日本企業は、生産性が世界一高い生産部門と世界一低いホワイトカラーから成り立っていると、半ば冗談で語られるそうです。
世界一の生産部門は日本の誇りですが、なぜホワイトカラーの生産性がこうも低いのでしょうか?仮説を立ててみます。
●能力がない
0)日本人のホワイトカラーの能力が、他国に比べ低いから生産性も低い。
●個人として生産性を高める気がない
1) 生産性を下げているのは圧倒的多数の男性中高年であり、彼らは早く家に帰りたくない。なぜなら、家には居場所がないから。(職場には多少でもある)
2) 不必要な時間投入によって失われる時間の価値が低く見積もられている。つまり機会費用の概念を持たないか、あるいは機会費用がそもそも低い。つまり、仕事で失った時間がもし失わずにあれば費やしたかった、仕事以外の活動がない。
●組織として生産性を高める構造ではない
3) 集団主義が色濃いために、生産性の低い社員に他の社員も合わせて仕事をする。その結果、護送船団方式のごとく低い社員の生産性に組織のそれも収斂していく。
4) 時間を投入することの価値が大きく認められている。それは精神主義に由来し、そこまで会社に時間を捧げることが忠誠心の証であると評価される雰囲気が、いまだに存在している。
5) 生産部門に比べて、生産性向上の成果が見えにくいため、向上のモチベーションがはたらかない。
6) 日本のホワイトカラーの仕事の進め方はコンセンサス重視であり、そのために余計に時間がかかってしまう。(ただし、一度決めたら生産性は高い?)
他にも考えられる要因はあるかもしれませんが、これらすべてが複合的に絡み合い、生産性を下げているのだと思います。
では、生産性を向上させるには、どうすればいいのか?
まずは、現在の生産性の実態を「見える化」すること。これができていないのが、生産現場と最も異なる点です。生産性とは「得られた成果/投入資源」です。「得られた成果」を計ることは難しい。でも投入資源は、それに比べて把握は簡単です。ホワイトカラーの場合、ほとんどが時間ですから。コンサルティング会社では、どの仕事に何時間をつかったかを記録するのが当たり前です。そうしなければ、プロジェクトの採算が把握できないから。原価を把握するのは企業として最低限のこと。
現代の一般企業も、仕事の仕方がどんどんコンサルティング会社に近くなっています。しかし、そういった時間管理はほとんどしていません。社員の時間コストは、残業以外はサンクコストであり判断に使わないからでしょう。電通が22時以降残業禁止にしましたが無意味です。会社側が管理すべきは、残業時間ではなく社員の投入時間がどれだけ効果的に活用されているかです。それがマネジメントの責任です。
「生産性」の著者伊賀泰代さんは、マッキンゼーの採用担当マネジャーだった時、採用の生産性向上のためこう考えたそうです。
仮に10人採用しようと思えば、欲しい10人だけが応募するようにする。そうすれば面接などの時間資源が削減できる。
採用担当者は、他社よりもなるたけ多くの応募者を集めることに血眼になる傾向があります。応募者が多ければ、優秀な社員を獲得できる可能性が高まると考える。それは、自社への応募者の中から優秀な社員を獲得できる確率は一定である、との前提に基づきます。本当にそうか?との疑問を持つことから、思考が生まれるのです。
こういうときに、生産性の概念を持っていると思考が促されます。応募者が増えれば分母を大きくすることになり、生産性を下げてしまう。他に方法はないか?と。
次に分母である「得られた成果」、これをいかに最大化するか?当たり前のようですが、実はその意識は低いと思われます。組織の成果を向上させるために、どれだけの資源を投入しているでしょうか?部下育成、スキルアップ、業務プロセスの改善など、掛け声はかけても本気で取り組んでいる企業は多くはありません。営業強化だと言いながら、提案書の共有すらされていなかったりします。こういった部分に最も生産性向上の余地があるはずです。
そろそろ日本企業も、生産現場なみとは言いませんが、ホワイトカラーも生産性向上を重要課題とすべきです。過去には成長が問題を覆い隠していましたが、もうそういう時代ではありません。成長しなくても利益を生み出せる体質に変わるべきときなのです。
生産性伊賀 泰代
