ブックレビュー: 2013年5月アーカイブ

リクルートのDNA―起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)
江副 浩正
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リクルート創業者の江副氏が亡くなって三ヶ月ほどが経ちました。思うところがあり、彼が2007年に執筆した「リクルートのDNA」を読んでみました。そこには、DNA誕生の理由が多くの逸話とともに書かれ、これからの経営を考えるヒントに満ちていました。備忘録的に整理しておこうと思います。

 

●大学卒業と同時に創業したことが常識に囚われないスタイルを生んだ

ビジネス経験がないということは、それまでの経営の常識に囚われないという非常に大きなアドバンテージを与えたと思います。1年でも大企業で働けば、嫌でも「常識」に適応しようとしてしまいます。もちろん、それがいい意味で財産になることも多いのですが、新しい事業をするには制約となることのほうが多いと思います。常識を知らない江副氏は、一見非常識に見えること(例えば高卒と大卒の新入社員給与を同じにする)でも、平気で実行できたのです。

 

さらに、彼は経営を知らないのだから、素直に顧客に教えてもらうおうとします。あるいは、社外のプロフェッショナルの知恵を進んで借りようとしました。それが、それまでになかったビジネスモデルを創造することにつながったのでしょう。

 

●自分の欠点を認めていたため、他者の力を借りることを厭わなかった

彼は自分は子供の頃から喧嘩も弱く、人前で話すことも苦手などちらかといえば暗い人間だったと述べています。だから、弱い自分を助けてくれる仲間や専門家の言葉を素直に聞き入れます。創業者は、得てして自分が常に正しいと思いこもうとしますが、それがその会社の限界を作ります。しかし、弱さを認めた創業者は、自分の間違いを認めることや「任せる」ことができるので、限界を超えられるのです。これは、病弱ゆえ事業部制を編み出した松下幸之助にも言えることです。自信のなさゆえ、社員の能力を最大限に引き出さなければならないとの意識が強かったのでしょう。

 

●「人」への関心が人並み外れて強く、人の心理を軸に経営を組立てた

彼自身教育心理学科を卒業していますし、創業パートナーは、学科同級生の大沢氏、同じく後輩である橋口氏、美学美術史出身で博報堂のコピー課長だった森村氏、同じ学科出身で魚類の生態研究者となった池田氏、演劇の勉強をしていた鶴岡氏といった、ビジネスよりも人そのものや生き物に興味をもっていた人々で構成されていました。リクルート社が、人の力を最大限引き出すことで成長するビジネスモデルを創り上げたのは、創業メンバーの興味に大きく影響されたのだと思います。

 

●事業展開に戦略性はなく、ただ現場のエネルギーの発露をつくっただけ

東大新聞の広告取りから非常に多くに事業に拡大していったわけですが、そのルートはその場その場の判断としか見えません。

 

大学新聞広告取り→大学新聞求人広告取り→(広告は記事の半分までとの規制があったので)就職特集号(複数大学の求人広告を束ねる)→学生向け就職情報誌(扇谷正造氏の「表示が重要」との言葉を思い出し、表紙の大家亀倉雄策氏に依頼。以降、経営の師となる。他にフリーのコピーライターらとの協業も)→(季節性対応で)リクルートブック高校生版→(景気の波対応で)就職情報→(採用以外で)住宅情報、エイビーロード、カーセンサー(広告だけの本は出版流通に乗らないためやむを得ず直販とする)

 

いずれも「広告だけの本」というコンセプトを、状況に合わせて拡大していったもの。面白いことに、成功した事業の多くで江副氏は別の意見を出すものの、発案した社員の反論に負けて提案通りとしています。

 

一方、江副氏の「戦略眼」で事業化しようとした、コンピューター事業、通信事業や出版事業、不動産事業は皮肉なことに全て失敗しています。彼の思い入れの出版事業は失敗しましたが、撤退後提案のあった「単行本の情報誌」(ダビンチ)は、彼の予想に反して成功。

 

 

リクルート社の強みは、そのDNA自体とそれを担保する仕組み、そしてそれを実行する「プロセス手順」にあることは間違いなさそうです。同社の将来は、上場後もそれらを維持し、さらに海外などの買収企業に移植できるかによって決まることでしょう。もしそれが実現できれば、日本発でグローバルに通用する経営手法の誕生となるかもしれません。非常に楽しみです。

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