ケースメソッド教育はなぜ有効か

私がケースメソッドに出会って、はや22年も経ちました。1988年に慶應ビジネススクール(KBS)に入学した私は、経営学の知識もあまりないまま、突然ケースの海の中に放り込まれた気がしたものです。

 

ケースメソッドとは、「参加者がケース教材をもとにした討議を重ねることで、実践に備えうる叡智を紡ぎ、困難に立ち向かう姿勢と態度を涵養するための教育方法」です。また、ケースとは、現実の企業・組織の「経営の現場で業務の進行とともに隠れていた問題が生じ、担当者のみならず、そのマネジャーひいてはトップを巻き込む様態を描いた」教材です。(「実践!日本型ケースメソッド教育」高木晴夫・竹内伸一著より)

 

KBSを修了してからも、継続的ケースメソッドに触れてきましたが、やっと最近その醍醐味がわかってきたような気がします。

 

教育にも二種類あります。まだ、全く経験も知識もない分野について学ぶ教育と、ある程度の経験を積んだ分野において学ぶ教育です。前者の典型は小学校や中学校などの学校教育、あるいは企業の新人教育です。一方、後者は、企業のマネジメント教育がその典型でしょう。

 

ケースメソッドは、経験者に対する教育に適していると思います。なぜか。例えば、企業で管理職を務めるような人は、最低でも10年はビジネス経験を積んでいることでしょう。その間の経験の中で、様々な持論(My theory)を蓄積してきているはずです。また、様々な「ものの見方」(Mind set/Mental model)を意図せずかもしれませんが保有しています。それらの蓄積が、業務や判断の確実性、迅速性、的確性などの基盤となっているのです。

 

しかし、時にそれが足かせにもなります。裏返せば、「思い込み」「偏見」「頑迷」などのもとになりえるのです。それは、自分の経験による持論やものの見方に、他者の視点を入れないことから起きます。つまり、他者との相互作用の欠落です。

 

では、それを防ぐにはどうしたらいいか。人によっては、ある新聞記事を一瞥しただけで、そこに書かれた内容と自分の内面とを結びつけ、相互作用を起こし、そこから新しい学びを獲得する人もいます。そういう人が、すぐれた学習者です。しかし、それはそう簡単ではありません。

 

 

前置きが長くなりましたが、自己の内面(内部世界)と他者(外部世界)との相互作用を促すのに、効果的な方法がケースメソッドだと考えているのです。

 

新聞記事や哲学書、歴史書などと、自己の内面との相互作用を図れる人はそう多くはありませんが、自分が普段関わっているビジネスの領域であれば、内面に働きかけてくることは比較的容易です。経験と結びつきやすいのです。

 

多くのビジネスパーソンが集まって企業事例であるケースを題材にすることにより、参加者それぞれの多様な持論や「ものの見方」が発現してきます。それらを自己の内面と照らし合わせることにより、気づきが生まれるのです。偉い先生から教授されてもピンと来なかったことが、自分と似た問題意識を持つ方々との相互作用を経ることにより、腑に落ちるのです。経験者が「学ぶ」こととは、新しい知識を加えることではなく、自分自身が「変わる」ことです。学ぶ前とは異なる自分になることなのです。

 

 

ところで、ケースは、一種の「ものがたり」でもあります。概念化された理論をいくら教えられても、内面と結びつかなかったことが、「ものがたり」を通じて暗喩されると、案外結びつくことも多いものです。だから、ケースが教材としても有効なのです。

 

このようなケースを使って、多くの他者との相互作用を促すことができるケースメソッドは、経験豊富な方にこそ適した教育手法だと思います。

 

ただし、こういった相互作用を的確に促すには、「場づくり」あるいは「場のコントロール」が非常に重要です。それをリードする講師(ケースリーダー)の実力如何とも言えます。残念ながら、日本でその実力を持つ方は、まだそう多くはありません。それが、最も大きなケースメソッド教育における課題だと思います。そういった部分も含め、ホンモノのケースメソッドの浸透に貢献できればと思っています。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ケースメソッド教育はなぜ有効か

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.adat-inc.com/cgi-bin/mt-tb.cgi/282

コメントする

このブログ記事について

このページは、福澤が2010年3月25日 10:31に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「折り合いをつけること」です。

次のブログ記事は「壁と膜」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1