「東京家族」を観て

小津安二郎監督「東京物語」は、言わずと知れた日本映画の最高傑作のひとつ。初めて観たときは、正直なんでこんな地味で静かな映画が、海外でも高く評価されるのか、さっぱりわかりませんでした。でも、何度か観るうちにじわじわわかってきました。戦後の社会変化を、静かに、でも鋭く描いているのです。それは世界共通の普遍的なテーマでした。「静かに歩く人は健全にゆく。健全にゆく人は遠くまで行く」という言葉がありますが、「東京物語」はそういう映画です。

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そんな名作を山田洋次監督が、リメイクではありませんがそれに近い描き方をしたのが「東京家族」なので、観ないわけにはいきません。早速先日観てきました。登場人物の名前からカメラアングル、重要な台詞など、そのまま使っていました。懐かしい。

 

ただ、「東京物語」から60年が経ち、そこで描かれた社会変化は、当然過去のものです。それを現代にどう表現するのか。田舎から東京の子供たちを訪ねた際に、老いた両親が感じた疎外感は、現代では珍しくもなく、共感を得ることは難しいでしょう。家族という普遍テーマをベースにしながらも、田舎VS東京、のんびりVSスピードの構造では現代では映画になりません。

 

そこで山田監督が加えたのが、安定した暮らしVS安定にこだわらない暮らし、という軸です。妻夫木演ずる二男昌次は、舞台の大道具をつくるバイトで生計を立てているいわばフリーター。まさに現代の労働者を象徴する存在です。両親はもとより、きょうだい(医者と美容院経営)もそんな昌次を、心配しながらもお荷物扱い。まともな会話が成り立たない。そんな昌次とその蒼井優演ずる恋人紀子(「東京物語」では戦争で亡くなった次男の、原節子演ずる嫁の名前)が、物語の軸になっていきます。

 

山田監督はフリーターの昌次と書店のバイト店員紀子に、日本の将来への光を見出しているように思えます。橋爪功演ずる父親は、居酒屋で酔っ払って、「この国はどこかで間違ってしまった・・・」と嘆きます。それは、経済成長重視、安定重視、お金を最大の価値とする戦後社会に対する嘆きです。60年前小津監督が描いた「新しい日本」の、成れの果て。小津監督が危惧していたとおりの結論。そういう意味では、「東京物語」の続編ともいえます。

 

昌次は不器用だけど他者に優しく、自分のこだわっていることは譲らない自分に正直な人間として描かれています。そして紀子は昌次のそんなところに魅かれている、同じ価値観の女性です。(二人が出会ったのは震災ボランティア)母が亡くなり一人ぼっちになった父は、そんな紀子に「あんたはいい人だ。正直な人だ」と感謝します。(その場面で、「私、そんなんじゃないんです」と泣く紀子の台詞は、「東京物語」での原節子の有名な台詞とほぼ同じですが、文脈が異なり、こう使うか!と感心。ただちょっと強引)山田監督は、この二人のような生き方ができる社会、そういった価値も認める社会を期待しているのではないでしょうか。

 

それから、本作で「東京物語」より存在感が大きくなっている家族がいます。田舎の実家の隣に住む家族です。そこの娘ユキちゃんが老夫婦の面倒を明るく楽しくみています。(「東京物語」では両親と同居する次女がいましたが、本作にはいない)60年前は田舎ならまだ当り前だった隣近所との絆が、現代では薄れているためか、ことさら強調されているようです。これからの地域コミュニティーの重要性を語り、そこに希望を見出そうとの思いかもしれません。それには、3.11の経験が反映されているのでしょう。

 

このように山田監督は、本作を「東京物語」と比較しながら観ることで、現代を浮かび上がらせようと意図したのかもしれません。エンドロールで「小津安二郎監督に捧ぐ」と出てきますが、山田監督の小津安二郎に対する尊敬の念に溢れた作品でもあります。その意味でも、観終わったときにぐっときました。


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このページは、福澤が2013年1月23日 11:16に書いたブログ記事です。

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