日本人の身体性:「椅子と日本人のからだ」を読んで

先日、狂言師で人間国宝の野村萬さんによる三番叟を観ました。三番叟は、翁の後半で狂言師によって演じられる部分ですが、そこを切り出して独立した演目として演じられることも最近は多いようです。文楽では、定番となっていますね。

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さて、その三番叟ですが、ご覧になった方はおわかりのように、非常に激しい動きをともないます。それを、昭和五年生まれということですから、84歳の野村さんが演じるのです。しかし、その動きはシャープで、まったく歳を感じさせません。さすがに、動きが止まっているときには、息が上がり呼吸音が最後列の私にも聞こえてきましたが、声を発するときには何事もなかったかのように、朗々とした声を見所内に響かせました。以前野村萬斎さんによる三番叟(翁の一部として)も観ましたが、動きのキレでは若い萬斎さんにも引けを取っていませんでした。まさに驚異的!

 

しかし、能楽師では決して野村萬さんが特別なのではありません。90歳過ぎても、衰えを見せない方もおられます。一般人とは鍛錬のレベルが違うとはいえ、同じ人間とは思えないほどです。それは、なぜなのでしょうか?鍛え方と同時に身体の使い方に秘密がありそうです。「正しく」身体を使えば、いくつになっても(野村萬さんのように、は極端ですが)健康に生活できるに違いない。

 

問題は、何が「正しい」身体の使い方なのかです。能楽師の動きは、武士の動きに準じているそうです。どんな時にでも、命懸けで戦う準備ができている身体。それは、長い時間をかけて獲得した、日本人の生活習慣や身体特性を踏まえた、無理なく最大限効率的に動くことができるような身体の使い方なのです。

 

能楽師も(多分)武士も、ほとんど椅子は使いません。一方、中国では古くから椅子が発達してきました。ハンスウェグナーも中国の椅子を参考にして作品をつくっています。日本にも、遅くとも奈良時代には遣唐使らとともに中国の椅子は輸入されています。日本人は舶来品を日本的に改良し、大元のもの以上のものを作り上げる民族ですが、なぜか椅子だけは発達してきませんでした。椅子好きの私にとって、これは謎でした。

他にも、我々日本人の歩き方。欧米人のそれと比べると、明らかにカッコ悪い。それは足の長さとか体型によるものではありません。歩き方そのものです。それはなぜなんでしょうか?

 

こういった疑問に答えてくれたのが本書です。日本人がそのまま海外から輸入したところで、こと身体性に関わることはうまく取り入れることができなかった。頑張れば頑張るほど、みっともなくなる。それは欧米人から見てもそうです。そこで、日本人の身体性をきちんと認識し、それに合った体の使い方や道具を作り、使いこなすべきなのです。

 

とにかく西洋に追いつこうとあくせく頑張ってきた時代には、そんなこともまだ考える余裕はなかったことでしょう。しかし、成熟社会となり、自らの豊かさを再認識すべきときには、あらためてそういった足元を見つめる必要があるのではないでしょうか。もしかしたら、そうすることが真のグローバライゼーションにつながるのかもしれません。

椅子と日本人のからだ (ちくま文庫)
矢田部 英正
448042797X

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このページは、福澤が2014年10月17日 11:36に書いたブログ記事です。

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