一般に、「わかる」ことができれば「できる」ようになると考えられています。一方で、「わかる」ことと「できる」ことの間には、大きな壁があるという人もいます。
では、「できる」とはどういうことで、そのための「わかる」とはどういうことなのでしょうか。ビジネスのシーンを想定して考えてみましょう。
「わかる」とは、限られた情報から何らかのルールを見つけ出すことだと考えます。例えば、顧客との交渉において、相手が意思決定するまでのプロセスや判断基準、という非常に曖昧模糊としたものを分なりに捉える必要があります。つまり、相手の頭の中にある「世界」のルールを見つけ出すのです。(それを「概念化」という人もいます)そして、それを記述します。ふつう言語で記述するのですが、もし数字を使って記述できればさらに強力です。なぜなら、数字は世界共通語ですので、他者との共有が容易だからです。
自分なりに腑に落ちるルールをみつけ記述に成功すれば、同じような場面に適用することができます。交渉においてその顧客のルールがわかれば、次回以降の交渉でそのルールを適用して、自己に有利な交渉が「できる」ようになります。このように「わかる」ことで「できる」ようになるのです。
以下で思考実験してみましょう。
1,5,11,19,29・・・・・・・・
さて、29の次にはどの数字がくるでしょうか?
隣り合う二項の差が、4,6,8,10と2ずつ大きくなっているというルールを見つけた人がいるかもしれません。
また、An=n²+n-1 というルールを見つけ出した人もいるかもしれません。どちらも、次の数字は41ですね。いずれにしろ、ルールを見つけ次の数字を見つけることが「できた」のです。
ここで強調しておきたいのは、二つのルールが存在したことです。ルールはあくまで仮説であり唯一無二の解ではありません。いくつもあるに違いない。自分だけが正しいのではないと自覚することも大切です。
そもそも、自分が見つけたルールの絶対的な正しさを証明することは不可能です。大事なのは、ビジネスでの実用性であり、関係する他者の納得感が得られるかどうかです。上司や同僚が、「確かにそうみたいだね」と言ってくれて、しばらく通用すればそれでいい。でも、いつかは通用しない事例がでてくることでしょう。その時は修正すればいいのです。こういった、仮説構築→共有→検証→修正 を繰り返すには記述が欠かせません。
このように、世界を記述するルールを見つけ出すスキルは非常に重要です。人間は本能的に、何でもルールを見つけ出そうとします。それは生き物としての生存本能に由来するものかもしれません。しかし、与えられたルールに適用することしかしていなければ、そのスキルは、動物園に入れられた野生動物のようにどんどん劣化していくことでしょう。
ところで、頭で「わかる」ことと「できる」こととの間に大きな壁があるのは、自分でルールを見つけるのではなく、他者からルールを教えられ、それを単にうのみにしているからなのかもしれません。たとえ教わったのだとしても、自分自身で納得いくまでそのルールの背景や文脈、成り立ちまでも掘り下げてみる(それを「知的強靭さ」と呼んでいます)ことで「わかる」ことができるでしょう。その手間を惜しんでばかりいれば、「できる」はずもありません。
原発事故発生から一年が経過しました。まだ、私たちは「原発の世界」について何もわかっていない気がします。共有、共感できるルールを早く見つけ出したいものです。そうでなければ、本来一歩も前に進むことができないはすなのですから。
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