「論理思考」の弊害

論理思考の重要性に一般のビジネスパーソンが注目しだしたきっかけは、1995年にバーバラ・ミント著「考える技術・書く技術」(ダイヤモンド社 山崎康司訳)が日本で出版されたことでしょう。本書は、世界の経営コンサルティング業界では必読書となっていました。私も90年にコンサル業界に入ったとき、その原書を渡され苦労したものです。

考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則
バーバラ ミント グロービスマネジメントインスティテュート Barbara Minto
4478490279

 

翻訳した山崎さんがその翻訳企画を持ちかけてこられた際、誰もが日本では売れないだろうと言っていました。私もその本の価値は認識していましたが、同感でした。ところが、なんとか出版にこぎつけたところ、思わぬ大ヒット、びっくりしました。

 

その理由は、バブル崩壊でこれまでの仕事の進め方ではだめだとの認識を多くの方が持ち、その解を探していた時期だったことが大きいと思います。それまでは、「仕事は理屈じゃない!」というのがまだまだ主流でした。また、Eメールが少しずつ浸透するタイミングであったこともあります。本のネーミングもすごく良かったと思います。たしか、編集者の発案だったと記憶していますが、本書のコンセプトをズバリひとことで表現しており、さすがプロ!と感心したものです。考えることは書くことで深まり、書くこととは考えることである。

 

本書は論理思考のテキストではなく、それを前提として分かりやすい文章やレポートを書くためのテキストです。つまり目的はコミュニケーション。しかし、そもそも論理思考とはなにかがわかっていなかった多くの読者にとっては、そっちのインパクトのほうが大きかったのかもしれません。その後、ご存知のとおり論理思考が一大ブームとなりましたが、ライティングやコミュニケーションのほうは、それほどブームとはなりませんでした。

 

企業研修のプログラムを企画する際、何はともあれ「論理思考」を最初に入れたいとの要望もどんどん増えていきました。もちろん多くのビジネスパーソンにとって、それは不可欠でありかつ今まさに欠けているスキルだったので、それも自然な流れだったでしょう。

 

それから15年以上が経過し、いまや論理思考の重要性はビジネスパーソンのみならず日本人一般にとっても共通認識となっているのではないでしょうか。それでは、その効果はどうでしょうか?

 

ここ数年、「社内でSo what? Why?を連発する若手が増えているようだ」、「批評家は増えたけど、自分では実行しないね」といった言葉を人事の方から聞くことが増えてきました。「論理思考」を武器と考え、それを使って自らの存在意義を示すことに喜びを感じているようなのです。

 

論理思考は、若手経営コンサルタントにとっては必要不可欠な武器であることは間違いありません。彼ら彼女らはあくまで第三者であって、クライアントの実行には責任を持たないため、それだけでもいいのです。しかし、一般のビジネスパーソンは、コンサルタントではなく当事者であり「実行者」でなければなりません。いくら社内で「論理思考」という武器を振りかざしてみても、単なる「理屈野郎」と呼ばれ疎んじられるのがおちです。そこを勘違いする若手がどうやら多いようなのです。(その後も、コンサルタントのノウハウ公開的な本がたくさん出版されヒットしました)

 

求めるべきは「論理思考」という思考法ではなく、それをベースした問題解決でありコミュニケーションです。目的と手段を取り違えてはいけません。

 

また、論理思考とは分解することとセットになっています。科学的に分析することの基盤ですから当然でしょう。まさに若手コンサルの仕事の大部分はこの分解であり分析です。しかし、近年ビジネスの現場では分解よりも「統合」のほうが重要です。創造やイノベーションは異分子の結合によって生まれます。(ざっくり)20世紀は分解の時代だったかもしれませんが、21世紀は統合の時代だと言えると考えます。だから、今、論理思考至上主義(もしそんなものがあるとすれば)は危険なのです。

 

3.11以降、人々はそれに少しずつ気づきつつあるようにも思いますが、人の意識が変わるのは思う以上に時間がかかります。「論理思考」浸透の片棒を担いだひとりとして、できるだけ機会を捉えそのあたりを語りつづけようと思っています。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 「論理思考」の弊害

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.adat-inc.com/cgi-bin/mt-tb.cgi/527

コメントする

このブログ記事について

このページは、福澤が2012年1月30日 13:50に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「企業が変わってしまう理由:「さよなら!僕らのソニー」を読んで」です。

次のブログ記事は「意味的価値の競争へ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1