組織の能力: 2011年5月アーカイブ

今月の日経「私の履歴書」瀬戸雄三氏の話は面白いです。アサヒの再生事例は超有名なケースですが、内部から当事者の一人称で書かれた文章は、実はそれほど多くないのでは。

 

アサヒといえばスパードライの樋口さんが有名ですが、実はその前の村井社長の功績が大きいとの話はそこここで聞きましたが、読んでみてなるほどです。(明日21日から樋口さんは登場しそうです)

murai.jpg

 

さて、今日の内容はいかに負け癖のついた社員を変えていったのか。多くの示唆が得られます。

 

アサヒはなぜ約30年も回復のきっかけをつかめずにいたのか。営業も製造も怠けていたわけではない。社内の歯車が噛み合っていなかったのだ。

 

そうです。現場は皆必死でやっているのです。社員ひとりひとりは優秀で頑張っているのに、なぜか成果の出ない組織があります。それは明らかにマネジメントの問題、トップの責任です。

 

昨日の回で、また社長が銀行から来ることに抵抗を示す瀬古さんに村井さんがこう言ったとありました。「社長なんてどこから来たっていいんだよ。業績を上げて、社員を幸福にできるのであれば」と。自分の親分をトップに持ちたいばかりに、派閥闘争に明け暮れ顧客を忘れる組織がいかに多いことか。

 

そして村井社長は行動します。

 

村井社長は着任早々、こういう空気を察したようだ。「ミドルを強化する」と宣言し、読書会と称した飲み会で部門を超えた議論の場を設ける。経営理念・行動規範作りにも尽力し、CI導入にも着手した。

 

組織の壁を壊すためにコミュニケーションを強調する経営者は多いでしょう。それは正しく誰も否定しません。でも漠然としたスローガンだけでは何も動きません。村井さんは、ミドルにターゲットを絞り、部門を超えた議論の場を仕掛けたのです。単なる懇親会ではなく、議論の場です。その延長線上に理念・行動規範作り、CIといった部門横断プロジェクトを走らせたのでしょう。

 

 

さて、瀬戸さんは大阪支店長となり、村井さんの意思を大阪で実行する立場となります。

 

十数人のグループに分けて本音の対話をして問題意識を探る。支店のスローガンを「Quick action, Quick response」「Yes,NOを明確に」とする。業績不振が続いて現場の動きが鈍く、お得意先への返事もあいまいだった。

 

具体的指示は、「アサヒを扱ってくださっている飲食店は一軒たりとも取られるな」だ。専守防衛に徹するが、営業に活気がない原因は「営業に使えるお金がない」と。

 

村井さんと同様対話を重視し、そこから支店経営の方向性を定めます。専守防衛のため、とにかく「すぐに、はっきり」対応すこと。負け癖とは、誰かのせいにして諦め、甘え、あいまいで優柔不断な態度を促し、さらに顧客に見放せれていくバッドサイクルです。どこかでそのサイクルを断ち切らなければなりません。ただ、貧すれば鈍するは、この世の習い・・。

 

そこで翌年春、4-6月まで"営業経費青天井"を宣言した。最盛期に向けて地盤固めの一番大切な時期だからだ。

 

これは非常に大きな意思決定です。弱い組織にいくらでも金を使えとは、普通言えません。一か八かの大勝負だったのでしょう。結果は吉と出ます。萎縮していた社員は発奮しました。

 

結果、経費予算はほんの少し上回っただけ。今までの「お金がない」はい言い訳で、本当の営業活動がおろそかになっていたのだ。

 

さらに大阪支店社員の結束を強めたのは、本社への反抗でした。

 

本社への戦う姿勢を示す。中身が同じなのにデザインを変えた缶ビールを本社が企画したが大阪は販売を拒否。

 

正論ですが、なかなかできません。それをあえてやったことで、支社社員はこう思ったはずです。「瀬戸さんは本社を見ながら仕事をしているのではなく、我々社員やお客さんを見て仕事しているのだ」と。

 

そして再び本社に抵抗します。CI変更によって、アサヒのマークから旭日が消えることになりました。旭日は社員にとっても古くからの顧客にとっても「ハート」だ、変えてはならないとの反対意見が噴出。現場の意を汲んで、瀬戸さんは村井社長に直談判。しかし、聞き入れられませんでした。

 

