ブックレビュー: 2009年4月アーカイブ

30回サントリー学芸賞を受賞した「アダム・スミス」(堂目卓生著・中公新書)を、やっと読みました。受賞しただけあって、古典をこのように現代人にとって刺激的なものとして紹介した力量はさすがです。良書は、人によって様々な読み方ができるものですが、私は特にアダム・スミスの洞察力に感銘を受けました。

アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書)
堂目 卓生
4121019369

 

 

洞察力は、ビジネスパーソンにとって重要能力だとよく言われます。でも、洞察力とは、どのような能力なのでしょうか。私は、洞察力には二つの種類があるのではと思います。一つは見えない構造を見抜く力、もう一つは心眼といわれるものです。

 

一つ目を、仮に構造把握力と呼びましょう。コンサルタントが洞察力というときは、こちらの意味で使われます。よく氷山の例えが使われます。水面に出ている氷山は、まさに氷山の一角であり水面下には巨大な氷山が沈んでいる。その水面下の見えない氷山を見抜くことが、洞察の一つの例です。また、構造とは、多くの因果関係の束ということもできるでしょう。結果は、水面上の顔を出していますが、それらの原因は水面下で見えない。水面上の結果だけを見ても全体を見たことにならないし、そこから真実を読み取ることはできません。見えない原因と、複雑な因果関係や行動のメカニズムを読み解くことで、初めて全体像が把握できるわけです。このような洞察力は、科学に基づくものといえそうです。

 

アダム・スミスは、この力が特別秀でていたのではないかと思います。大英帝国が、七つの海に植民地を保有し、独占植民地貿易でわが世の春を謳歌していた頃、彼は異なる見方をしています。

 

本国(イギリス)は、独占貿易のための諸規制によって絶対的利益を犠牲にしている。(中略)独占貿易の目的は、自国がどれだけ絶対的に豊かになるかということではなく、他国と比べてどれだけ豊かになるかということであった。(P220

 

彼は、人間に対する深い洞察に基づいて理論を組み立てています。

 

めざす理想が、いくら崇高なものであっても、そこに至るまでの道が、あまりにも大きな苦難をともなうものであれば、人々は、統治者の計画についていくいことができないであろう。体系の人(man of system)は、理想を正しく理解さえすれば、すべての人は、理想の達成に対して、自分と同じ情熱と忍耐をもつはずであると信じて疑わない。(中略)人々がついていくことができなければ、失敗に終わるだけでなく、社会を現状よりも悪くするであろう。(P244

 

振り返ってみれば、そうだったんだと簡単に思えることも、先に見通すことは非常に難しいことは誰もが経験ありますね。それができる能力が、洞察力だと思います。

 

なお、彼の人に対する洞察は、構造把握力だけではなさそうです。二つ目の洞察、すなわち心眼については、別途考えてみたいと思います。

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