最近最も注目されるM&A交渉は、富士フィルムによるゼロックスの買収案件でしょう。当初はすんなりいくかと思いきや、ゼロックスの大株主アイカーン氏の反対でこじれてきています。友好的なM&Aだったはずが、敵対的なM&Aになりつつあるという状況。
今後どうなるかは予断を許しませんが、富士ゼロックスの存在がキーになることでしょう。富士ゼロックスは1962年、富士フィルムとランク・ゼロックスの50%ずつのJVとして設立されました。当初は、ゼロックス製品をアジアで販売する販社でした。しかし、徐々にキヤノンなど競合日本メーカーが現れ、日本市場に適応した製品が求められるようになり、富士ゼロックスも生産機能に加え、製品開発機能も備えるようになっていきました。
富士ゼロックスの商圏はアジア地域に限定されているため、アメリカやEUの市場では販売できません。しかし、ゼロックス本体の製品では欧米市場ニーズに応えることが難しくなり、ゼロックスは富士ゼロックスから製品の提供を受けて欧米市場に販売していくようになります。
徐々にゼロックスの経営は厳しくなり、2001年ゼロックスは所有する富士ゼロックスの株の25%分を富士フィルムに売却します。これで、富士ゼロックスの株式は、75%を富士フィルムが、25%をゼロックスが保有となりました。
そしていよいよ今回の一連のM&A騒動は、名門ゼロックスを富士フィルムが完全買収する計画です。交渉決裂した場合、ゼロックスと富士ゼロックスとの契約が解除され、袂を分かつ可能性もあります。
問題はゼロックスが富士フィルムとの関係を断って、単独で生き残れるかどうかです。ゼロックスは富士ゼロックスから製品を入手できないならば、と競合であるコニカミノルタやリコーに納入の打診をしたが断られたとの報道もあります。断られるのは当然でしょう。
一方、富士フィルムは、これまで販売できなかった欧米市場に富士フィルムのチャネルを使って、富士ゼロックス製品を販売できると豪語しています。ゼロックスはアジア市場にチャネルを持たないだろう、と添えながら。複写機はフィールドサービスが重要なので、容易には新規市場には参入できません。
ここまで富士フィルムが強きに出られるのは、相対的に強力な製品を持つ富士ゼロックスの株式を75%押さえているからですが、そもそも富士ゼロックスが単なる販社から組織能力を高めて、現在のメーカーとしての競争力を獲得したことが極めて大きい。さらに、JV設立時には市場として魅力が小さかったアジア市場が急成長し、一方でその反対に欧米市場は縮小を続けるという逆転現象。遅れたアジア市場を割り振られた富士ゼロックスにとっては、怪我の功名でしょう。
しかし、なぜ富士ゼロックスはいわば師匠を超えるような組織能力を獲得できたのか、ずっと不思議でした。そこには、日本の製造業が磨いてきた「現場発の経営革新」の存在があったと、本書を読んで知りました。QCとか現場主義といえばトヨタですが、他にもその能力を磨いてきた企業があった。
本書「現場主義を貫いた富士ゼロックスの『経営革新』」は、日本企業が強かった秘密を、具体的に教えてくれる名著だと思います。過去形を現在形にするための、ヒントがたくさんあります。
土屋 元彦
