「経営とはトレードオフにおける意思決定である」
ある経営者が言ったこの言葉は真実だと思います。例えば、利益を追求するのか、雇用を守るための成長を追及するのか、どちらかを選ぶことが経営者の仕事です。
しかし、ときに両方を目指すことが戦略上重要なことがあります。かつてのトヨタは品質とコストという従来トレードオフと考えられた分野において、その両立を実現させました。これがイノベーションです。
先日亡くなったスティーブ・ジョブズは、人間性と技術の交差点に立つことで世界を変えようとしました。アップル創業の頃は、最先端技術を駆使したコンピュータは、人間性の対局に位置づけられていました。彼は、そのときから既にそういったトレードオフの常識に対抗しようと考えていたのです。彼がアップル復帰直後、原点回帰を狙って作製されたTVCMは、
それを如実に物語っています。世界がやっと彼のイメージに近づいてきたところで、残念なことに亡くなってしまったのです。本当のイノベーターは、思想家でもあります。
ところで、個人と企業の関係はトレードオフでしょうか?「企業は人なり」の立場であれば、トレードオフであるはずもありません。総論はそうです。でも、ミクロの局面に立てば、トレードオフだと感じる人は多いのではないでしょうか。そこに組織の難しさがあります。しかし、これからの企業は、そこを乗り越える必要があるでしょう。以前に書いたカヤックなどは、その萌芽だと思います。
そういった環境では、経営戦略と個人との関係はトレードオフであってはいけません。企業が望む戦略を個人に浸透させるという考え方は、トレードオフの発想です。それでは創造性は生まれてきません。ジョブズの「人間性と技術の交差点に立つことで世界を変える」というような壮大なビジョンの下で、それに心酔した人々からその時々の戦略が内発的に生まれてくる、経営者はそれらを実現するための場作りをする、そんな組織がこれからの強い組織なのではないかと思います。
そのためには、ジョブズではないですが、人間性と戦略の交差点に立つ役割が必要になるのではないでしょうか。かつての古き良き日本企業では、経営者が常にその交差点に立っていたように思います。ソニーの井深氏、森田氏、ホンダの本田氏、松下電器の松下氏などが思い浮かびます。しかし、現在多くの企業では、それらが分断されているのが一般的です。中途半端な株主重視の経営を志向しだした多くの日本企業の経営者は、それを放棄したように見えます。
では、どうしたらいいのか?これを考え続けることが私にとっても、2012年の大きなテーマと考えています。
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