば、事業部門としての組織の目的を達成するために、研修という場を手段としてうまく使おうと考えるようになり、人材開発部門に対して様々な研修要望を出すようになります。

 

この両社の違いはただひとつ、企業が研修をどの程度の時間軸で捉えようとしているかだけです。人が育つにも組織が変わるにも時間がかかることは誰もが理解しています。にもかかわらず、A社ではそのための手段を非常に短い時間軸でしか考えられなくなっている。それは、なぜなんでしょうか?

 

企業研修で、会計分野は定番中の定番です。思うに、20年前くらい前までは、必ずしもそうではなく、経理部門など特定部署向けか、選抜幹部候補者向けのプログラムだったような気がします。一体いつからそうなったんでしょうか?以下は勝手な私の推測です。

 

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1960年代から70年代にかけて、原価計算などの管理会計は製造業を中心に、盛んに研修が行われていた。QCサークルなどでの改善活動に欠かせなかったからだ。でも、営業などの非生産部門では全く会計には触れる必要はなかった。

 

その後、行き過ぎたQC活動の反動とコンピュータ化の進展に伴い、現場からQC活動は徐々に消えていった。それに伴い、管理会計の研修もされなくなった。

 

80年代半から始まったバブルは、一躍会計にスポットライトをあてることになった。財務会計の知識がなければ、資金運用(財テク)やM&Aの話題についていけなかったからだ。MBAホルダーが社内でも脚光を浴び、会計や財務の知識を駆使し社内を闊歩するようになる。一方、生産部門に陽はあたらず、管理会計どころではなかった。

 

そして90年代前半のバブル崩壊とその後長くつづく不景気が、さらに財務会計の重要性を高める。リストラを推進するためにはバランスシートを圧縮しなければならない。さらに、生産現場も開発現場も採算向上を強く迫られる。また、営業現場でもやはり営業効率や収益性という指標で絞られる。以前は、とにかく売れれば何でも良かったものが、「利益」の上がるものだけを売れと変わった。極めつけは、顧客の決算書を読み込んでコンサルテーションできなければ一流の営業マンではないとする企業まで現れた。

 

またこの頃から、管理職たるものPLBS、さらには目新しいキャッシュフローを理解できなければ失格といわれるようになった。以前は、いかに部下を管理するかだけを考えろといわれていたのに。

 

こうして突然、社長から新入社員まで全員財務三表が読めなければ失格という財務会計シンドロームにはまった。そうして、あの名()作が生まれた。「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」(山田真哉著)である。さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)
山田 真哉
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この本は、既存の会計本では難しすぎるとの読者の声に応えるべく書かれたという。これを読めば少しは会計の勉強になるのか、読んでいない私は知らない。でも、あれだけ類書も出るくらいヒットしたのだから、誰もが会計を勉強しなければならないというプレッシャーに恐怖していたことは想像に難くない。

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以上、ここまでは推測でした。

 

ところで、現在の日本企業の中で求められている会計の知識とは、財務三表を中心とする財務会計なのでしょうか。仕事で決算書を読む必要がある方は、それほど多くはないと思います。決算書は企業の通信簿なわけですから、それに関心を持つのは、それなりに責任あるレベルの方でしょう。生産現場や営業マン、あるいは小さな組織の管理者といった社員は、企業レベルの成績よりも、日々の仕事、つまりいったいどの製品を追加生産すべきなのか、顧客を絞るとすればどこを切るか、適正な商品発注量はどの程度か、アウトソースすべきかどうかといった、細かな意思決定のための数字の扱い方を求めているのではないでしょうか?専門的な用語でいえば「意思決定会計」あるいは「経済性分析」といわれる分野で、かつてのQCサークルでは盛んに勉強されていました。

 

ある大手製造業の役員は、若い頃徹底的に勉強させられたそうです。ところが自分たちより若い世代は、全然そういう知識がなく愕然としたそうです。なぜそれに気がついたかというと、ある英国企業を買収したからです。そこと研修内容をある程度揃えようと調べたところ、買った英国企業には多くのこの分野の研修プログラムが揃っているにも関わらず、自社には一切なかったのです。驚いたその役員は、まず役員向けに研修を実施、順番に下のレイヤーにも実施していったのです。

 

 

財務会計ももちろん重要ですが、一般のビジネスパーソンにとってより重要なのは、意思決定のための会計の知識であり、その基盤となる数字を使ったものの考え方です。財務会計の考え方に基づき意思決定すると間違ってしまうことは、実際のビジネスではたくさんあります。どうもそのことを知らない人(人材開発担当を筆頭に)が多すぎるように思います。そろそろ新しい歴史をつくる(ちょっと大げさですが)時期にきているのではないでしょうか。

創造性が必須の事業では、組織規模を拡大することは困難だという定説があります。創造性と組織は、水と油の関係だからです。しかし、それにチャレンジし成功しつつある企業があります。面白法人カヤックです。先日カヤックの柳澤社長の話を伺う機会がありました。

 

面白かったのは、組織戦略と事業戦略を明確に峻別し、その上で組織戦略を重視することを明言し、実行していることです。さらに、それらをシンボル的活動と実益的活動に分け、4象限に整理し、それらのバランスを常に意識して経営していることです。

 

そこには、面白法人カヤックという企業自体をブランディングするという強い意志がはたらいています。企業をブランディングするとは、常に面白企業を証明するような施策を(製品サービスではなく)外部にコミュニケーションし続ける必要があります。これは創造性の源となる優れた社員を引き続けることに効果があります。

 

さて、では規模拡大しながら創造性を失わない秘密は何でしょうか。ひとつは、

「つくる人を創る」というシンプルな経営理念を、浸透させることです。そのためには、多大な費用と時間をかけています。

 

ふたつめは、社員の職種をWebクリエイターの3種、プロデューサー、プログラマー、デザイナーに絞っていることです。バリューチェーンのほかの機能は、基本すべて外部パートナーに委ねる潔さが仕事の純度を高め、組織拡大に伴う創造性を必要としない内部コミュニケーションコストを増大させない仕組みができているのです。さらに、人事評価は三つの職種の中だけでなされます。創造性に関してもっともシビアに評価できるのは競争相手だからでしょう。

 

みっつめは、徹底した言葉へのこだわりです。先日糸井さんについてでも書きましたが、経営者が創造性豊かな人々を動かす(表現はわるいですが)力の源は、彼らの心に刺さる言葉を発することができるかどうかだと思います。人徳とか企業文化とか姿勢とか理念とかいろいろありますが、結局それらを伝えるのは言葉なのです。柳澤社長は、社内に発する場合でも、プロのコピーライターと相談しながらつくるそうです。

 

 

カヤック=柳澤社長は、これらをなんとなくやっているのではなく、狙ってやっているという印象を受けました。もしかしたら、そこが糸井さんとの違いかもしれません。

 

 

これから、どこまで創造性と組織規模拡大の両立が続くのか、非常に興味が湧いてきました。

 

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