先日、能の演目を取り入れた琉球組踊を、その元となった能と同じ日に観る機会に恵まれました。組踊「花売の縁」と能「芦刈」です。
組踊とは、18世紀初頭に琉球王朝時代の宮廷で生まれた演劇です。当時琉球王国は、中国と薩摩の両方の支配下にありました。武力では独立を維持できない琉球は、外交と文化力で大国の中での独立を維持していたという、非常に興味深い国家だったのです。組踊も、おもに中国からの外交使節をもてなすための国家的事業でした。中国風でも、大和風でも独立の妨げとなるため、独自の琉球風にこだわったそうです。
そんな時代であっても、日本の能には刺激を受けたようです。組踊の作者が、親善使節として日本を訪れた時に「芦刈
」を観たのでしょう。その大まかなストーリーと、芸尽くしというエッセンスを取り入れ創ったのが「花売りの縁」です。
「花売りの縁」では、衣装はさすがに南国らしい華やかさなのですが、独特の哀感のある節回しは、これまで聞いたことのないもので、大いに感銘を受けました。
溝口健二監督に、「お遊さま」という作品があります。この映画の原作は、谷崎潤一郎の「蘆刈」です。そのまた原典に能の「芦刈」があるのです。
和歌の世界に「本歌取り」というものがあります。すぐれた古歌や詩の語句、
発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧です。過去の作品のイメージに、新たなものを重ねていき、奥行きのあるイメージを創り上げていくわけです。
残念ながら、私が数年前に「お遊さま」を観た時は、「芦刈」も「蘆刈」も知りませんでしたが、もし先に本歌を知っていれば、きっと映画の受け止め方も違っていたでしょう。今回、独自の歴史を持つ組踊「花売りの縁」を観たことによって、一連の作品に、さらに厚みが増したように感じます。
こういった、時間と空間を越えて、ひとつの流れの上に重層的に新たなものが加わっていく日本ならではのスタイルは、世界に誇るべき伝統だとあらためて思いました。
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