企業変革と経営者

今月の日経「私の履歴書」瀬戸雄三氏の話は面白いです。アサヒの再生事例は超有名なケースですが、内部から当事者の一人称で書かれた文章は、実はそれほど多くないのでは。

 

アサヒといえばスパードライの樋口さんが有名ですが、実はその前の村井社長の功績が大きいとの話はそこここで聞きましたが、読んでみてなるほどです。(明日21日から樋口さんは登場しそうです)

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さて、今日の内容はいかに負け癖のついた社員を変えていったのか。多くの示唆が得られます。

 

アサヒはなぜ約30年も回復のきっかけをつかめずにいたのか。営業も製造も怠けていたわけではない。社内の歯車が噛み合っていなかったのだ。

 

そうです。現場は皆必死でやっているのです。社員ひとりひとりは優秀で頑張っているのに、なぜか成果の出ない組織があります。それは明らかにマネジメントの問題、トップの責任です。

 

昨日の回で、また社長が銀行から来ることに抵抗を示す瀬古さんに村井さんがこう言ったとありました。「社長なんてどこから来たっていいんだよ。業績を上げて、社員を幸福にできるのであれば」と。自分の親分をトップに持ちたいばかりに、派閥闘争に明け暮れ顧客を忘れる組織がいかに多いことか。

 

そして村井社長は行動します。

 

村井社長は着任早々、こういう空気を察したようだ。「ミドルを強化する」と宣言し、読書会と称した飲み会で部門を超えた議論の場を設ける。経営理念・行動規範作りにも尽力し、CI導入にも着手した。

 

組織の壁を壊すためにコミュニケーションを強調する経営者は多いでしょう。それは正しく誰も否定しません。でも漠然としたスローガンだけでは何も動きません。村井さんは、ミドルにターゲットを絞り、部門を超えた議論の場を仕掛けたのです。単なる懇親会ではなく、議論の場です。その延長線上に理念・行動規範作り、CIといった部門横断プロジェクトを走らせたのでしょう。

 

 

さて、瀬戸さんは大阪支店長となり、村井さんの意思を大阪で実行する立場となります。

 

十数人のグループに分けて本音の対話をして問題意識を探る。支店のスローガンを「Quick action, Quick response」「Yes,NOを明確に」とする。業績不振が続いて現場の動きが鈍く、お得意先への返事もあいまいだった。

 

具体的指示は、「アサヒを扱ってくださっている飲食店は一軒たりとも取られるな」だ。専守防衛に徹するが、営業に活気がない原因は「営業に使えるお金がない」と。

 

村井さんと同様対話を重視し、そこから支店経営の方向性を定めます。専守防衛のため、とにかく「すぐに、はっきり」対応すこと。負け癖とは、誰かのせいにして諦め、甘え、あいまいで優柔不断な態度を促し、さらに顧客に見放せれていくバッドサイクルです。どこかでそのサイクルを断ち切らなければなりません。ただ、貧すれば鈍するは、この世の習い・・。

 

そこで翌年春、4-6月まで"営業経費青天井"を宣言した。最盛期に向けて地盤固めの一番大切な時期だからだ。

 

これは非常に大きな意思決定です。弱い組織にいくらでも金を使えとは、普通言えません。一か八かの大勝負だったのでしょう。結果は吉と出ます。萎縮していた社員は発奮しました。

 

結果、経費予算はほんの少し上回っただけ。今までの「お金がない」はい言い訳で、本当の営業活動がおろそかになっていたのだ。

 

さらに大阪支店社員の結束を強めたのは、本社への反抗でした。

 

本社への戦う姿勢を示す。中身が同じなのにデザインを変えた缶ビールを本社が企画したが大阪は販売を拒否。

 

正論ですが、なかなかできません。それをあえてやったことで、支社社員はこう思ったはずです。「瀬戸さんは本社を見ながら仕事をしているのではなく、我々社員やお客さんを見て仕事しているのだ」と。

 

そして再び本社に抵抗します。CI変更によって、アサヒのマークから旭日が消えることになりました。旭日は社員にとっても古くからの顧客にとっても「ハート」だ、変えてはならないとの反対意見が噴出。現場の意を汲んで、瀬戸さんは村井社長に直談判。しかし、聞き入れられませんでした。

 

これは、社長と支店長の時間軸の違いが如実に表れた事例だと思います。支社長はせいぜい2,3年先の業績を想定します。そのためにはこれまでの歴史を大切にしなければなりません。2,3年先は過去の歴史に大いに影響を受けるからです。瀬古支店長が、短期的に売れ行きが落ちることが目に見えている旭日はずしに抵抗するのは当然です。しかし社長のスコープは10年、20年先を見なければなりません。おのずと見える世界が異なるのです。村井さんは、旭日という過去を背負っていては、変革は不可能だと判断したのです。

 

新マークには旭日はなかった。だが、少し斜めから見ると旭日が浮き上がる。「透かし」だ。やられた。

 

ここに村井さんの経営者としての卓越さが表れていると思いました。「理」では旭日ははずす、しかし「情」では残したい。変革には「情」を完全否定してはなしえないのです。そのバランス感覚こそ、村井さんの真骨頂なのかもしれません。

 

明日以降も楽しみです。

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このページは、福澤が2011年5月20日 09:58に書いたブログ記事です。

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