組織の能力: 2009年11月アーカイブ

またもリーダーシップの話題で恐縮ですが、リーダーシップとは個人に属するものなんでしょうか。それとも、組織に属するものなんでしょうか。

 

一般には、「リーダーシップ能力の高いAさん」というふうに、個人に属するものと理解されていると思います。

 

 

適切なリーダーがいない集団は、烏合の衆です。集団が、ある機能を効果的に果たそうとするとき、リーダーの必要性が生まれ、実際にリーダーが出現します。

 

そう考えていくと、リーダーも状況に応じて組織が生み出すものであり、リーダーシップも個人よりも組織の枠組みで考えた方が適切にも思えます。

 

リーダーは組織における役割であり、状況に応じてリーダーは入れ替わります。そして、人それぞれにリーダーとしての役割の演じ方があり、それがその人独自のリーダーシップスタイルです。なので、リーダーシップ能力がどうのこうのと議論しても無意味だと思います。問題は、適切なリーダーが生まれやすい組織と、そうでない組織があるということなのだと思います。

 

個人のリーダーシップの問題ではなく、組織能力の問題。良い土からは、常に良い芽が育つのです。では、よいリーダーを生み出す組織能力とは何でしょうか?

 

組織における個人間の関係性の質と、組織風土が大きくそれに影響を与えている気がしますが、もっと深く考えてみたいと思っています。

 

裏返せば、リーダーが生まれることを阻害している要因を見極めることが重要だと思われます。それは、あらゆる範囲に及ぶかもしれません。それに手をつけるには、経営トップのコミットが欠かせないでしょう。

 

リーダーが育たないと嘆き、お仕着せのリーダーシップ研修でお茶を濁すのではなく、育たない組織を育つ組織に変えていくことに、トップ自らが旗を振って実行していく覚悟が必要なのです。

むかしむかし、あるところに、小さな島国がありました。島国ゆえか、他の大きな国とは少し異なる社会を作っていました。人々は、家族的な会社のもとで成長しました。貧富の差も小さく、平和にくらしていたのです。もちろん、それが不公平だと不満を持つ人々もいましたが、概してうまくいき、大きな国から恐れられるほどになりました。

 

 

それが頂点に達したのがバブル期と呼ばれる時代です。およそ品物があれば、それほど手間や知恵を使わなくても売れました。供給を切れさせないことのほうが、販売よりも重要だったそうです。これでは、人を育てる必要もありません。

 

そしてバブル崩壊。一転してモノが売れなくなりました。そこで、成果主義という大きな国由来の舶来ツールを活用することにしました。ノルマを課し、達成しなければ昇給も昇格も望めないという厳しいものです。

 

その成果はどうだったでしょうか?

 

短期的には、売上も上がったそうです。しかし、中長期的には職場が荒れました。つまり、「プレイングマネジャー」という舶来の呼称で後押しされた管理職が、自分の成果を上げることに汲々となり、部下を育てることにエネルギーが避けなくなってしまいました。

 

そこで、次に会社が行ったのは、上司に負担をかけずに部下の成果を上げる方法です。「ハイポ」(パイポではありません)や「コンピテンシー」という、またまた舶来の概念を導入しました。高い成績を上げている社員の行動パターンを、真似するように教育しだしたのです。

 

その結果は?

 

またまた、職場は混乱しました。人によって、自分にあうスタイルというものがあります。それが、否定され失われてしまったのです。

 

次に手がけたのは、「チーム」とか「タレントマネジメント」というまたまたは舶来の概念でした。でも、よく考えてみれば、もともとその国の会社の多くは「チーム」で仕事をし、社員ひとりひとりの成長を見守ってきていたのです。

 

 

なーんだ、一回転してまた昔に戻ってきたのか。でも、今はもうチームを支える風土も、ひとりひとりを見守る余裕もなくなってしまっていたのです。結局、また大きな国から、魔法の杖のようなものを探してこなければならないようです。

 

 

めでたし、めでたし。

今週の日曜の夜、NHKスペシャル  「魔性の難問 ~リーマン予想・天才たちの闘い」という番組を観ました。ものすごく、面白かったです。昨年も、数学の難問にとりつかれた数学者に関する番組がありましたが、この分野におけるNHKの制作力はすごいですね。

 

さて、リーマンといっても、昨年破綻したあのリーマンではありません。以下NHKのサイトから転記します。

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数学史上最難関の難問と恐れられ、今年問題発表からちょうど150年を迎えたのが「リーマン予想」である。数学の世界の最も基本的な数「素数」。数学界最大の謎となっているのが、23571113171923・・・と「一見無秩序でバラバラな数列にしか見えない素数が、どのような規則で現れるか」だ。数学者たリーマン.jpgちは、素数の並びの背後に「何か特別な意味や調和が有るはずだ」と考えて来た。「リーマン予想」は、素数の規則の解明のための最大の鍵である。最近の研究では、素数の規則が明らかにされれば、宇宙を司る全ての物理法則が自ずと明らかになるかもしれないという。一方、この「リーマン予想」が解かれれば私たちの社会がとんでもない影響を受ける危険があることはあまり知られていない。クレジットカード番号や口座番号を暗号化する通信の安全性は、「素数の規則が明らかにならない事」を前提に構築されてきたからだ。

