舞台を制作するプロデューサーという仕事は、一般の人からはよく見えませんが、ものすごく難しく、かつエキサイティングな仕事のようです。本書の著者は、劇団夢の遊眠社の営業マネジメントを経て、現在自らが社長を務めるシス・カンパニーを創業した北村明子さんです。
興行という水もの商売を、俳優や脚本家という個性も自己主張も強い人々を束ねて、芸術性とビジネスを両立させるという超複雑な役割です。
研修講師も、ある意味で俳優や脚本家のような役割で、そういう方々とずっと一緒に仕事をしてきた身には、とても沁みる言葉に溢れていました。少しだけ、ピックアップします。
・ 相手の心証を気にして中途半端な話をするよりも、本気で思っている内容を伝えたほうが、相手に対して誠実です。
・ 企画には、人間そのものが表れます。どういうものをやりたいかで、プロデューサーの人間性が出るのです。
・ プレゼンはお芝居そのもの。ある目的と感情を込めてせりふを投げ、相手の役者がそれを受けてまたせりふを返す、相手の表情や体の動きの変化を見て、こちらも臨機応変に返すのがうまい役者です。相手が反応しやすいように返せるかどうかも腕の見せ所。企画書は台本として大切ですが、そこに書かれた言葉に命を吹き込むのは言葉のリレーをしている人間どうし。
・ 「お友だち」と一緒に仕事をすると、立場の違いが出た時に人情が邪魔して言うべきことが言えなくなってしまう。見るべきものも見えなくなってしまう。
・ 人との関係は大切にしますが、人を脈という中に組み込んだことは一度もありません。(中略)もちろん仕事に戦略と計算は必要ですが、「人脈」という言葉には、計算ばかりが感じられます。(中略)人を動かしていくのは、つまるところ。誠意と熱意しかありません。それは、どこの世界でも同じだと思います。
・ 執着と熱意は別のものだと思います。執着をなくせば、発想の転換を余儀なくされるので、新しい可能性も見出せます。
・ スタート地点でまず、「私が観たいお芝居」のイメージがあり、そこに目利きとしてのプラスアルファの要素が加わり、今の私がいると思うのです。
さらに、興味深かったのは、井上ひさし氏によるあとがきです。彼は、難しいプロデューサーの仕事を以下のように例えています。
・ 精力的な読書家
・ 優れた哲学者や社会学者
・ 慎ましい扇動家
・ 実務家
・ 会計士
・ 治療を嫌がる病人にさっと注射針を刺す老練の看護師か、教会の神父さん
・ 広告代理店の社長
・ 最後に、劇場に集う全ての者の母
さすが、言い得て妙!
演劇の世界に、ビジネスの世界も徐々に近づいていることを実感します。
