文脈力と物語り

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年末年始に読んだ「史上最大の決断」(野中郁次郎、荻野進介著)は二つの意味で面白かった。ひとつは、米英がいかに戦略的に戦争を進めていたかがわかったこと、もう一つは将軍らのリーダーシップスタイルがさまざまであり、ノルマンディー上陸作戦においては、アイゼンハワーのそれがベストフィットしていたことが分かったことです。

 

後者に関連して、書いてみます。

 

リーダーにとっての判断基準とは、究極的には自らの信念しかありません。そして、信念を形成するには、歴史的構想力文脈力が欠かせません。チャーチルは類まれな歴史的構想力を、アイゼンハワーは、類まれな文脈力を身につけていたそうです。文脈力とは、文脈の察知、変換、創造に関わる知の作法。

 

見えないものを見、一見関係なさそうなもの同士の間に道筋をつけるパターン認識の文脈力こそが、あらゆる職業に必要な至高の能力だと、著者は強調します。そして、物語の関係性に対する洞察を深めるのはリベラルアーツの知識です。

 

文脈力とは、例えていえば夜空にきらめく星々から、星座を想像する力に近いかもしれません。星と星を結び付けて物語をつくる力。

 

スティーブ・ジョブズも似たようなことを語っています。彼の有名なスタンフォード大学でのスピーチ。

 

彼は、大学を中退し気儘にいろんな大学の興味ありそうな講義に潜り込んでいました。リーズ大学もそのひとつ。ちょっと長いが引用します。

 

リード大では当時、全米でおそらくもっとも優れたカリグラフの講義を受けることができました。キャンパス中に貼られているポスターや棚のラベルは手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。退学を決めて必須の授業を受ける必要がなくなったので、カリグラフの講義で学ぼうと思えたのです。ひげ飾り文字を学び、文字を組み合わせた場合のスペースのあけ方も勉強しました。何がカリグラフを美しく見せる秘訣なのか会得しました。科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになったのです。

 もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。もし大学であの講義がなかったら、マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。ウィンドウズはマックをコピーしただけなので、パソコンにこうした機能が盛り込まれることもなかったでしょう。もし私が退学を決心していなかったら、あのカリグラフの講義に潜り込むことはなかったし、パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかった。もちろん、当時は先々のために点と点をつなげる意識などありませんでした。しかし、いまふり返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。

 

ジョブズも、過去の一見無関係な星々を、無意識に結び付けて自らの物語を綴ってきたのでしょう。意図を持って文脈をつくったアイゼンハワーと、結果的に振返ってみれば文脈を作ってきたジョブズ、立ち位置は異なりますが、卓越した文脈力を持つということでは共通だと思います。

 

これまで「物語(ものがたり)」という言葉を使ってきましたが、言いたいのは名詞の「物語」(story)ではなく、動詞の「物語り」(narrative)です。名詞の「物語」は、始めと終わりを持つ構造体です。(「あるとき、お爺さんとお婆さんが山に洗濯にいきました」で始まるような「お話」)一方、動詞の「物語り」は、そのプロセスを関係付けて統一的な意味をつくる言語行為だそうです。(例えば、太平洋戦争で日本は、「八紘一宇」や「アジアの解放」などと物語り、侵略戦争を進めたわけです)

 

つまり、歴史とは客観的事実ではなく、未来を創るための「物語り」だともいえます。リーダーは、そういった未来を物語る力なしに、複雑で不確実で正解のない状況で、意思決定できるだけの信念を持てるでしょうか。逆にいえば、ものがたられる未来像によって支えられた固い信念を持つリーダーに、人々は付いていくのではないでしょうか。

 

昨日、哲学の先生に「説明と記述は異なる」と教わりました。「説明」とは、客観的に事象を語ることであり、「記述」とは自らの行動を主観に基づいて語ること。高村光太郎の有名な詩、「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。・・・・」でいえば、その状況をただ説明しても何の感慨もありませんが、「僕」が語り記述することで、全く聞き手の感情が違ってきます。

 

文脈力とは、一人称で主体的に、人々を動かすように記述する力と言えるのかもしれません。

 

 

史上最大の決断---「ノルマンディー上陸作戦」を成功に導いた賢慮のリーダーシップ
野中 郁次郎 荻野 進介
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このページは、ブログ管理者が2016年1月13日 11:32に書いたブログ記事です。

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