番組では、「創造主の暗号」と言われる素数の謎をCGや合成映像を駆使して分かりやすく紹介し、素数の謎に挑んでは敗れてきた天才たちの奇想天外なドラマをたどる。

 

このような難しい内容を、私のような一般視聴者に(ある程度)理解させて、楽しませるのは、並大抵のことではできません。映像の持つ柔軟性や、説得力をいかんなく発揮して、一本のエンタテイメントとして仕上げる実力には、恐れ入りました。

 

難しいことを、わかりやすく解説し、しかも楽しませることほど難しいことはありません。現代の人材開発や教育で、もっとも重要なことだと思います。

 

 

もう一つ(今度は中身ですが)面白かったのは、異分野との対話によって、重大な発見があったということです。

 

リーマン予想と格闘していたダイソン博士が、コーヒーラウンジで偶然居合わせた原子物理学のモンゴメリー博士に、突然自分の研究について語りだしたそうです。すると、何となく聞いていたモンゴメリー博士が、自分の研究分野にある「原子核のエネルギー間隔」の式と全く同じだと指摘したのです。一見、全く無関係の原子核と数学が結びついたのです。

 

大きな発見や研究の進歩は、このようなセンレンディピティによると、よく言われますが、まさにその典型だったわけです。

 

細分化をよしとする科学の欠陥が、ここに表れています。それを打開するのは、多様性や想像力、物語など、よりホリスティックなアプローチなのだと思います。

 

 

以前、 カフェについて書きましたが、具体的な形としてはカフェが思い浮かびます。モンゴメリー博士と、ダイダイソ博士が対話したのもコーヒーラウンジでした。

 

そういえば、つい最近友人の大川さんが「ワールド・カフェをやろう!」(日本経済新聞出版社刊)という本を共著で出しました。越境、つながり、結びつきなどの重要性が、ますます理解されていくようです。

ワールド・カフェをやろう
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これまで何度か、海外駐在者への教育について、企業の人事の方に話を伺う機会がありました。一般に、派遣前トレーニングをする時間的余裕はなく、最低限の内容になりがちだそうです。

 

1)    セクハラ、パワハラなど、法務に関する知識

2)    税務処理など会計に関する知識

3)    派遣先の文化や慣習の知識

4)    元駐在者による、体験談

5)    簡単な外国語(ほとんどは英語)のレッスン

 

だいたい、こんな優先順位のようです。ほとんどマイナスの可能性をゼロにするための訓練です。優先順位が高いのは当然です。

 

 

次に、駐在を終えて帰国した社員(マネジメント職)に、何が困ったかをヒアリングすると、

1)    ローカル社員とのコミュニケーション(特に評価に関するもの)

2)    ローカル社員の動機づけや育成

3)    ゼネラルマネジメントに関する知識やスキル

 

このような項目が多いそうです。

 

さらに、では何を派遣前にトレーニングしておけばよかったですか?と問うと、大方の人は、実際現地に行って体験してみなければだめだ、と答えるそうです。その結果、せいぜい体験談となるのでしょう。

 

しかし、本当にそれでいいのでしょうか?

 

ある人の体験談を聞いて、これからの自分の行動に役立つように解釈し、咀嚼できる方は、そう多くはないと思います。また、話す側も、自分の苦闘した経験を、どう言語化し、どのように伝えれば、これからの人に役立つかを整理出来る方は、やはりそうはいないでしょう。

 

多くの方の経験や知識も、いったん概念化した上で、聞き手の状況や認識に適合するような方法で伝えることが必要だと思います。受け手の学習となり、行動を変えることが目的です。これも形式化なのかもしれません。人間は、感情に訴えるような物語のほうが刺さる場合もあれば、概念化されていないと受け止められない場合もあります。

 

その違いは、受け手側に受け止めるに必要な基本知識や経験がどれだけ共有されているかだと思います。たとえば、ヤマトでは、宅急便での「嬉しかったこと」を集めビデオ化し、研修で活用しているそうです。同じセールスドライバーの経験を持つ他の社員には、その物語が、本当に刺さるそうです。

 

これから海外に派遣される社員にとって、体験談という物語では、響かないのではないでしょうか。想像力が働かないのです。だから、概念化が必要なのだと思います。

 

このことは、海外派遣者だけのことはなく、あらゆる人材・組織開発の場面でも共通する課題だと感じています。

 

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