人にとって最も大きな喜びとは、自分自身が成長していることを実感すること、そして他者が成長するプロセスをみること、さらにできればそれに関わることではないでしょうか。この映画『ピナ・バウシュ 夢の教室』を観てあらためてそう感じました。
この映画は、ピナとその長年のパートナー、ジョーとベネディクトが、全く素人の高校生40人を10ヶ月間指導して、「コンタクトホーフ」という舞踏作品を舞台に上げるまでのプロセスを追った作品です。

この作品からいくつものことを学びました。
●人は自分を解き放つことに大きな抵抗がある。しかしもし解放できれば、大きな成長が期待できる
子供たちは当初、漠然した恐れから身を固くしているようでした。それがピナらの指導と仲間との信頼関係の高まりとともに、自分自身の感情を認め表現することが恥ずかしいことではないのだと気づいていったようです。それはそれまで抱いていた、自分はおかしな人間なのではないのかといった思春期特有の不安や自信の無さを払しょくし、自信をつけていくプロセスでもありました。自信を持った彼らは、みるみる目の色が変わり、プロのダンサーの顔になっていきました。その過程を目撃することが、こんなに喜びをもたらすとは思いませんでした。
●たとえ子供であっても、(自分にとっては)重たい多くの経験を持つ。それを外化することで表現の幅が広がる。その結果、他者への共感も高まる
ジョーとベネディクトは、それぞれの子に皆の前で恥ずかしかったことや悲しかったことを話させます。最初は面白おかしく語っていた子も、だんだんシリアスな経験を語り出します。それによって強い絆が結ばれたように感じました。そして、重たい経験を共有しあった仲間や指導者の前では、ますます自己を解放すことができるようになったようです。
●解放し外化するためには、他者による辛抱強い働きかけと、身体に対して繰り返しプレッシャーを与え続けることが有効
経験を語る関係となるのは容易ではなかったでしょう。そこに至るまでで、同じ動作を何度も何度も繰り返させる(例えば予告編になるように、大笑いしながら走り周る動作)ことは非常に有効な手段でした。余計な思い入れや邪推、恥ずかしさを振り落とすことで、本性だけが残るのです。また、ひと組の男女が舞台の両側に向かい合って坐り、下着以外の服を少しずつ脱ぎ捨てるラブシーンがありますが、当然のことながら当初二人は強く抵抗しました。まさか本当にできるとは思いませんでしたが、真摯で辛抱強い指導の結果、二人は大ぜいの観客の前でやり遂げたのです。公演時の二人は、まさにプロでした。魔術のようであり、人間の大きな可能性をも感じさせました。
●それができる他者とは、深い愛情と情熱と気配り、そして絶対的な信頼を持っているものでなくてはならない
ジョーが稽古中に、「完璧にできなくても構わない。彼らが一生懸命やっている姿を見るだけ涙が出てくる」と言っています。普段練習をつけているジョーとベネディクトは、真剣そのものです。得てして真剣になり過ぎると、できない子らに強く当たってしまいそうですが、そんな雰囲気は微

塵もありませんでした。一緒になって悩み、そして励ますのです。時折しか顔を出せないピナは、そういう二人と子供たちを、大きな慈愛で包容しているように見えました。柔らかくて透明感のある眼で。
2009年にこの世を去ったピナは、その前年にこのプロジェクトを成功させました。この作品は、ピナが我々に残した遺言なのかもしれません。
「怖がらずに踊ってごらん。ほら、これまでとは違った自分と違った風景が見えるでしょ」と。
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