ひとりの力から:2010サイトウ・キネン・フェスティバル松本

毎年楽しみにしているサイトウ・キネン・フェスティバルに、今年も昨日いってきました。(昨年の感想はこちら)今年は、小澤征爾さんの癌手術後の復帰後初公演という、特別な年です。昨日がその初公演の予定だったのですが、癌は完治したものの、長期安静による腰痛のため、ドクターストップがかかってしまいました。観客全員に、お詫びの手紙と主治医からのコメントまで配られました。

 

本プログラム(武満徹:ノヴェンバー・ステップス&ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14)は下野竜也さんが代わりに指揮しましたが、その前に小澤さんがチャイコフスキー「弦楽セレナード ハ長調作品48」第一楽章だけを指揮しました。現在耐えうる時間(10分以内)で責任を果たそうとされたのです。

 

開演前に、小澤さんが一言お詫びをしたいと舞台の袖に立ちました。時限爆弾のような腰を抱えて、あえて立って挨拶されたのです。その際の拍手の大きさは、すごいものでした。

 

その後、短時間ではありましたが、小澤さんの指揮とオーケストラの演奏が見事でした。エネルギーをこの一瞬に全部出そうとする小澤さんと、それに応えようとするメンバーの気持ちが大きな音の塊となり、観客に迫ってくるようでした。変な表現ですが、音が生き物のように感じました。昨年の小澤さんの指揮は少し元気がなかっただけに、復活を印象付けられると同時に、オーケストラと観客が、小澤さんを中心に一つになった幸福な瞬間を味わうことができたのです。

 

 

本プログラムも素晴らしいものでした。代わりに指揮した(どらえもん似の)下野竜也さんの重圧はものすごいものだったでしょう。急遽の登板、しかも小澤さんの代 下野.jpgわり。ほとんどの観客は小澤さん目当てで、チケットを購入しています。そこで、中途半端な指揮をすれば、非難ごうごうでしょう。これ以上ないプレッシャーがかかる場面です。しかし、下野さんは全身、全精力をつかって挑みました。曲が終わった瞬間にそこここから湧き上がった「ブラボー」の声は、お世辞やお愛想ではなく、本心から湧き上がった声だと思います。それほど素晴らしい指揮と演奏でした。終わった直後の下野さんは、ふらふらに見えましたが、達成感でいっぱいの表情でした。それは、メンバーも同様でしたが、なんとなく下野さんを祝福しているようにも感じました。

 

 

サイトウ・キネン・フェスティバルは、小澤さんの呼びかけで集まった、名実ともに小澤さん主体のイベントです。あらゆる意味で、小澤さんの魅力が推進力です。ここまでひとりの力が、大きな組織や地域、人々を動かしている例を他に知りません。そこから、小澤さんに続く新たなスターが生まれることが、小澤さんの最大の願いだと思います。今回の下野さんの好演が、その第一歩になるとすれば、歴史的瞬間に立ち会ったことになります。そんな夢をもいてしまうような、素晴らしい夕べでした。

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このページは、福澤が2010年9月 6日 12:30に書いたブログ記事です。

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