ヒトの能力: 2011年7月アーカイブ

 小野寺講師のコラムにもあるように、コミュニケーションは大変難しいものです。研修の場面では、特にそう感じます。

 

企業研修講師は、そもそも受講者に伝えたいことをたくさん持っています。だからといって、それを単に語るだけでは、ほとんど伝わりません。下手をすると、「知識のひけらかし」や「自慢話の押しつけ」と受け取られかねません。

 

一般に講師と受講者の間には、大きな溝があります。

 

講師が伝えたいこと⇔受講者が伝えてほしいこと

講師が伝えたいこと⇔受講者が興味をもってくれること

講師が伝えたいこと⇔受講者に伝わること

 

さらには、受講者側にも溝があります。

 

受講者が知りたいこと⇔受講者の役に立つこと

受講者の役に立つこと⇔組織にとって役に立つこと

 

(以下もありえますが、これは入念な事前すり合わせでクリアできるはずです。

講師が伝えたいこと⇔企画側が伝えてほしいこと)

 

 

受講者たちも、それぞれに異なる事情や考えを持っています。こういうたくさんの溝がある中で、伝える側の講師はどうすればいいのでしょうか?考えれば考えるほど、難しい問題です。

 

そんなときは、軸を定めることです。人から何と言われようとも、これを伝えることが皆にとって絶対必要だと、時間はかかるかもしれないが、いつか絶対役立つはずだと。

 

しかし、これは言うほどやさしくはありません。上記の信念を実行するには、まず大きな溝があることを認めたうえで、相手方の関心や事情をできるだけ正しく認識し、それに最大限応える努力をする必要があります。こちらから橋を架けるのです。ただし、信念と明らかに対立する場合は、信念を優先すべきでしょう。言い方を変えれば、そこまで相手に歩み寄らなければ、信念は「一人よがりの思いこみ」になってしまいかねないのです。

 

最悪なのは、「自分はいいことを伝えている。伝わらないのは、相手に能力がないからだ(あるいはやる気がないからだ)」と、相手の責任にすることです。こうなってしまうと、講師の成長は止まり、周囲は不幸になります。

 

多くの場合講師は、受講者から「何でこんな奴に教えてもらわなくてはならないんだ。忙しいのに・・」という、マイナスの第一印象からスタートせねばならない立場にあります。(もちろん事前に、できるだけこのマイナスを小さくしてスタートできるよう企業の担当者とともに仕込むことは大切です)

 

だからこそ、あらゆる配慮や準備が重要であり、それができて初めてプロフェッショナルといえるのです。

 


こういったことは、必ずしも企業研修講師だけにいえることでもなさそうです。組織の中で他者と仕事をする人(ほとんど皆そうです)には、これから必須のスキルかもしれません。

 

先日、ある企業のグローバル人材育成研修のうちの一部のセッションを実施しました。その研修後半に、英語で経営戦略やマーケティングのケースメソッドを実施します。その前に、日本語でその基礎を学んでおこうという一日セッションでした。特に生産部門の方などは、経営学にかかわる知識をあまり持っていないことが多く、その対策となります。しかし、優秀な方はかえってそういう人の中にいます。

 

基礎編だから簡単にできそうと思われるかもしれませんが、正直いえば基礎のほうが企画設計する立場としては難しい。なぜかといえば、

 

・受講者の知識レベルにばらつきが大きい(→わかっている人には退屈)

・グローバル研修とはいえ、海外の事例を増やすとますます理解しづらい人が出てくるので、身近な国内事例にせざるをえない(→わかっている人にとっては、なぜ海外事例出さないの?となる)

・基礎だからと言って、基本的なフレームワークの解説に終始すると、初心者でさえ退屈する(→いわんや上級者をや)

・一日で両科目の基礎をカバーするためには、グループワークなどの時間が取れない(→一方通行になりがちで、集中力の持続困難)

 

といった多変数に対応しなければならないからです。ターゲットは、初心者に合わせるべきなのですが、声が大きいのは得てして上級者、彼らの声も無視できません。ならば、上級者はこのセッションを免除させればいいのですが、それも簡単ではありません。誰が免除対象だと、どうやって決めればいいのか。少しは難しさをご理解いただけたでしょうか。

 

これらの課題に対して、担当講師と練った作戦は以下です。

 

・ターゲットはあくまで初心者だが、上級者もある程度は参考になり楽しめるよう、できるだけなまなましい事例を入れる

・ついては、担当講師が経営に直接かかわった某中堅上場企業を一貫した事例とし、各フレームワークはその企業の具体的事象にあてはめて解説する

・その際、教科書的視点に加え、「現実」の視点からも解説し、立体的な理解を促す

・某企業に関する基礎知識を持ってもらうために、事前課題として基礎情報を配布し、簡単な設問に応えてきてもらう

・受講者が関心高そうなテーマについては、某企業だけでなく所属企業にあてはめる質問を、クラス中に投げかける

・グローバル展開や(関心の高い)M&Aについては、他社の事例も少し加える

・最低10分に1回は受講者の発言を促す。ただし、指名はできるだけ避け、受講者自らが発言する雰囲気づくりを心掛ける

 

 

そして、先週実施完了。ほぼ計画通りのファシリテーションができました。事前課題企業は、全くの異業種で関心を持ってもらえるか若干不安でしたが、多くの方はみっちり準備してきました。その結果、その事例企業に関して非常に突っ込んだ質問や意見が出てきたのは、うれしい誤算でした。

 

予定時間終了後も、20分ほど延長し質問対応。まだ、アンケート結果がまとまっていないので、受講者の評価はわかりませんが、少なくともオブザーブした私には、「場」のエネルギーは伝わってきました。


終了後、やや上気した担当講師の「自分もとても勉強になった」とのコメントが、このセッションがおおむね成功したことを表しているのではないでしょうか。

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