ヒトの能力: 2010年12月アーカイブ

私の大学時代の友人にYさんという女性がいます。Yさんは、現在上場企業の執行役員です(そこに至るまでにも長いストーリーがありますが割愛)。その会社が海外企業に買収され、突然外資系になりました。経営陣で英語を使える人はほとんどおらず、英語に堪能なYさんは将来の社長候補とも目されるようになります。Yさん自身もその気になり、もっともっと頑張ろうと腕まくりしていました。

 

ところが、その直後、グローバル企業に勤める夫のマレーシアへの転勤が決まりました。夫はイタリア人で、二人の間には小学校低学年の娘さんがいます。夫は、娘と一緒にマレーシアについてきて欲しいといいました。夫のマレーシアでのミッションは非常に重要かつ過酷であり、単身赴任では耐えられないと思ったのかもしれません。Yさんは迷いに迷いました。そして、会社を辞めて来年4月にマレーシアに旅立つことを決断しました。

 

 

この話をYさんから聞いて、日本で女性が仕事を続けることの難しさを痛感するとともに、キャリアについて考えさせられました。Yさんは、これまで子供を三人も育てながらキャリアを積んで、現在の地位を獲得しました。苦労は多かったものの、今や報われているといえるでしょう。またこのままいけば、さらに大きなチャンスが眼の前に見えています。それを投げうつのはもったいないという考え方もあるでしょう。しかし、Yさんはこう語っていました。

「こういう決断を出来たこと、自分でも驚いています。いくつになっても新しい自分に出会えるんだなあと変な感動をしたりして・・・」

 

ロンドン・ビジネス・スクールのニコルソン教授が、キャリアのトランジション・サイクル・モデルを提示しています。キャリアとは、

①「準備」段階⇒②「遭遇」段階⇒③「順応」段階⇒④「安定化」段階⇒①「準備」段階

この4段階からなるサイクルを繰り返していくことです。もちろん、同じところをくるくる回っているのではなく、スパイラル状に成長していきます。一周経るごとに自分が成長しているか、自分らしく生きられるようになっているかどうかが重要です。(必ずしも仕事で成功していくことではありません)

 

次のサイクル(①準備段階)に切り替わるときがトラジション(節目)です。このトラジションで、その後のキャリアや生き方が大きく変わってきます。「安定化」を捨てて、次のステージに行くには、恐怖や嫌悪、あるいは逆に浮かれた楽観主義に侵されることも多いでしょう。しかし、そこで熟慮を重ね、新たな期待に基づく動機付けがなされることで、次のサイクルが適切に回るようになるのです。

 

Yさんに話を戻すと、まさにトラジッションのタイミングだったのでしょう。このままでも十分な幸福感を味わうことができる。でも成長の角度はすでに逓減してきているかもしれません。もう一つも二つも上の段階にいくには、ここでトランジションすることが必要なのだと直感的に思ったのではないでしょうか。そう決断できたことで、既に次のステージに上がっているのです。だからこそ、勇気を持ってそういう決断が出来た自分自身に驚くと同時に感動しているのではないでしょうか。

 

Yさんは、きっとひとまわりもふたまわりも大きくなって、数年後日本に戻ってくることでしょう。いや、もう日本の枠には収まらなくなっているかもしれません。

 

「円熟するとは、自分の強みを知り、強みに反して苦労しなくてよくなることだ」という言葉を見つけました。『スティーブ・ジョブズ 偶像復活』(東洋経済新報社)のあとがきにあります。

スティーブ・ジョブズ-偶像復活
ジェフリー・S・ヤング ウィリアム・L・サイモン 井口 耕二
4492501479

 

これは深い言葉だと思います。若いときは、そもそも自分の強みが何かもよくわかっていません。その結果、強みを打ち消すような行動をあえて取ったりしてしまうものです。

 

確か塩野七生さんの言葉だったと思いますが、「組織を変革しようとすればするほど強みを打ち消すような行動を取ってしまう」という箴言がありました。円熟しない個人も組織も同じなのですね。

 

また、得意なことと好きなことも混同しがちです。それが自分にとって快いからでしょう。しかし、必ずしも得意なことと好きなことが一致するわけではないことが、だんだんわかってきます。それが分かってきたとき、どちらを選ぶのか。そもそも、その時点ではもう選択の余地は残されていないかもしれませんが。

 

さて、「強みに反して苦労しなくてよくなる」のは、

・正しく自分の強みを理解するから

・(好きなことより)強みを活かすことを優先するから

でしょうか。

 

それもありますが、さらに、

 ・自分の強みでない部分は、素直に得意な人にやってもらうことができるから

 ・他の人の強みを見つけて、尊重することができるから

といった点も大切だと思います。

 

そもそもなぜこのような境地に達することができるのでしょうか。やはり、自分の限界を思い知らされたからだという気がします。弱みと限界を知ることにより、強みもあぶり出され、かつその有り難味もわかってくる。ジョブズも、アップル追放劇やピクサーやネクストでそういう経験を積んだのかもしれません。

 

結局自然体ということです。でも、なかなかそれが難しい。なかなか円熟できない自分がいます。



ところで最初に挙げた本は非常に面白いです。ジョブズという人間のキャリア発達論、起業論、経営戦略論、リーダーシップ論など、様々な読み方が出来る深みのある好著です。


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