お悔やみ:加藤武さん&立原位貫さん

 この猛暑のためか、高齢の著名人が立て続けに亡くなっています。

中村政則さん、阿川弘之さん、山口鶴男さん、出口裕之さん、加藤武さん、中邨秀雄さんなど。

 

加藤さんは、俳優としても大好きでした。映画の金田一シリーズの警官役、「釣りバカ日誌」の役員役などが有名ですが、個人的には高峰秀子主演の「放浪記」(1962年)の上野山役が印象に残っています。

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麻布中学・高校の同級生に、フランキー堺、小沢昭一、仲谷昇などがおり、その顔ぶれで想像つくと思いますが、古典芸能にも造詣が深い、大変粋な人でした。

 

昨年引退した文楽の竹本住太夫さんとも親しく、私も行った引退公演で、「住太夫!」と大きな掛け声をかけたのは、間違いなく加藤さんだったと思います。国立劇場でも何度もお見かけしました。

 

加藤さんは、先週の金曜(7/31)に、スポーツジムのサウナで倒れ、そのまま帰らぬ人となったそうです。実は、私もそのスポーツジムに通っており、三回に一回くらいは一緒になりました。(私はその前日と翌日に行きましたが、7/31にはいきませんでした)加藤さんは86歳と高齢にも関わらず、いつも自転車に乗ってこられます。そして、いつもスタジオでエアロビクスやステップをやり、サウナに入って帰られました。サウナを出て水のシャワーを浴びながら、気合の声を発するのが独特でした。

 

現役で舞台に立っている俳優さんですから、そこまで鍛えているのだろうと、いつも感心していました。ある日、サウナで一緒になると、加藤さんのぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきます。台詞を覚えているのだろうと思ったのですが、しばらくするとそれが、般若心経だとわかりました。私は挨拶程度のお付き合いですが、非常に腰の低い方でした。

 

昨年、代表を務める文学座の公演「夏の盛りの蝉のように」の演技で、紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞したばかりで、まだまだ円熟の俳優として活躍されることを楽しみにしていたのに、大変残念です。心よりお悔やみ申し上げます。

 


加藤さんが亡くなったその翌日(8/1)に木版画家の立原位貫さんが亡くなったことを、一昨日親しくしているギャラリーの方から聞きました。


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木版画家というより現代の浮世絵師といったほうが正しいでしょう。江戸時代、浮世絵は、絵師、彫り師、刷り師の分業で成り立っていましたが、立原さんはそれらの技術をすべて独学で身に着け、一人で江戸の浮世絵を現代に甦らせることができる、日本唯一の人でした。


私も、浮世絵の本来の鮮やかな色を再現した作品で、初めてかつてゴッホたちが感動した色を見て、フランスの印象派の画家たちが日本に憧れたことが腑に落ちました。

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今月の29日から萩美術館浦上記念館で、初めての大々的な個展が始まります。その矢先に・・・。

 

昨年11月、ある新聞のインビューでこう語っていました。

 

-浮世絵の復刻は欧米でも評価され、近年は独自の版画制作に力を注ぐ。今後は?

 自分の思う表現を実現できるのは、あと十年ほど。版画しかやれないから、死ぬまで版画家でいる。京都のこの辺は観光地だから、木版画で絵はがきを作って、お店で売ってもらい、今日は一万円売れたなと言って晩ご飯を食べる。これまで得た評価に拘泥せず、絵はがきを売るじいさんになれたら幸せだと思う。

 

下の世代に伝承することもなく、独学で身につけた江戸の技術とともに63歳で逝ってしまいました。日本美術界にとっても大変な損失だと思います。ご冥福をお祈りいたします。

 

合掌

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このページは、福澤が2015年8月 6日 15:08に書いたブログ記事です。

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