「家計ファーストの経済学」を読んで

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独立系エコノミストの中前忠氏の独自の視点での経済評論には、これまで注目していました。たまたま新著を本屋で見つけたので早速読みました。今年123日の発売でしたが、これまで全然その存在を知りませんでした。それほど注目されていないということなんでしょうが、残念です。

 

緻密なデータ分析に基づく洞察は、これまで同様非常に納得感のあるものでした。簡単にその主張をまとめれば、以下です。

 

1980年代のレーガノミクス以降、先進国は企業を家計より優先してきた。それは1970年代の強すぎる労働組合賃上げ圧力や戦後の福祉政策の追求への反動だった。また、トリクルダウンすれば家計も潤うとの前提を置いていた。しかし40年ちかく経過し、その副作用が顕著になってきた。トリクルダウンは起きなかった。そして富める企業と窮乏化する家計との格差拡大。その結果、トランプ政権やBrexitに代表されるようなポピュリズムが世界を覆う。少し遅れた日本でも、バブル崩壊後に企業ファーストの傾向が強まり、他の先進国の後を追い続けた。

 

それらに対応するには、企業ファーストから家計ファーストへの転換である。日本での具体策として、

 ・消費税の廃止と企業への増税

 ・貯蓄金利の引き上げ

 ・円高の促進

 ・産業構造転換に対応するための職業再訓練の制度化

などを挙げています。

 

ところで数多くのデータの中で、私の目を引いたのは1997年以降減少する家計所得(309兆円→268兆円)の内訳です。日本が米国やドイツと比較して、極端に異なるのは、(給与所得に比べて)自営業者所得の比率が急激に減少している点です。三ヵ国で1980年と2016年を比較してみます。

 ・日本:13.7% 3.0%

 ・米国:9.8%10.3%

 ・ドイツ:11.4%(95) 8.3%

日本は農家の減少が影響していると思われますが、それにしてもこの差は大きい。日本が、どんどんサラリーマン社会化していることが分かります。確かに目立つところでは、代表的自営業だった喫茶店も飲食店も、現在独立系の店を探すのは困難で、ほとんどチェーン店です。酒屋や米屋もコンビニに転換しています。

 

大学生の数が増え、その卒業生はほとんどサラリーマンになっていく。マスコミの論調では、ベンチャーが急増しているようにも感じますが、一部の成功事例を華々しく採り上げているだけで、サラリーマン社会化の進展は進む一方。

 

自営業者の一人当たり所得をみるともっと衝撃的です。2000年を100として指数をみます。

 ・日本:78.3

 ・米国:181.9

 ・ドイツ:114.6

日本では儲からないから廃業し、また新しく起業する人も減っていく。しかし、なぜ日本だけがこんなに顕著なのか。

 

国の活力は、こういうところに表れてくると思います。ボディーブローのように、これからも国力を削ぐ。

 

日本の社会も経済も、いびつな姿に一直線で変わりつつあるようです。その流れを変えるには、さらなる金融緩和や消費税引き上げではなく、家計ファーストの方針に基づく政策転換だと、本書を読んで強く思いました。

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このページは、ブログ管理者が2019年4月22日 11:04に書いたブログ記事です。

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