「築地ワンダーランド」を観て

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先月、永い歴史の幕を下し、豊洲に移転するはずだった築地市場。「築地ワンダーランド」は、その歴史を未来に残すために製作されたドキュメンタリー映画です。予想に反して移転問題はまだ不透明ですが、だからこそ今観る価値がある映画です。先日、やっと観ることができました。

 

築地市場とは、現在議論されているようなハード面で語るには大きすぎる存在です。関東大震災後に、日本橋から移転し造りあげた築地市場の建築は、近代建築史の観点からも、非常に重要な遺産だそうです。箱(建築・施設)としても、当時の最先端をいっていたわけです。

築地.jpg

 

ただ、重要なのはその後80年を経て深化してきたソフト面です。つまり、人の信頼を基盤に形づくられた取引のシステムです。システムというと無味乾燥なイメージがありますが、そうではなく体温が感じられる人と人との関係性でしょうか。映画では、市場に関わる人々のコメントを積み重ね、その意味を描いていきます。

 

築地で働く人々は、食品業界に携わる人々からプロ中のプロだと認識されており、もちろん本人たちも強烈なプライドを持っています。

 

「損得でやっていたら、こんな商売やっていられない。お客さんの望むベストを提供するためにやっているんだ。」

 

「それぞれのお客さんが望むものは知っている。だから、それを超えるものを用意して驚かすんだ。」

 

「俺はアナゴのことしかわからない。でも、アナゴのことは世界一知ってるよ。」

 

「魚は毎日ものが違う。毎日何が起こるかわからない。だから、毎日妄想しているんだ。ここで働くものは、みんな妄想族じゃないかな。」

 

 

一時、小売りや料理人が魚介類を産地から直接仕入れる産直が増えていたが、最近はまた築地市場での仕入れに回帰して来ているそうです。値段ではなく、市場の目利き機能などの付加価値の重要性が再評価されているのでしょう。

 

山本益博氏は、こう語っています。

 

「築地市場は世界一じゃない。世界唯一だ。なぜなら、二番以下は存在しないから。」

 

唯一無二の市場を成り立たせているのは、職人集団です。箱を真似することはできても、職人集団を育てることはできない。

 

市場は卸と仲卸によって成り立っています。卸は7社。産地を代表します。仲卸は約600社。仲卸は消費者のために、評価機能と分荷機能を担う。それぞれは、毎日ぶつかり合うわけですが、いい水産物を消費者に届けたいという想いは共通です。自分だけ儲かればいいと思っている人は一人もいない。そんな業者は即、市場から淘汰されるでしょう。

 

ここではお客さんもプロです。プロ同士が日々切磋琢磨して、価値を上げる活動を続ける。それが誇りであり、モチベーションの源泉なのでしょう。その結果として、市場全体の品質と規律が保たれる。学習する組織そのものです。

 

有名フレンチシェフ、リオネル・ベガ氏はこう言います。

「築地市場は、考古学者にとってのエジプトのようなもの。料理人は絶対行かなければなりません。」

 

どうして、そんなすごいものが築地にできあがったのか。このテーマは、文化人類学としても、大変興味深いものです。本映画出演者の一人である、テオドル・ベスタ―・ハーバード大学教授が、それを「築地」という本にまとめました。まだ読み終わっていませんが、先に映画を観てしまいました。早く読まねば・・・。

 

日本社会や組織を考える上で、築地市場は絶好のモデル。移転問題で、その奇跡のような生態系が壊されないことを祈るばかりです。


4907818882築地
テオドル ベスター Theodore C. Bestor
木楽舎 2007-03

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このページは、ブログ管理者が2016年12月 1日 11:15に書いたブログ記事です。

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