成熟がもたらす、静かな落ち着き

近頃は新聞も雑誌もネットもジョブズ追悼関連でいっぱいです。それだけの人物であったのですから当然でしょう。しかし、彼のような天才は希有ですし、また天才ばかりでは世の中は回って行くはずもありません。今回はそんなことはないと思いますが、ITバブルの時代やライブドア騒動の頃は、自分は天才だ、あるいは特別な人間なんだと思いたい人々が、あちこちに溢れていたように思います。人生のある時期においては、そういう勘違いがエネルギーとなって個人の成長を促すこともあるでしょう。しかし、いつまでもそうはいかないものです。

 

 

先月ベネチアに行ったからという単純な理由で、それまで何となく読んでいなかった(気にはなっていても何となく手を伸ばさない本ってありますよね)須賀敦子を二冊読みました。やはり思った通り素晴らしい人間洞察と文章で、もっと早く読んでおけば良かったと後悔です。

コルシア書店の仲間たち (文春文庫)コルシア書店の仲間たち (文春文庫)
須賀 敦子

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彼女の二冊目の作品、「コルシカ書店の仲間たち」に収録されている「ふつうの重荷」というエッセーにこんな言葉がありました。

 

書店はもう彼女にとって英雄たちの戦場ではなくて、避けるわけにはいかないだけの、誰もが人生で背負っているふつうの重荷になっていた。もう、しかたないわよ。彼女は何度もそう繰り返した。そういう彼女の表情には、哀しいあきらめというよりは、成熟がもたらす、静かな落ち着きがあった。

 

須賀は最初彼女(ルチア)の表情に、「哀しいあきらめ」の色を探したのではないでしょうか。ところがそれではなく「成熟がもたらす、静かな落ち着き」を見つけて、深く感動したのだと思います。それと同時に、それに感動した自分にもちょっと驚いたかもしれません。

 

ニクソン元大統領は日頃、こんな言葉を口にしていたそうです。

"Always remember, others may hate you, but those who hate you don't win unless you hate them."

 

ニクソンといえば、ウォーターゲート事件で失脚した悪徳政治家のイメージがありますが、失脚後の日々をこの言葉を胸に抱きながら生きたかと思うと、また違ったニクソン像が浮かび上がってくる気がします。もう15年以上前ですが、彼の著作を何冊か読んだことがあります。骨太で豊かな人間的洞察に満ちた優れた本でした。あれだけのものが書ける政治家は日本には絶対いないと思ったものです。

 

全くレベルも国も状況も異なりますが、須賀、ルチア、ニクソンの言葉から人間としての「成熟」の意味を少しだけ学んだような気がします。ジョブズも発病後、人間として急速に成熟していったのではないでしょうか。今は彼の天才としての成果に脚光が浴びていますが、もっとも学ぶべきは、彼の成熟のプロセスなのかもしれません。

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このページは、福澤が2011年10月17日 11:11に書いたブログ記事です。

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