「経験」は、人材開発においてとても重要な言葉であることは、いうまでもありません。自らの経験を振り返り、概念化していく経験学習モデルは、成人の学習の重要なコンセプトです。
一方で、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉もあります。自分の限られた経験でしか学ばないものは愚かであり、過去から営々と繰り返されている人々(他者)の経験から学ぶものが賢いという意味なのだと思います。
経験とは、年齢を重ねることとほぼ同じであるとすると、経験は様々な影響を自分に与えます。
ひとつは、リスクを恐れるようになること。数多くの失敗経験が、ダウンサイドリスクを数多く想起させるからでしょう。棋士の羽生さんは、そのあたりを以下のように言っています。(日経夕刊10/7/3)
年齢を重ねるほど、この恐れの気持ちが大きくなってきます。失敗の経験を何度も重ねているかも知れない。(中略)若いうちは、リスクがわからないまま指して、それがいい結果に結びつくこともあるが、年々このリスクに対する恐怖心をどう克服するかが重要なテーマになってきます。
経験があるゆえ、かつては見えなかったものも見えてしまうため、その分迷いも多くなるのでしょう。
経験を積むことで選択の幅が広がることは事実ですが、迷ったり躊躇したりと、ネガティブな選択をしている時もあります。
しかし、単に恐怖心が高まるだけでなく、認識したリスクに対しては、以前より冷静になれるとも言っています。
ただ、不思議なもので、年齢に比例して打たれ強さが増し、精神的に動じなくなるという側面もあります。
経験の良い面も述べています。
20ぐらいの変化をすべて読む方法から、そのうちの3つくらいに絞って読むということはある。余計なことは考えず、ショートカットするのです。どこに絞るかの判断は経験によっても培われます。
経験によって、ある意味、直感で判断し、ショートカットできるようになるというのです。しかし、単に経験を重ねれば直感が働くようになるわけでもなさそうです。
根気とか粘り強さを持って思考を重ねることが、直感とかひらめきにつながるからです。(中略)ひとつの場面ですごいひらめきを見せる人よりも、将棋に対する情熱を持っている人の方が成功している例が多い気がするし、それこそが才能だと思います。
天才の名を欲しいままにする羽生さんの言葉ですから、重みがあります。結局は、負けないという強い気持ちをずっと持ち続けることができる能力が、良い経験を積むことを可能にし、直感やひらめきを生み出せるようにする。
少ない経験でひらめきを生む天才は確かにいるのでしょうが、結局生き残っていくのはテンション高く、強い気持ちをずっと保ち続けることができる人なのでしょう。強い気持ちさえあれば、他者や歴史からも学び続けることができる。
将棋の世界も技術進化スピードがどんどん速くなっている。それこそ、経験が活きなくなることも多い。
そうした戦法が出てきたとき、棋士としては自分との相性を考えつつ一から勉強し直すしかない。今までの定跡や知識があまり役立たなくなるので、ベテランにとってはつらい面もあります。ただ、今までの勉強がすべて無駄になるかというと、そうではありません。少々古い戦法でも、それを勉強する過程で培った大局観あるいは決断方法は実際の対極で役立っているし、大きな糧となっていると思います。
これまでの経験から獲得したもののうち、何を捨て何を活かすかの判断も重要だと思います。そして、他者から学び続ける。その判断力も学習意欲も、強い気持ちから生まれてくるでしょう。
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