状況を変化させるには(正確に言えば周囲と自分の関係性を変化させるには)、自分を変えるか周囲を変えるかしかありません。
「相手を変えるより、自分を変える方が簡単だ」とは、よく言われる人生訓でしょう。しかし、つい自分中心に考えてしまいがちです。自分を固定し、周囲が悪いからと言い立ててしまいます。頭では、そうではないとわかっていても、なぜか「気づけ」ないのです。
アートは、全く異なる切り口から、自分自身への気づきを与えてくれることがあります。
先日の瀬戸内旅行での直島での経験です。直島に、南寺というアート作品(というか建物)があります。建築は安藤忠雄設計ですが、作品はジェームス・タレル作です。彼は、光の芸術家として有名です。光を様々に見せて、観る人に刺激をもたらします。
彼の多くの作品は、外光や電気の光を切り取り、見せるわけですが、南寺では逆に一切光を遮断し、真っ暗な室内に観客を入れるのです。全く光のない映画館に入れるようなものです。観客は、最初の5分はベンチでじっと座るよう指示されます。本当に何も見えないので、そうせざるをえません。
やがて5分経過すると、何となく少し見えてきます。目が慣れてくるのです。そこで、正面に歩いて行くことを促されます。恐る恐る歩くと、向こうに白いスクリーンのようなものがおぼろげに見えてきます。皆同じように見えてくるようで、「白いものがあるぞ」などといった声があちこちで聞こえてきます。
その後、Uターンして入ってきた入口を、それぞれ戻っていくよう指示され、だいぶ見えてきた目で、今度は安心して出ていくのです。
これだけの作品ですが、すごい刺激を受けました。普段は、変化する外部の光を眼で捉え、それが脳に伝わって感じるわけですが、ここでは反対に、外部は一切変化しません。自分の眼が変化し、その結果外部が姿を変えていくのです。外部の光と自分の関係性がひっくりかえっても、変化をすること(徐々に形が現れること)自体は同じように起きるのです。
自分が変わればいいんだ、変わるようにできているんだ、と妙に納得したのです。いつのまにか「自分ではなく周囲が変わるべきだ」と思いこんでいたことに気づかされたのです。
その二日後、夜の露天風呂で5歳くらいの男の子が、夜空を見ながら叫びました。
「おとーさん。おとーさん。最初一つだった星が、じっと見ていたら、その星の周りにどんどん星が増えていったよ。すごいよー」
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