これは、社長と支店長の時間軸の違いが如実に表れた事例だと思います。支社長はせいぜい2,3年先の業績を想定します。そのためにはこれまでの歴史を大切にしなければなりません。2,3年先は過去の歴史に大いに影響を受けるからです。瀬古支店長が、短期的に売れ行きが落ちることが目に見えている旭日はずしに抵抗するのは当然です。しかし社長のスコープは10年、20年先を見なければなりません。おのずと見える世界が異なるのです。村井さんは、旭日という過去を背負っていては、変革は不可能だと判断したのです。

 

新マークには旭日はなかった。だが、少し斜めから見ると旭日が浮き上がる。「透かし」だ。やられた。

 

ここに村井さんの経営者としての卓越さが表れていると思いました。「理」では旭日ははずす、しかし「情」では残したい。変革には「情」を完全否定してはなしえないのです。そのバランス感覚こそ、村井さんの真骨頂なのかもしれません。

 

明日以降も楽しみです。

企業研修にもいろいろありますが、実務で使える技術やスキルの習得を狙うプログラムが最も多いと考えられます。その企業固有のスキルであれば、上司によるOJTが最も効果的でしょうが、普遍スキル(どんな企業でも職種でも必要な共通スキル)の場合は、やはりOffJTつまり研修の出番となります。論理思考、プレゼンスキル、ロジカル・ライティング、ファシリテーションなど、たくさんありますね。

 

本での自己啓発よりは、集団でリアルの場で学んだほうが明らかに効果的です。本はわかった気にさせてくれますが、実は自分のモノになっていないのが普通です。その点、集合研修では分かっていないことに気づかせてくれます。その差は非常に大きい。

 

でも問題は、研修を受講した後です。例えば、ロジカル・ライティングの書き方を理解し、その難しさを体感したとしても、それを実務で使い続けなければ決して力にはりません。つまり、研修で何となく体験した普遍スキルやツールを、自らの業務に織り込みかつフィードバックをもらうことが必要なのです。

 

もちろん、上司が毎回添削でもしてくれれば、必ず上達し使えるようになりますが、上司が添削する時間はともかく、能力がない場合はどうするのか。ここに組織の中にスキルギャップがうまれている難しさがあります。業務で必要とされるスキルが、組織固有スキルから普遍スキルへシフトしている、また普遍スキルの中でも新しいスキルの重要性が高まる。そんな状況で、上司に指導させることには無理があります。育った時代が違うのですから。

 

 

解決策はふたつです。

ひとつは、上司も含めた組織ぐるみで研修を受け、その組織の業務プロセスにそのスキルのフィードバックメカニズムを組み込むことです。必ずしも上司が指導するのではなく、相互指導によって全体のレベルアップを図るのです。その場合、上司も部下に教えを仰ぐ謙虚さが必要ですが、もしそれができれば組織能力を継続的に向上できる素地ができるかもしれません。すなわち「学習する組織」化です。

 

もう一つは、あくまで個人のスキルアップに絞り、外部の専門家に定期的に業務での活用能力をチェックしてもらうフィードバックを仰ぐやりかたです。すべてのスキルでできるわけではありませんが、例えばロジカル・ライティングのようなスキルであれば、バーチャルでも十分フィードバック可能です。

 

ロングセラー「考える技術・書く技術」の訳者で、先月その入門編も執筆された山崎康志さんは、実際に研修受講者から実務で書いたレポートをメールで送ってもらい、フィードバックをされているそうです。入門 考える技術・書く技術
山崎 康司
4478014582

 

普遍スキルの能力向上について、いかに業務に織り込み継続的に学習できるようにするか、そういう視点がますます重要になってきます。

これからのビジネスは、製品といったモノを提供するのではなく、コト(出来事のコトに由来するのでしょうか)すなわち「経験」を提供すべきだとさかんにいわれます。有名なところでは、任天堂はWiiという新しいゲーム機を提供したのではなく、家族みんなでゲームを楽しむ、そういうコミュニケーション経験を提供したといわれています。また、ヤマト運輸は、単に小口荷物の個別宅配サービスを開発提供したのではなく、その後の進化も加え「新しい生活形態」まで提供しているといえそうです。

 

このように、顧客が評価するのはモノ(知識も含みます)やサービスではなく、自分の生活や経験が「変わる」ことです。

 

これは、顧客を受講者とすれば企業研修の世界にも当てはめることができます。知識というモノを提供するのではなく、これまでイメージしていなかった新たな「未来の経験」を提供すること。

 

別途記載した大手化学品メーカーの新入社員研修の例でいえば)漠然と仕事で英語を使うことになるかもという「未来の経験」のイメージを、英語を駆使して世界と渡り合っている自分の「未来の経験」のイメージに変えることです。

