ターゲット顧客を「落とす」ための一日研修

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多分、日本企業で働くホワイトカラーで最も多くいる職種は営業職でしょう。どれだけIT化が進んでもそれは変わらないと思います。企業対企業の取引では、長期的関係性が重視されます。頻繁に取引先を変えていては、取引コストが膨大になるからです。また、長期的取引によって、双方が相手を効果的に活用する方法を学習します。もちろん、馴れ合いや緊張感の欠如はダメですが、それがなければ長期的取引は合理的です。

 

それだからこそ、新規開拓の難易度は高い。よく米国企業はものさえよければどんな新参者とも取引してくれて素晴らしいとの話をききますが、それはすぐ切られる可能性も高いことの反面です。入るのは難しいが、入ってしまえばそれなりに快適というのは、入学や就職と同じかもしれません。

 

さて、ある大手BtoB企業が、取引のまだない大手優良企業を落とすべく、営業部長がじきじきに担当し攻略することを計画しました。これまで何度も担当者が営業をかけても落とせないターゲット企業。この計画の成否にこの会社の成長がかかっています。

 

その企業から、営業部長(13人います)に対してプレゼンテーション力強化の一日研修の相談がありました。先方の期待は、まず4人の部長を対象に作成したターゲット企業向け営業提案書の出来栄えをチェックし、実際にプレゼンさせて改善点をフィードバックしてほしいというものでした。

 

一般的なプレゼン力強化研修の場合、資料作成及び口頭でのプレゼンテーションにおける表現力/説得力を高めることが主な目的だと思います。こういったことを得意とする講師はたくさんいます。しかし、今回の対象は営業部長、しかも実際に攻略する相手先も決まっており、研修終了後すぐに提案訪問することになっている。つまり、すぐに成果が出ることすなわち取引を獲得することが求められているのです。これは研修というよりは営業支援でしょう。

 

そう考えたため、当初期待された研修内容より、さらに一歩踏み込んだ対応が必要だと判断しました。つまり、研修のゴールはターゲット企業からの受注獲得、そのためには、そもそも提案内容(コンテンツ)が適切でなければなりません。コンテンツのブラッシュアップと、誰にどういう立ち位置で提案するのかといったコンテクストの設定、その上で文書と口頭での表現力、そういった総合的なアドバイスとトレーニングをしなければならない。それを担当する講師は、一般的なプレゼン研修のプロではないでしょう。その業界の知識を持ち、提案営業を数多く経験し実績を出してきた、さらには受講者とインタラクションを適切に持って、気づきを促すことができる高いファシリテーションスキルも必要です。幸い、その条件に合う方に依頼することができました。

 

ただ、先方の窓口の方は、我々が考えているほど大げさなものを当初期待していたようではなさそうです。そこで、本質的な期待に応えるにはこのアプローチしかないことを講師とともに説明し、ご理解をいただきました。

 

次の問題は、研修に一日しか取れないため、提案内容(コンテンツ)のブラッシュアップにどうやって関わるかです。事前にコンテンツの精度をある程度高めて提案書を作成し、研修に来てもらう必要があります。我々が出来るのは、コンテンツを適切に考え抜いていただくための問いを投げかけ、その回答を用意してもらうことだけでした。そして、以下を事前課題として研修の4日前までに提出することを求めました。

 

1.      対象顧客に対する取引拡大戦略の確認

(1)既に作成済の資料の提出

(2)競合他社分析

A.直近3年間の自社及び競合他社の取扱実績(売上)比較を表にまとめる。

B.競合他社(上位企業もしくは当社がシェアトップの場合は第2位企業の強みと弱みは何か?

(3)対象顧客に対する取引をより一層拡大するために、現在の営業活動で足りないものは何か?

(4)上記(3)を克服するためには何が必要か?

(5)対象顧客が抱える課題とそこから抽出されるニーズは何か?

(6)上記(5)で抽出されたニーズに当社・当営業部・支店はどのように応えることができるか?

(7)対象顧客に対す取引拡大に向けた営業目標を設定したうえで、上記(1)~(6)を踏まえて、目標を達成するための営業戦略を端的にまとめる。

 

2.提案資料の原案作成(フォーマット自由)

上記1を踏まえて、対象顧客に対する具体的な提案(プレゼンテーション)資料を作成する。


集まった4人分の資料は、完成度はあまり高くはありません(個人差は大きいものの)が、概して真面目に取り組んでいることがうかがわれるものでした。講師は、それらを念入りに読込むと同時に、各ターゲット企業の分析も行いました。提案内容に関するある程度の仮説を作っておくのです。また、提出資料は、他の受講者とも共有しておいてもらいました。

 

そして研修当日。まずは、4人が順番に、ターゲット顧客に関する分析(5分)と提案概要(8分)を発表します。ここは模擬プレゼンではなく、考えていることを発表するスタンスです。発表したコンテンツに関して、講師や他の受講者はコメント、質問、アドバイスをギフトとして与えます。聞いていた受講者も、営業経験豊富な方々ですから、的を射たアドバスが多数なされました。共通の課題を抱える受講者は、一緒になって知恵を出そうと必死にメモを取る姿が印象的でした。

 

それらが終わったところで、講師から提案書作成のポイントがいくつか提示されました。講師は事前に集まった提案書をみているので、彼らにアドバイスすべき内容は整理されていました。このレベルの受講者に、教科書通りの提案書作成ノウハウを提示してもあまり意味はありません。

 

ランチの後で、午前中に得た多くのアドバスを反映させるべく各自で提案書の修正作業に入ります。それにかけたのは約2時間。4人は代わる代わるに講師に個別の質問を投げかけ、講師は一緒に考えていきます。講師は正解を持っているはずはなく、あくまで受講者が自ら判断するプロセスをサポートする役割です。受講者も講師とやり取りする中で、自ら納得していくようでした。

 

そして、最後に各15分の模擬プレゼンを実施します。(ここから管掌する取締役が出席されました。)プレゼンする受講者と講師は約2mの間隔を空けて、相対で座ります。講師は提案を受けるターゲット企業の特定の方を演じます。(相手先企業の誰に提案するかは、固有名詞で決まっています。)両者の横に立てられたスクリーンに提案書を投影し、模擬プレゼン開始。照明を落とすかどうか、立って話すかどうかなども、すべてプレゼン者に任せました。途中で顧客役の講師が質問します。

 

こうして、模擬プレゼンが終了すると、講師は他の受講者に感想を求めます。午前中と比べてどうだったか?どうすれば、もっと説得力を高められるか?もし自分が顧客だったら、どういう印象を持つか?など。活発に発言がなされました。講師からのフィードバックを行い、最後に取締役にコメントをいただく。これを4人繰り返しました。


私も、後ろでオブザーブされた方々も、思った以上に最初の提案書から改善されたという印象を持ちました。講師の事前の準備と作り込みに基づく的を射た指摘やアドバイス、そして受講者同士の積極的な相互アドバイスが、提案書作成とプレゼンを成功させようという強烈な場の「空気」を生み出していったようです。たった一日で、ここまでレベルアップしたことには、私自身驚きました。

 

研修終了後の受講者と企画側や事務局、そして講師の達成感、自己効力感に満ち溢れた顔を見るのが、私にとって最大の報酬かもしれません。

 

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このページは、ブログ管理者が2016年7月29日 11:55に書いたブログ記事です。

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