教えないで教える

高峰秀子を特集した番組、「邦画を彩った女優たち『高峰秀子と昭和の涙』」が昨晩NHKBSプレミアムで20時から1時間放映されました。しかし、恥ずかしながら我が家はBS映らないので、近所のスポーツクラブに出かけ、そのランニングマシンで歩きながらマシンに設置されている小型のTVで観たのです。高齢になっている関係者(かつての助監督や髪結いさん)のコメントも多く、なかなか興味深かったです。

 

そのうちの一人、俳優の宝田明さんのコメントです。「放浪記」で、宝田は高峰のだめ亭主役を演じました。ふらふらしている宝田を責める高峰に対し、我慢しきれなくなった宝田が殴る蹴るをするシーンについて語りま

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した。

 

「朝からそのシーンの撮影を続けたが、成瀬監督はOKを出してくれない。自分でもどうしたらいいのかわからなくなってしまって、とうとう高峰さんに尋ねたんです。『先輩、どう演じたらいいのかわかりません。どうすればいいか教えてください』それに対し高峰さんは、『どうすればいいかわかっているけど、教えてやんない』と冷たくあしらわれました。なんでそんな意地悪をするんだと、頭が真っ白になってしまって・・・、それで再び撮影に入りました。わけもわからず演じたら、成瀬監督が『いいねえ、それでいいんだ』とOKを出したのです。その後、役者を続けていく上で、その時の高峰さんの言葉がずっと心の支えとなりました」

 

高峰は宝田にふたつのことを教えたのだと思います。ひとつは、俳優は演じていてはだめでその役になりきるのだ、ということ。そのシーンで、宝田は先輩である高峰を殴る役を演じようとしても演じ切れないと、高峰は認識したのです。そこで、バカにしたような言葉を投げかけ、宝田の怒りに火をつけたのでしょう。宝田はまんまと術にはまり迫真の演技をした。番組でそのシーンが流れましたが、たしかにそのシーンは本気でした。

 

それには伏線があります。木下恵介監督の助監督だった方がこうコメントしていました。名作「二十四の瞳」の主演を木下が高峰の依頼したときのことです。

 

木下恵介.jpg

「監督は高峰さんにこう言いました。『でこちゃん、僕はもう騙されないからね。今回の映画は本気でやってもらわなきゃ。』これまでの高峰さんの演技はつくったものだった、撮影時には気付かなかったけど。でも、つくった演技では今回の映画は通用しない。本心からの高峰秀子をさらけ出してもらうと、監督は言いたかったんだと思う」

 

それほど高峰は演ずることに長けていたのです。でも、それではだめだとも分かっていた。そんな自分の経験を踏まえての、宝田への言葉だったのだと思います。しかも、宝田にそういうことで、彼の演技が変わると高峰は見透かしていたこともすごい。共演者の性格や心理状態などを理解し、洞察する力があったのです。

 

 

ふたつめの教えは、安易に答えを教えてもらうことへの戒めではないでしょうか。宝田が役者として大成するには、徹底的に自分の頭で考えることにこだわることが必要だといいたかったのではないでしょうか。安易に人に教えてもらおうなんて思えば、本当の成長はできないと。宝田のいう「俳優としての心の支え」とはそのことなのではないかと推察します。高峰は、宝田がそれを咀嚼する能力があると洞察したうえでの発言だったと思います。

 

「わかっているけど教えてやんない」という一言が、宝田の人生を変えたと言って過言ではないでしょう。こんなに素晴らしい「教育」はない。それができた高峰秀子の賢さ、相手を慮る心、本当に偉大な人だったと思います。

 

懇切丁寧に教え諭すことは決して教育ではありません。適切な時に、響く一言を発することで、相手の思考や感情に大きな影響を与え、自身で「気づく」ための経路をつくる、それが正しい教育の姿だと、高峰に教えてもらったような気がします。

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このページは、福澤が2011年4月20日 12:07に書いたブログ記事です。

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