ブックレビュー: 2010年8月アーカイブ

毎号「文藝春秋」に連載されている塩野七生さんのコラムは、立ち読み含めて愛読してきました。ローマから世界や日本を客観的に見つめるその視点は、やはり新鮮です。

最近それらが新書にまとめられ出版されましたので、あらためて読んでみました。

日本人へ リーダー篇 (文春新書)
塩野 七生
4166607529

 

それぞれの時の出来事に関するコラムが多いので、少し懐かしくもありますが、本質は全く古くはなっていません。かえって、その後の出来事を知っているだけに、彼女の洞察力に驚かされます。

 

珍しく企業の人事政策、しかも成果主義について書いてあるコラム(成果主義のプラスとマイナス)があります。これが、とてもいい!

 

彼女は人間を3種に分類しています。

    刺激を与えるだけで能力を発揮する人(2割)

    安定を保証すれば能力を発揮する人(7割)

    刺激や安定を保証しても成果を出すことができない人(1割)

 

そして、戦後日本の成長は、他の国々が①に頼っている時期に②を活用したことにあると喝破します。しかし、時代が変わるとそれも変えなければなりません。そして、②の人々に①の人々にしか要求できないことを一斉に求めた。それが成果主義だというのです。・・・なりほど、です。

 

その弊害として3点挙げています。

A)①と②の差は、能力の絶対差ではなく、質の違いだということを無視した。従って、安定を保証されなくなった②の生産性は低下してしまった。

B)腰を据えて一つのことに集中するという、日本人の強みを崩してしまうリスクがある。

C)成果を上げることしか考えない人が犯しやすい、拙速につながる危険性がある。

 

どうでしょう。非常に人間を洞察した意見ではないでしょうか。「経営は人なり」と、どの経営者も言います。しかし、このような人間に対する洞察をもって人に対峙する経営者やマネジャーがどれだけいることでしょうか。

社員の自律化は、現在の日本企業共通のテーマのようです。経営環境がそれを促しています。それは事実でしょう。そして、常に参照対象となるのは、欧米企業における社員と企業との自立した関係です。いわく、個人が自律しており、会社に依存せず、自らの判断で行動している、不確実性がますます高まる状況においては、日本企業の社員もそうあらねばならない。

 

一方、自律が孤立を招き、利己主義に陥りやすいこともまた事実でしょう。個人主義と集団主義と、簡単に二分法で考えるのは危険ですが、両者にとって非常に重要かつ難しい問題です。

 

その厚さと重さゆえ、買っておきながら手を付けていなかったもう一冊の本を読了しました。

 

逝きし世の面影 (日本近代素描 (1))
渡辺 京二
4751207180
98年出版の渡辺京二著「逝きし世の面影」です。

 

「日本近代が前代の文明の滅亡の上にうち立てられた事実を鋭く自覚していたのは、むしろ同時代の異邦人たちであった。彼らが描きだす古き日本の形姿は実に新鮮で、日本にとって近代が何であったか、否応なしに沈思を迫られる」

 

と帯にありますが、それが的確に本書の内容を表しています。近代化とはひとつの文明が滅んだことなのです。それを理解できたのは、日本人自身ではなく、維新前後に来日した外国人でした。詳細な記録探索から、著者はそれを読み解いていきます。多くのことを考えさせられる、評判通りの名著です。

 

しかし、その文明が完全に滅んだわけではないと思います。私自身も、その残滓を感じることがあります。だから、その意味で日本はまだ特殊な国なのです。

 

最終ページにこうあります。

 

おのれという存在にたしかな個を感じるというのは、心の垣根が高くなるということだった。(中略)しかし、心の垣根は人を疲れさせるだけではなかった。それが高いということは、個であることによって、感情と表現を、人間の能力に許される限度まで深め拡大して飛躍させ得るということだった。オールコックやブスケは、そういう個の世界が可能ならしめる精神的展開がこの国には欠けていると感じたのである。

 

現代のわれわれ日本人も、心の垣根はまだ相対的に低いのでしょうか?だから、個の力を高めることが下手なのでしょうか?今以上に、心の垣根を高くしたとき、何を基軸にして暮らしていけばいいのでしょうか?

 

 

自律化とは、言うほど簡単なものではない気がします。

このアーカイブについて

このページには、2010年8月以降に書かれたブログ記事のうちブックレビューカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはブックレビュー: 2010年7月です。

次のアーカイブはブックレビュー: 2010年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1