言葉にならないものを伝えるには:身体知

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昨日、身体知に関する勉強会(上智大学大橋教授主宰)に参加しました。とても刺激になりました。

 

身体知には、「身体を知ること」と「身体が知ること」の二面があります。私は仕舞の稽古をしながら、毎回「身体を知る」ことに楽しみを感じています。西洋の常識に捕らわれがちな現代人にとって、中世日本人の身体の使い方を知ることで、自分自身の身体を発見することがあります。例えば、いわゆる「ナンバ歩き」は、身体が本来持つ力を感じさせます。

 

昨日の勉強会のテーマは後者、「身体が知ること」の方でした。頭ではわからないが、なんとなく体がわかるってことありません?頭で迷った時は、体の声を聞いてそれに従うようにしています。勘といえば勘ですが、その成功率は高い気がします。

 

 

身体が知る「何か」、それを「原事態」と呼びます。問題は、それを言語で表現できないことです。日本人は、元来それを諦めていたようです。「背中で語る」とか「芸は盗め」など、言語を使わず理解することを当たり前としてきました。

 

一方、西洋はそこに科学を持ち込み、何らかの言語化をし、再現可能にしてきました。逆に言えば、言語で表現できないものの存在は認めない。

 

日本人も特に戦後は、科学万能主義のもとで、言語化を模索します。その典型がマニュアルです。しかし、マニュアルで表現できるのは原事態を100として、10以下でしょう。それでもゼロよりはましです。ただ、問題は10を理解して100を理解したと勘違いすることです。マニュアルやルール万能主義とはこのことです。

 

謡を最初に学んだとき、なぜ五線譜で表現してくれないのかと、不満でした。先生に尋ねると、謡では西洋音楽のような絶対的な音の高さは決まっておらず人それぞれだ、またたった五線では表現できない、との回答。あくまで便宜的に西洋で開発された表記法を、当たり前のように使おうとする自分の愚かさに気づきました。


西洋では割り切って五線譜ででも表現するのに対して、日本では言語化できないものは言語では表現しないのです。そこには大きな違いがあります。では、日本人はどうやって原事態を伝えてきたのか。基本は先生による口伝えです。もっと本格的には、長い時間を一緒に過ごす(でも教えない)という内弟子というシステムです。理屈はいいから、とにかく真似せよ。どんな芸能も技術もそうでした。

 

禅にも「不立文字」という言葉があります。言葉では伝えらないので、師匠が弟子に口伝えで教えるということです。言語化を諦めているのです。

 

では、原事態を全く「形」にしないで伝えるのか?私は、言語ではないが形にする方法もとっていると考えます。

 

例えば公案。禅には公案があります。師匠が弟子に対して与える課題です。例えば「隻手の声」。(両手で打ちあわせば大きな音がなるが、片手ではどんな音がするか?)言語ではなく、公案という形の課題を与え、考えさせることで伝えるというアプローチです。

 

もう一つは「型」です。仕舞とは多くの型の組合せでできています。型とは非常にシンプルなもので、それを覚えることはそれほど難しいことではありません。だから、型さえ覚えれば、私のような素人でもひととおり舞うことはできます。しかし、当り前ですが、先生が舞う仕舞とは全く別物です。型は正しくても所詮先生の100に対して10以下なのです。それを埋めるのは、やはり稽古です。

 

思うに、型とは先生の仕舞(原事態)を圧縮したものにしか過ぎず、学ぶ私は圧縮された型の複製を、解凍しなければならないのです。その解凍するプロセスが稽古なのです。解凍するということは、シンプルな型からどれだけ原事態を想像し再現できるかということでもあります。しかもその想像とは、頭によるものでなく身体によるもの。言葉にできないものを、頭では理解できないからです。

 

言葉にできないものを、わずか10という言語で理解したつもりになってはいけません。わずか10なのだと謙虚に認識した上で、100に近づけるよう想像力を身体にはたらかせるのです。

 

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このページは、ブログ管理者が2016年9月27日 14:03に書いたブログ記事です。

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