蓮池薫さんが、今朝に朝日新聞のインタビュー記事で、こんなことを言っておられました。
「どうしようもない感情というものが、人には必ずある。そのことを理解することが大切。そして、それを刺激してはいけない。」
北朝鮮に拉致され、無理やり人生を変えられてしまった人の言葉だけに重みがあります。私はそれを、感情と論理と価値観の折り合いの重要性だというふうに理解しました。
ちょうど、日韓合同の教科書検討会で、双方の認識の違いが明確になったり、またグーグルが中国政府の検閲に抗議して、本土から検索の撤退を決めたとの報道もされていました。
日中や日韓の間で近年取り組んでいる、合同の教科書検討会は、どうしようもない感情があることを双方に理解させる意味で、大きな一歩だと思います。
グーグルについては、感情というより中国政府の論理と、グーグルという私企業の価値観がぶつかった例ということができるでしょう。論理と価値観のすり合わせはやさしいことではありません。しかし、その対立軸を明確にしたという意味では、私企業であるグーグルに敬意を表したいと思います。
ところで、企業内におけるコンフリクトの大部分は、このような感情と論理と価値観(倫理観)の折り合いの稚拙さによるものだと思います。
例えば、富士通の社長退任問題にしても、様々な問題はありますが、突き詰めれば退任させられた野副社長の感情と退任させるべき合理的理由との間の折り合いが不適切だったからだと推測します。その上で、株主に対する説明責任、つまり企業倫理にも配慮が不足していました。
「折り合い」とは、非常にあいまいな日本語ではありますが、相手の立場を慮って、自分の立場との妥協点を見つけていく、という高度なコミュニケーションスキルということができるでしょう。
折り合いをつけることは、決して「臭いものに蓋をする」こととは違います。いったん、認識や思いの違いを双方で認識にした上で、「落としどころ」を見つける日本の知恵なのではないかと思います。
なんでもかんでも一つの正解を追及することを是とする一神教ではないことが、日本の強みになるはずです。
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