今月9日、作家の井上ひさしさんが亡くなりました。上智大学入学早々に読んだ「モッキンポット師の後始末」が、やはり最も印象に残っていま
す。モッキンポット師のような神父さんに会えるかな、と期待したことを懐かしく思いだします。
さて、井上さんの座右の銘に以下の言葉があります。
「むずかしいことをやさしく,やさしいことをふかく,ふかいことをおもしろく,おもしろいことをまじめに,まじめなことをゆかいに,ゆかいなことをいっそうゆかいに」
それぞれ一見矛盾した言葉を並べています。いろいろな捉え方があると思いますが、「どちらかを選ぶことは容易だが、あえて両方を追い求めよ。それが人生に奥行を与え、愉快に生きることを可能にする」と言っているようにも思います。この言葉は、大好きな言葉です。
ビジネスの世界にいると、どうしても二元論に捉われてしまいがちです。従業員の満足よりも売上成長だとか、今は価値向上よりもコスト削減だとか、トレードオフを見つけて、そのどちらかを経済性を基準にして選択することが経営であり、その選択の集合体が戦略であるといったように。ちょっと極端かもしれませんが、自分の家の庭にゴミが落ちているので、人のいない時にこっそり隣家の庭に投げ捨てるというような発想に近いのではないでしょうか。
完全に否定するわけではありませんが、そういった二元論や要素還元論では立ち至らなくなってきているのが、特にリーマンショック以降のような気がしています。
マギル大学のミンツバーグは、2002年のインビューで要素還元論をベースにしたアメリカ的経営の限界を主張していました。
早晩、アメリカ的経営はその成功ゆえに限界が訪れるでしょう。(中略)マネジャーが何らかの問題に直面した時、それを各要素に分解したり、教科書を引っ張りだしたりしたところで、最善の解決策が得られるのでしょうか。(中略)より大切なことは、知恵、すなわちさまざまな知識を組み合わせたり、重ね合わせたりしながら、それを正しく活用する能力なのです。(DHBR2003年1月号)
人は、井上氏が言うような、一見矛盾したことでも両立できるだけの知恵を持っています。そういう人間の集合体である組織も、またしかりです。かつて日本企業は、そこに優位性を持っていたのではないでしょうか。それにもかかわらず、バブル崩壊以後の日本企業(及びそれを構成する私たち)は、そのことを忘れ自らの強みを否定し、短期的効率性を追い求めて、愉快に生きることを放棄してきたようにも思えるのです。
偉大な先輩の逝去に際して、あらためて立ち位置を確認した思いです。
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