襲名披露と組織の活力

昨日、文楽5月公演を観てきました。今回は、人形遣いの吉田玉男襲名披露公演の位置づけです。先代吉田玉男が亡くなって早10年、その一番弟子だった吉田玉女が名跡を継いだのです。文楽は歌舞伎などと違って、世襲制を取っていないため、名跡を継ぐことはそれほど多くはありません。なので、襲名披露公演での口上を聞く機会も多くはないのです。

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これより前の大きな襲名披露は、2003年の豊竹勘十郎三代目襲名でした。彼は、新玉男の同期入門です。その時の口上も忘れられません。文楽の襲名披露口上では、本人はしゃべりません。その代わり、各部(太夫、三味線、人形遣い)のリーダー(的な重鎮)が、お祝いを述べるのです。2003年は太夫のリーダーとして玉男が話しました。本来は、勘十郎(吉田蓑太郎)の師匠である吉田蓑助が言うべきところですが、蓑助は脳梗塞の後遺症がまだ残っていたため、玉男に託したのでしょう。でも、蓑助はなんとか、「よろしくお願いします」という言葉を絞り出し、それが何とも印象的でした。その言葉に、舞台上と観客席の全員が勘十郎を祝福するとともに、応援しようと思ったことでしょう。

 

今回の玉男襲名披露口上では、千歳太夫の仕切りのもと、嶋太夫、寛治のお祝いの後で、新玉男の同期である吉田和生と勘十郎が語りました。文楽の世界でも同期の絆のようなものがあるのですね。

 

ところで、この襲名という慣習というか仕組みは非常に日本的なものだと思います。周囲から認めてもらって、やっと上の名前をもらえる。上の名前をもらったら、自分はもちろん周囲もその人を一段階上の力量を備えたと認識する。そして面白いことに、襲名をきっかけに本当にその名前にふさわしい成果を出していく。

 

実力(技能の能力)があるということと、周囲が認めるということは、必ずしも一致しません。実力を身に着け、さらに周囲に認めてもらい、その上で襲名することで、名実ともに階段をひとつ上がっていく。このプロセスが独特です。さらに言えば、襲名披露とは、その場にいた全員に、襲名した人がそれにふさわしい行動を取る限り、応援し続けることを約束させる儀式でもあります。

 

その背景には、日本の組織で能力を発揮するには、自分の力だけでは不足で、周囲との良好な関係性を維持することが絶対条件だということが大きいと思います。そして、関係性は目に見えないものなので、象徴となる「名」が必要です。しかし、名には責任が伴います。先代の名を汚すことは、その組織ではもう生きてはいけなくなることを意味します。なぜなら、名とはその時間における位置づけを表象するのではなく、代々の先達、つまり歴史的時間に対しても責任を負うことになるからです。重たい名前ほど、そのプレッシャーは強烈でしょう。だから、それに耐えることで、さらに大きな存在になっていくのです。周囲も常に応援し続けるとともに、シビアに評価を続けていく。

 

実力があるから名をもらえるのではなく、名をもらうことで実力を本当のものにしていくのだと言えるかもしれません。

 

このように、組織における歴史的時間の中で成長することを期待されるのが、日本独特の組織文化なのでしょう。

 

昨日、照ノ富士関が初優勝を飾り、三役二場所で大関昇進が確実視されているようです。本人も、まったく予想も期待もしていなかったでしょう。

terunofuji.jpg撲の世界は、勝ち負けがはっきりするので、実力と周囲の承認が一致しやすいのかもしれません。しかし、番付とランキングは同じものではありません。大関昇進は、襲名と同じ意味合いだと思います。大関にふさわしい関取に、照ノ富士関が成長することを切に願います。

 

企業における肩書も、やはり「名」と同じようなものかもしれません。肩書が周囲の期待値を定め、その周囲の期待値が空気のように本人にプレッシャーを与える。その自覚をもって仕事のやり方を変え、スパンを広げ、視座を高くする。つまり、肩書が人をつくる。

 

バブル崩壊後、意思決定を速くするとの目的で、階層を減らしそれに伴い肩書も大幅に減らす企業がたくさんありました。係長も課長も部長もみんなマネジャーに括る。それは、日本の組織風土を考えれば、個人の成長機会を除去するものであり、その結果はさんざんだった。

 

やはり、日本人にとって。襲名と襲名披露は組織の活力の大きな源泉なのだと思います。これって、世界に誇るべきすごい仕組みではないでしょうか。

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このページは、福澤が2015年5月25日 11:16に書いたブログ記事です。

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