 

また、例えばマネジャー研修で期待されるのは、部下を管理するという新しいスキルを身につけさせることではなく、率いるチームを自分のやり方で活性化させ、業績面の成果とメンバーの成長を実現するという、できるだけ具体的な自分自身の「未来の経験」をイメージさせ、そこへ近づこうとするエネルギーを引き出すことです。それができれば、当然そのために新しいモノすなわち知識やスキルを望むようになります。最初からモノを提供するのではなく、コトの中にモノを織り込むのです、

 

ヒトは学び、成長することで「未来の経験」を大きく変えていくことができます。当たり前といえば当たり前のことですが、それがイメージできないと希望が持てなくなります。20年この会社で頑張っても、せいぜい●●課長(あるいは取締役)みたいになるのが関の山か、と思わせてしまえば希望は失われます。

 

もちろん希望は研修で生まれるものではなく、日々の仕事の中で生まれてくるものです。しかし、日常の中で希望が生まれにくい状況があるとすれば、せめて研修の場で希望の光を垣間見せることは、とても意味深いことではないでしょうか。少なくとも、社内でそういうことを真剣に考えている優秀なスタッフがいることを示すだけでも、「未来の経験」に影響を与えることができるに違いありません。

一月から始まった本講座、昨日で全6回が終了しました。5回目のセッションは3/10でした。最終回は翌週の予定でしたが震災のため延期し、約二カ月後の昨日になった次第です。

 

最終回は、受講者自身のリアルな課題を題材にして行いました。事前レポートとして、

1)自社の戦略に基づく経営課題

2)それを実現するための人材(組織)開発上の問題設定

3)(それがうまくいっていないとしたら)その原因の仮説

 

を3月に提出してもらっています。

 

当日の進め方は以下です。

 

全員のレポート中から議論が深まりそうな2名を選定しました。そして、それぞれまずレポート内容について語っていただきます。レポートは書いたとはいえ、なかなか皆の前で語るのは難しいものです。

 

次に、他の受講者から「問い」を発してもらいます。指摘やアドバイスではなく、「問い」です。その目的は、事前レポートで書いた上記3点について、あらためて考え直してもらうことです。一人で課題や原因を考えると、どうしても「思い込み」や「会社の常識」に囚われたものになってしまいます。そこで、会社のことも事業のことも知らない他受講者に、素朴な疑問を発してもらうのです。

 

それに発表者は答え、またそれへの問いが繰り返されるのですが、発表者の思考が目に見えて深まっていきます。真実がどんどんあぶり出されるイメージです。対話を繰り返しながら自組織の現在と未来を「物語る」ことで、癒されると同時に新しい思考と意思が芽生えるのです。(今回は「ナラティブ・アプローチ」を少し試してみました)

 

ある程度、問いが出尽くしたところで、あらためて発表者にHRD問題設定と原因仮説を言い直してもらいます。そうすると、事前レポートで書いたものと変わってきます。

 

こうして生まれた修正された問題設定と原因仮説に基づいて、全員で解決策を考えていきます。ここまできたら、他受講者もその組織についての雰囲気もだいぶ掴んできています。適切な問題設定と原因仮説があれば、ここは経験を積んでいる人材開発担当者ばかり、具体的なアイデアがどんどん生まれてきます。

 

ただし、これからが大変です。アイデアはたくさん出ても、どこからどう手をつけるべきかの方程式を解く必要があるからです。そのためには、その組織で起きていることを構造化してとらえ、相互作用やインパクトまで考慮し、優先順位づけせねばなりません。よくある失敗は、ある施策だけを「決め打ち」し、他に悪い影響を与えてしまうことです。ここまでくると、他受講者ではなかなか対応できません。しかし、その難しさを分かってもらえれば、講座としての目的は達成されます。

 

以上を、2社について行ったわけです。最後に発表者に感想を述べていただきましたが、自分の会社の組織を客観視することができ、二人とも有益なヒントをつかんだようです。自分のことや自組織のことを冷静に認識することは、情報がありすぎてかえって難しいものです。同じように人材開発に携わる、異業種の受講者同士での対話の場を設定することの意味を、あらためて認識しました。

 

 

私自身が、もっとも勉強になった全6回だったのかもしれません。積極的参加くださった受講者の皆さんと、日本CHO協会の須東さんに感謝いたします。

このアーカイブについて

このページには、2011年5月以降に書かれたブログ記事のうち組織の能力カテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブは組織の能力: 2011年4月です。

次のアーカイブは組織の能力: 2011年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1