現代において、経営者の役割の多くを企業変革が占めているといってもいいでしょう。右肩上がりの時代であれば、組織をうまく調整して秩序を維持しながら、組織の力を発揮させる環境整備が、経営者の役割でした。神輿に乗るにもそれなり力量が求められていました。しかし、今は違います。あらゆる業界において、不確実性のレベルが全くそれまでとは異なるからです。
では、過去の自分のそして組織としての経験が活かせないこういう時代の経営者をどうやって育成するのか。ひとつは、そういう経験者の話を聞き対話することで、気づきを得る方法です。
その場合は、外部から企業変革の経験者をよび対話することになります。なぜ、外部か?社内には経験者がいないから。仮にいたとしても、社内の年長者の経験談を、公式の場で話してもらう場合、多分にバイアスがかかることが多いからです。本音の話をすると、必然的に社内の他のだれかを傷つけることになります。それは、まだその話が新しければ新しいほど、日本の組織社会ではタブーとなるのです。大人げないと。そこで、外部から経験者をよぶことになるのです。
外部の人であると、率直な質疑応答が可能になります。受講者が、講演者の話を自分の問題と紐付けて聞き、そこで生まれた疑問をすぐに質問できることは、とてもいい学習機会となります。
ある企業の経営幹部を対象とした研修に、外部から変革を実行した経営者を招へいしたプログラムを数年にわたって実施しています。講演60分、質疑応答30分の設定ですが、質疑応答は毎回時間がたりません。
経営者として企業変革を何度も経験する人はほとんどいない。ほとんどの人は、一生に一度しか経験することができないにも関わらず、大きな責任を抱えてその一度に挑むことになるのです。だから、経験者との対話は役立つはずですが、他の人の経験から得られた知識が、そのまま自分の企業で使える可能性は、実は高くはない。あまりに、問題の個別性が高いからです。
したがって、そういった知識の量ではなく、大事なのは他人の経験を抽象化して、自分の状況と照らして合わせて考えることができる能力です。この能力があって、はじめて経験者との対話を活かすことができます。その点で、先ほど述べた企業の受講者のレベルは高い。だから非常に有効です。他人の経験から学ぶことができれば、世界中に先生がいることになるわけですから、その後の成長スピードは速い。
もうひとつ重要なのは、やはり自分自身の世界観や事業観です。それがなければ、自分にとってのいい「先生」を選ぶことができない。数多くの先生の中から、現在の自分の状況にフィットする人(つまりフィットする教え)を選ぶことは、非常に難しい。同じ状況であったとして、わたしとあなたでは選ぶべき先生は違ってしかるべきだと思います。
結局、意識しないとしても選ぶ基準はそれぞれが持っているのです。それを規定するのが、世界観です。世界を、日本を、自社を、人間をどのようなものとして認識するのか、ということです。
これまで日本の大企業の変革で成功した事例は、そのタイミングで最もふさわしい世界観を持つ経営者が選ばれたケースではないでしょうか。(最近の事例ではJALと稲盛氏)
経営者候補自身の観点からいえば、どれだけ独自の世界観を持つことができるか、その上でどんな自他の経験から学ぶかが勝負です。一方、長期的に会社全体の利益を追求するもの(一般には株主とされる)の観点からは、そのタイミングでどんな世界観を持つ人を経営者に選任するか、そこが勝負です。しがらみを抱えた社内役員だけで、そういう冷徹な判断をすることは難しいでしょう。だから社外取締役が求められている。
ただし、オーナー企業やオーナーが存在感を示す企業(トヨタ、ユニチャームなど)では、社内役員でもある創業家出身者が、企業の長期的繁栄を第一に考える傾向があるため、経営者を選択する能力が高い気がします。
結局のところ、学習能力が高く独自の世界観を持つ人間を複数見つけ、その者たちに多くの学ぶ機会を与え、適切な時期において適切な世界観を持つものをその中から選び経営を託す、その繰り返しが優れた企業のやり方なのだと思います。
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